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クズ王子は、記憶を持って転生する

 魔物の集団暴走に国王が頭を悩ませる中――待望の聖女が異世界より召喚された。 

 聖女マナは、奇跡の力で国を救う。

 そんな聖女と、王太子である私が打ち解けるのはさほど時間がかからなかった。

 彼女は学生時代に恋した男爵令嬢ルイーズや、婚約者である公爵令嬢アウグスタを超える、魅力的な女性だった。


 聖女マナは、愛らしい微笑みを浮かべて言葉を返す。


「クリストハルト様、大好きです!」

「は? 突然何を言っているのだ?」


 突然の告白に戸惑っていると、聖女マナは急に真顔になった。


「あれ、ここの選択肢って、すてきです! だっけ? あー、この辺、スクショした攻略情報あったかな?」


 彼女は鞄から長方形の薄い物体を取り出し、何か見つめているようだった。


「あー! やっぱりすてきです! が正解じゃん。え、ここの選択を間違えたら、クリストハルト様の攻略不可能になるの? いや、ありえない! なんでこんなに難易度高いわけ!?」


 発せられる言葉が、何ひとつ理解できない。

 護衛騎士であるカイは訝しみ、聖女マナと私の間に立つ。


「せっかくパラメーター上げ頑張ったけれど、今回は諦めよーっと。あーもう、こういうとき、オートセーブのゲームは面倒だな。まあいいか、〝データ、削除〟っと!」


 目の前が真っ暗になる。

 世界の終わりを迎えたような、暗澹あんたんたる気持ちを抱えたまま目を閉じた。


 ◇◇◇


『すみませーん、起きてくださーい!』


 ドンドンドンと胸を叩かれ、意識が覚醒する。

 誰だ、この私を雑に起こすのは。

 私を起こすのはいつもいつでも、護衛騎士であるカイの役目だというのに。


『あれ、魂ちゃんと戻ってますよね? 前世オプション付き転生のショックで耳が聞こえないとか? もしもーし、聞こえていますかー? もしもーーし!』

「うるさい!!」


 大声を張り上げ、一気に起き上がる。枕元にいたのは、小首を傾げる小型の獣。見覚えのある獣だった。

 たしか、聖女マナが連れていた神獣アライグマ、名をラクーンと言っていたような……?

 どうしてここにいるのか。


「お前、なぜ私の傍にいる? カイはどうした?」

『あれー、記憶、戻っていませんかー?』

「記憶?」


 そう口にした瞬間――頭がズキンと強い痛みを訴える。

 記憶にない記憶が、滝壺に注がれる水のように勢いよく流れこんできた。


 ――私は真実の愛に目覚めた! アウグスタ、お前との婚約を破棄し、男爵令嬢ルイーズと結婚する!


 ――アウグスタ、お前とは結婚できない。婚約破棄をする!


 ――私はこの、国を救った奇跡の聖女マナと婚姻を交わす。誰にも文句は言わせない。


 ――問題ない。ルイーズは愛人にし、アウグスタはお飾りの妻、マナは第二妃とすれば問題ないだろう。


 ――ルイーズとアウグスタを愛人とし、マナを正妻とする!


「な、なんだ、この、人のありとあらゆる尊厳を失ったような、最低最悪の発言は!?」

『すべて、あなた様の発言ですよー』

「わかっている!!」


 そう、すべて私が起こした行動の数々だった。

 どうやら誰かが展開した禁術により、人生を何度も繰り返していたようである。

 にわかには信じがたいものだが、記憶がはっきりと残っていた。


「それにしても、なんなんだ。なぜ、何度も私は殺されている!?」


 一回目は、公爵令嬢アウグスタを追放し、聖なる結界を失った責任を取って絞首刑となった。

 二回目は、公爵令嬢アウグスタに横恋慕していたブレス侯爵にナイフで心臓を刺されて死亡。

 三回目は、愛人ルイーズから毒を盛られて死んだ。

 四回目は、ルイーズとアウグスタの持参金を横領した罪で、打ち首となった。


「どうして、このように無残な死を迎えていたのか……!?」

『女性達を翻弄する、〝クズ王子〟でしたので』

「は?」

『物語の都合で、クズ王子の役割を担っていたようです』


 疑問符はてなが、雨あられのように降り注ぐ。

 物語の都合のクズ王子とはいったいなんなのか。


『えーっと、ご理解いただけるかわからないのですが、この世界は神様が一時期ハマっていた家庭用フルダイブ乙女ゲーム〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟を参考にして造られたものなのです』

「奇跡のエヴァン……は?」

『それで、聖女マナを召喚した魔法がきっかけで〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟を製作した世界と繋がってしまったわけですが、まさか、ゲームを通して地球人と繋がってしまうなんて、前代未聞ですよね』

「いや、話がまっっったく理解できないんだが」

『ゆっくりご説明しますね』


 まず、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟を製作したのは、聖女マナの出身である地球人だという。

 地球という世界には、高度な文明があり、物語の世界に入って楽しむ〝フルダイブ〟という娯楽があるらしい。

 仮想空間に五感を流し込み、あたかもその世界に生きているような感覚を楽しむ技術だと神獣ラクーンは説明する。


『その物語の世界というのが、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟というわけです。ここまで理解できましたか?』

「ああ、まあ、なんとなく」


 この世界を創造した神とやらは、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟に熱中していた。その結果、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟と同じ物を造ろうと思い誕生したのがこの世界だという。


『ただ、この世界はもともと創世において素人である地球人が考えた世界。魔力、魔物、世界樹、精霊、妖精、人、魔族の均衡が崩れに崩れた世界だったのです』


 放っておくと世界はすぐに滅びてしまう。それも無理はない。

 元は誰かの干渉がないと世界の存続が難しい、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟をモデルに造った世界だから。


『これはヤバイぞと思った神様は、聖女の適性がある未来の王妃たる公爵令嬢アウグスタ様に、聖獣を使役する能力を遣わせました。けれども、クリストハルト殿下、あなた様との相性がすこぶる悪く、何度も彼女を遠ざけ、この世界は滅びてしまったのです』


 たしかに、昔からアウグスタとは喧嘩ばかりしていた。何度も打ち解けようと努力しても、彼女を理解できなかったのだ。


『クリストハルト様の一度目の人生では、アウグスタ様を国外追放しましたね』

「ああ、覚えている」


 アウグスタは隣国の王太子と結婚し、その後、聖獣の結界を失った我が国は滅亡まで追いやられる。

 隣国が救助を提案するも、アウグスタの夫となった腹黒王太子は私の処刑と引き換えにと提案してきたのだ。


『いやはや、涙なしには語れませんねえ』

「うるさい」


 私の死後――国は救われなかった。

 我が国にある世界樹が魔物の集団暴走によって枯れてしまったために、世界は滅びてしまった。


『とまあ、世界の礎となる世界樹がこの国にあるばっかりに、世界は何度も滅びてしまったのですよ』


 神の力とやらで世界を復活させるも、あっさり滅びてしまう。

 そのうち、この世界にいる者だけでは、存続が難しいと判断したようだ。


『困り果てた神は、この世界に干渉者を呼ぶことに決めたようです』


 神の代理人である神獣ラクーンが神殿に下り立ち、聖女の召喚を助言したという。

 結果、召喚されたのが聖女マナというわけだ。


『ただ、この召喚魔法は少々おかしなことになっていました。聖女マナは地球から直接召喚した状態ではなく、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟にダイブしている状態で、召喚されてしまったのです』


 ここで、ありえない奇跡が生まれてしまった。

 聖女マナはこの世界をゲームだと勘違いしている状態で、召喚されたという。


『ゲームの世界だと信じて疑わないので、聖女マナは〝リセット〟と〝データ削除〟を繰り返す。それは、ユニークスキルとしてこの世界でも通用してしまったのです』

「なんだ、その、リセットとデータ削除というのは?」

『リセットは、時間の巻き戻しと捉えてかまいません。データ削除というのは、世界の消滅です』

「なっ――!!」


 聖女マナはこの世界をゲームの中だと思い込んでいる。そのため、思い通りにならない状況になったら、軽い気持ちで〝リセット〟や〝データ削除〟をするようだ。


『ちなみに、リセットで戻るのは五分前。聖女マナ様はオートセーブされたあとと、される前の狭間だと思い込んでいたようです』

「なんだ、そのオートセーブというのは?」

『自動的に情報を保存する仕組みです』


 理解できない言葉の羅列に、頭を抱える。


 神獣ラクーンはこちらの戸惑いなど気にも留めず、サクサクと話を続ける。私が死んだ記憶は四回しかないが、それ以外にデータ削除で滅びた回数は百八回を超えているようだ。

 聖女マナの感情ひとつで、この世界は時間が巻き戻ったり、消滅したりするのはなんとも恐ろしい。ゾッとしてしまった。


「なんで彼女を、この世界に呼んだのだ!」

『申し訳ありません、神様の不手際で……』


 聖女マナを召喚するというのは、この世界の流れの一部として固定されているらしい。

 そのため、どうあがいても聖女マナが下り立つ未来は避けられないという。


『えー、つまりは、干渉者の選定に失敗してしまった、というわけですね』

「最悪としか言いようがない」


 神の代わりにお詫びしますと、神獣ラクーンは頭を下げる。

 こんな獣に謝罪されても、許す気にはなれなかった。


『ドン詰まりになった神様が、干渉者の再選定を行ったのですが――』


 もちろん、地球から呼べるわけがない。これ以上、リセットとデータ削除を使う者が増えても困るから。 


『神様が選んだのが、クリストハルト様、あなた様だったのです!』

「は!? なんで私なんだ?」

『それは、物語の都合でクズにされた王太子殿下だからです』


 なんでも、私は物語を盛り上がらせるために作られた存在なのだという。


『ゲームをする人を苛立たせ、殺した時にスカッとさせるだけの、使い捨ての存在とも言えます』


 ただそれも、物語の強制力があってこそ。

 立てられたゲームのフラグをかいくぐり、女性達との関わりを避けたら、世界は存続するのではないのか。これが、神の考えだという。


『特に、聖女マナとの接触は避けてください。彼女は、隠し攻略キャラであるクリストハルト様の大ファンですので』

「なんだ、その、隠し攻略キャラというのは?」


 なんでも、地球で言う〝乙女ゲーム〟というのは、男性キャラクターを攻略し、恋愛関係になる娯楽だという。


『クリストハルト様は悪役クズ王子として設定され、攻略キャラクターではありませんでした。しかしながら、あまりにも顔がよかったため、追加ディスクで攻略可能キャラとなったのです。ですが、攻略難易度が非常に高く、挫折するプレーヤーも多かったようで』

「言っていることが欠片も理解できない」

『す、すみません』


 とにかく、クズと罵られる所以は、公爵令嬢アウグスタ、聖女マナ、男爵令嬢ルイーズとの関わりにより強制的にあらわれる。

 そのため、それらの女性陣との関わりは徹底的に避け、世界の存続のために奔走してほしいという。


『クリストハルト様、どうか、この世界を救ってください!!』


 どうしてこうなったのか。

 神に問いかけても、特に返事はなかった。

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