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それは明らかに夢だった。
私の目の前に立つ、全長六メートルの巨大なダビデ様。股の付け根のソレには、ちゃんとモザイクがかかって適切な配慮がなされていた。誰のための配慮かは私にはわからない。夢なんてそんなものだ。
ダビデ様が私を見下ろして険しい表情をする。
私はダビデ様のそんな表情に、なぜかとても寂しい気持ちがした。
「ダビデ様……、なんで私にそんな顔をなさるのですか? 私はあなたのおっぱいを五年間も無心で描き続けてきたというのに……」
私はダビデ様の目を見て言った。
ダビデ様は物憂げな表情をして、私に返す。
『なぜ? それはお前が一番よくわかっていることだろう?』
「私が?」
『そうだ。自分の胸に手を当てて、よく考えてみよ』
ダビデ様に言われ、私は仕方なく、そっと自分の胸に手を当てた。
理由はすぐにわかった。
「……私が、おっぱいに対して不誠実だったから」
ダビデ様はうなずいた。
『そうだ。無我夢中でおっぱいを描いていた日々のことを思い出してみよ。あの時、あの時間、お前は誰よりもおっぱいに対して誠実だった。しかし、今のお前はおっぱいに対して嘘をつこうとしている』
「……おっぱいに……嘘を」
私はそう言って、うつむいた。
ダビデ様はそんな私の顔を覗き込むようにし、暖かな視線を送る。
『大葉菜津。お前が彼に真摯であろうとする限り、彼もまたお前に真摯であろうとするだろう。おっぱいを真摯に愛するように、彼もまた真摯に愛すればよいのだ』
ダビデ様は言った。
すると、ダビデ様の姿がどんどんと薄くなっていく。
「待ってください! ダビデ様! 私はまだ……!」
やがて、ダビデ様は完全な闇の中へと消えていった。
「ダビデ様! ダビデ様ぁぁぁ―――!」
その瞬間、私はベッドの上で目覚めた。
部屋はまだ暗かった。
薄目をして時計を見てみると、まだ時間は午前三時だった。
(ひどい夢だった)
……色んな意味で。
私は頭を抱えてうつむいた。
こんな夢を見てしまったのは、きっと寝る前にずっとダビデ様のおっぱいを描いていたからだろう。
ひどく喉の乾きを感じた私は、部屋を出て一階のリビングへ向かった。冷蔵庫の中に入れてあった麦茶をコップに注いで飲む。
それから両親を起こさないよう、足音を殺しながら自分の部屋へと戻った。
部屋に戻ってみると、私の目の前に大量のスケッチブックが入った箱が見えた。
私は明かりをつけて、その箱のスケッチブックを一冊手にとった。
スケッチブックには、中学の時に描いた石膏スケッチがあった。
ページにぎっしりとスケッチされた石膏のおっぱい。
(……下っ手くそ)
量感の表現も、陰影の表現の仕方もまるでなっていなかった。
私は過去の自分の絵に、思わず笑ってしまった。
けれど、スケッチブックに描かれたおっぱいは、とても生き生きとしていた。
好きなものをひたむきに描いている、躍動感のある絵だった。
今の私に、こんな心の底にある感情を動かすような絵は描けるだろうか。
(真摯に愛せよ、か)
私はスケッチブックを机に置き、下手くそなおっぱい画に修正を加えていった。