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クズ王子は、歓迎パーティーに参加する

 夕刻になり、歓迎パーティーの会場へカイと共に足を運ぶ。

 ドレスコードは魔法学校の制服だ。学校行事のほとんどが、制服が正装扱いなのだ。堅苦しい恰好をしなくていいので、気持ち的に楽である。

 ただ、全校生徒が参加する卒業舞踏会プロム・パーティーのみ、ドレスコードは正礼装フォーマルなのだ。


 先ほどから生徒とすれ違うものの、惑わし眼鏡の効果が発揮されているようで、見向きもされなかった。

 なんて画期的な魔技巧品なのだろうか。作った者に金一封を渡したい。

 そんな惑わし眼鏡の効果は、パーティー会場となる大広間でも問題なく発揮された。


「すごいな。こんなに気楽な気分で人混みにいるのは初めてだ」

「私もです」


 おそらく、私がここで奇妙な踊りをしたとしても、誰も見向きもしないだろう。

 ただ、カイは美貌を抑える効果があるだけなので、おかしな行動を取ったら注目を集めてしまうのかもしれないが。


「よし、カイ。先に腹を満たしておこう」

「承知しました。お供します」

「私だけではないぞ。お前も食べるのだ」

「はい。ありがとうございます」


 皆、交流に夢中で食事には見向きもしない。

 上級生は新入生を自分の交流会サロンに引き入れるのに必死で、下級生は上級生と縁故コネクションを結ぶために食事は後回しにしているのだろう。

 このように、生徒同士が時間をかけて交流を図れる機会は、歓迎パーティー以外だと卒業舞踏会しかない。卒業舞踏会はダンスメインでもあるので、交流するとなれば歓迎パーティーしかないのだ。

 そんなわけで、料理が用意された長テーブルの周辺にはほとんど生徒はいなかった。

 これ幸いと、腹を満たすために料理を選ぶ。

 皿には呪文が刻まれていて、料理が冷めないようになっているようだ。


「クリストハルト殿下、何を召し上がりますか?」

「いい。自分で取り分ける」

「しかし」

「選んで適量を取るという楽しみを奪うな」

「そういうわけでしたか」

「ああ。お前も、自分が食べたいものを好きな量盛り付けろ」

「わかりました」


 そんなわけで、各々料理を取り分ける。この皿にも、料理を冷まさない保温の魔法が施されていた。古代文字で割ったら弁償と書かれているのが、少し面白かった。


 窓際に置かれたテーブルに座り、カイと共にのんびり食べる。

 誰も私達の存在に気づいておらず、ゆっくり過ごすことができた。


「ここがパーティー会場であるとは、信じがたいな」

「本当に」


 炙り焼きされた鶏肉を一口食べて、ハッと気づく。皮をパリパリになるよう調理していたようだが、朝市の屋台で食べたときほど皮の焼き目に食感が残っているわけではなかった。


「なるほど。これは単なる保温の魔法であって、出来たての料理を味わえるわけではないのだな」

「みたいですね。やはり、完成してすぐに提供された料理に勝るものはないのかなと」


 出来たての料理が食べたいのであれば、保温ではなく状態維持の魔法をかけないといけないのだろう。ただそれは、とてつもない高位魔法のように思えた。


「そろそろ、アウグスタと約束した時間か」

「行きましょう」


 給仕係に片付けを頼み、大広間の外に出る。

 廊下には魔法学校の歴代校長胸像がずらりと並んでいた。

 その中で、もっとも顔が怖く厳しかった〝悪魔校長〟の名で生徒から恐れられている三代目校長を目指した。


 廊下は待ち合わせをしている生徒達でごった返している。惑わし眼鏡のおかげで、誰も私達など気にも留めない。


 人を避けつつ前に進んでいたら、ぽっかり穴が空いたように人がいない場所があった。

 アウグスタが待つ、三代目校長の胸像前である。アウグスタはただ佇んでいただけなのだが、人を寄せ付けない高貴すぎるオーラをまき散らしているようだ。

 この雰囲気が、かつての私は息苦しく感じ、どうしようもなく苦手に思っていたのかもしれない。


 ここで、思いがけない展開となる。ルイーズが取り巻きの女子生徒を連れてやってきたのだ。

 アウグスタの存在に気づくと、クスリと笑う。


「あらあら、ヴュルテンベルク公爵令嬢、アウグスタ様ではありませんか。おひとりで、どうかなさったの?」

「王太子殿下をお待ちしているのです」

「いらっしゃらないようだけれど」


 ルイーズとその取り巻きは、クスクスとバカにしたように笑う。

 やってきたのが彼女でなければ、すぐに助けたのだが……。

 ルイーズとは関わり合いになりたくない。ここで、静かに去るのを待ったほうがいいだろう。


 ルイーズはアウグスタが言い返さないので、いじわるな笑みを浮かべて言葉を続ける。


「前も、その前も、クリストハルト様はアウグスタ様と同伴なさらなかったようだけれど」

「そういう日も、あるかもしれません」

「そういう日ばかり、の間違いでは?」


 ルイーズは勝ち誇ったように言う。アウグスタは相手にしたくないのだろう。顔を俯かせる。


「こんなところにいたら悪目立ちしてしまうわよ。背後の胸像よりも怖い顔をなさっているので」

「そんなつもりは――」

「ひとりでいて、恥ずかしくないの?」


 ルイーズと顔を合わせるつもりはなかったが、これ以上アウグスタを侮辱させるわけにはいかない。

 ええい、ままとなれ。

 そんな気持ちで惑わし眼鏡を外し、アウグスタへ声をかけた。


「アウグスタ、待たせたな」


 颯爽と登場したつもりだったが、アウグスタから親の敵にでも会ったような目で見られてしまう。なんだ、その態度は。


 言葉を返したのは、アウグスタではなくルイーズだった。


「ク、クリストハルト様!! あの、あの、私のお手紙は、読んでいただけたのですね!!」


 ルイーズが周囲の者達をかき分け、私へ接近しようとした。その瞬間にカイが動く。ルイーズの首根っこを掴んで、接近を許さなかったのだ。


「な、何をするの!? 私は、クリストハルト様と約束しているの」

「いいえ、そんなわけありません」

「お手紙もきちんと送ったのよ!」

「お引き取りください」


 騒ぎを聞きつけ、警備の騎士がやってくる。カイは簡潔に、王太子である私に近づく不届き者であると報告した。

 ルイーズは女性騎士に取り押さえられ、連行されるように去っていく。

 ひとまず、一難去ったか。

 アウグスタのほうを改めて見ると、彼女はハッとなる。


「王国の輝かしい未来の太陽、クリストハルト殿下、ご機嫌麗しゅう」

「その長ったらしい挨拶はいい。行こう」

「え、ええ、わかりました」


 差し出した手に、アウグスタはそっと指先を重ねる。

 こうしてふたり揃って公の場に出るのは、果てしなく久しいように思えた。

 ずっと、こうして同伴する役目から逃げていたのだ。

 アウグスタは私が同伴拒否していたばかりに、衆目から軽んじられていたのかもしれない。心から、申し訳なく思う。


「アウグスタ」

「なんでしょうか」

「これまでずっと、すまなかった。これからは、王族として、清く、正しく、真面目に生きようと思っている」


 反応がないので、アウグスタを覗き込む。なんと、涙ぐんでいた。


「長い間、辛い思いをさせた」

「いいえ。そのお言葉だけで、わたくしは救われました」


 これまで感じたことのない、すがすがしい気分で会場を歩く。

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