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クズ王子は、婚約者と話す

 惑わし眼鏡をかけていないだけで、あっという間に人に囲まれてしまった。

 皆、私やアウグスタとの縁故を繋ぎたいのだろう。

 しつこく食い下がるような者もいたのだが、すべてアウグスタが一刀両断した。

 一時間ほどで、会場から撤退する。その後、アウグスタと話したいことがあったため、王族と関係者しか立ち入れない特別談話室に移動した。

 アウグスタの侍女が入れた紅茶を飲み、ひと息つく。


「あの、王太子殿下、今日は、ありがとうございました」

「なんの礼だ?」

「約束を、守っていただけたので」

「ああ……」


 これまで、アウグスタとの約束を破ってばかりだった。彼女の抗議も、聞き流していたように思える。本当に心から申し訳なく思った。


「突然このような態度に出て驚くかもしれないが、私は変わろうと思っている。しばし、見守ってくれるとありがたい」

「はい」


 アウグスタが口うるさく物申していたのは、すべて私の態度が悪かったからだ。こうして誠心誠意付き合ってみると、ごくごく普通の女性に思える。


「何か詫びの品でも贈りたい。欲しい物はあるだろうか?」

「いいえ、特に何も」


 ヴュルテンベルク公爵家は非常に裕福な一族だ。ドレスや宝飾品、身の回りの品などは十分過ぎるほど買い与えてもらえるのだろう。


「王太子殿下が真面目に公務をしてくれれば、何も望みません」

「そうか、わかった」


 これまで私がいかに不真面目だったか、わかるような発言だろう。


「あの、王太子殿下はなぜ、変わろうと思われたのですか?」

「それは――」


 ここが家庭用フルダイブ乙女ゲーム〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟を元に造られた世界で、私は死ぬ運命にあり、その後世界が滅びるからだとは言えるわけがない。


 ただ、適当にはぐらかしてその場をしのげる相手ではないだろう。

 すでに、アウグスタは私を訝しんでいる。追及するような鋭い視線を向けていた。


 嘘をつくときには、真実を混ぜると通用する場合があるという。

 そんなわけで、ほんの少しだけ本当のことを告白してみた。


「私は、不思議な夢を〝みた〟のだ」

「不思議な夢、ですか?」

「ああ。この国が崩壊し、世界の危機となる夢を」


 夢の中の私は愛人を連れ、放蕩の限りを尽くし、快楽に溺れる毎日を過ごしていた。

 その行動をアウグスタが見逃すわけがなく、激しく責め立てられるような毎日であった。

 奇跡の力を持つ聖女を召喚したので、アウグスタはもう必要ない。そう判断し、私は彼女を遠ざける。


「そんなお前を私は婚約破棄し、国外追放を命じたのだ」


 聖獣による結界が崩壊したあと、聖女が国を守護した。

 しかしながら、それでめでたしめでたしではない。

 アウグスタを見初めた隣国の皇太子が戦争をふっかけ、この国はあっさり滅び去る。

 戦火を浴びた世界樹が燃えてなくなったことにより、世界の均衡は崩壊。


「この世の終末を迎えるという、壮絶な夢だ」


 あまりにも現実的ではなく、突拍子もない夢だったのかアウグスタは呆然としていた。


「夢だったが、私には夢のように思えず……。すべては私の不真面目、不道徳さが引き起こしていた。もしかしたら、本当に訪れる未来かもしれない。そう思い、日頃の態度を改めようと思ったのだ」

「そう、でしたのですね」


 どうやらアウグスタは夢の話を信じてくれたようだ。ホッと胸をなで下ろす。

 聖女マナを召喚するきっかけは、彼女を遠ざける目的があった時、聖獣の弱体化、とふたパターンあった。弱体化についても、聞いておかなければならないだろう。


「これも夢の話なのだが、アウグスタの聖獣グリフォンが弱体化した」

「リリーが弱体化、ですか?」

「ああ。守護の力が突然弱まり、結界を維持できなくなるのだ。夢の話だが、現実の聖獣はどうなのかと気になってしまった」

「リリーは元気ですわ。結界の維持も、問題ありません」

「そうか、わかった」


 ただ、今元気だからと言って、安心はできないだろう。

 今後も注意しておくようにと言っておく。


「わかりました。ご心配、痛み入ります」

「私も聖獣について、禁書を中心に調べておこう」

「ええ、ありがとうございます」


 話したいことは以上だ。憂いごとをすべてアウグスタに打ち明けたからか、少しだけ気持ちが軽くなる。

 アウグスタは味方でいたら、心強い相手なのだろう。


「今後も、今日みたいに茶を囲みたい。もちろん、迷惑でないのならば」

「お断りする理由はございません。喜んで、ご一緒させていただきます」

「アウグスタ、ありがとう」

「こちらのほうこそ、お心遣いいただきまして、感謝しております」


 念のため、ルイーズには注意しておくように伝えておく。


「あの者、王妃の座を狙っているようだ」

「そうだったのですね」

「なるべく近づけさせないよう、警戒しておけ」

「承知しました」

「何かあったら、すぐに報告するように」

「はい」


 あと、フェリクスが入学してきたことも伝えた。幼少期から、フェリクスはアウグスタによく懐いていたのだ。


「ええ、驚きました。今日は、ゆっくり話す暇はなかったですね」

「そうだったな」


 フェリクスも私達同様、他の生徒に囲まれてしまったのだろう。気の毒な話である。


「今度、三人で茶を囲む機会を設けようか」

「ええ、楽しみにしております」


 アウグスタは立ち上がると、優雅な会釈を見せる。そして、侍女と共に去って行った。

 カイとふたりきりとなり、ホッと胸をなで下ろす。


「なんとか、歓迎パーティーは乗り切ったな」

「お疲れ様でした」

「帰るぞ」

「はい」


 歓迎パーティーがお開きとなるチャイムが校内に響き渡った。

 これまでと異なる一日が終わっていく。

 部屋に戻ると、カイを下がらせる。


「あの、お風呂は明日の朝に浴びるのでしょうか?」

「いや、ひとりで入れる。お前はもう休め」

「承知しました」


 カイは一礼し、下がっていく。

 神獣ラクーンを呼び、私が浴槽の中で溺れないか見張っておくよう命じた。


 魔法学校の風呂は魔法仕掛けである。浴槽に填め込まれた魔石の呪文を指先で摩ると、一瞬で湯が満たされるのだ。泡風呂モードにし、全身をブラシで磨く。


「くっ、背中に手が届かない」

『あ、お背中は、こちらの柄が長いブラシを使うようですよ』

「それは浴槽洗いかと思っていた」

『浴槽洗いも、魔法で済ませるようです』

「便利な品だな!」


 手間取ってしまったからか、手が皺くちゃになってしまう。

 けれども自分ひとりで風呂に入れたので、謎の達成感があった。

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