3
「やっぱ上手いよねー。人物デッサンは先生より上手いんじゃない?」
二年の先輩が私の背後からキャンバスを眺めながら言った。
他の先輩方も、私の描いたマルス様を見つめながら、うんうんと頷く。
ボルゲーゼのマルス様は正統派マッチョなので描きやすい。胸板の美しさには定評があり、多くのマッチョ好き女子を魅了しているとかいないとか。
「大場さんの石膏デッサンって、なんかリアルだよね。生々しいっていうか……」
……ぎくっ。
「そうそう。特に胸のあたりの筋肉の量感とか」
「あー、はい。そこはもう、中学の時の先生に、実際の筋肉を頭の中で想像しながらデッサンしろって、厳しく指導されたので……」
へー、と納得したような納得していないような返事をする先輩達。
とりあえず、なんとかごまかすことには成功できたようだ。
その時、美術室の扉を誰かがノックした。
近くでデッサンをしていた一年の女子が立ち上がり、扉を開けて応対する。
現れたのは、制服姿の敷島くんだった。
敷島くんは私と目が合うなり、軽く手を挙げて私に言った。
「大葉、部活中にごめん。ちょっと話があるんだけど、いま大丈夫?」
私は先輩達に断りを入れ、敷島くんのところへ歩いていく。
それから、敷島くんは私を美術室の近くにある人気のない水飲み場まで連れて行った。
「あの……、なんでしょう?」
なぜか敬語で尋ねる私。
そんな私に、敷島くんは少し目を泳がせながら言った。
「えっと……、あの……、大葉は、俺のことをどう思ってる?」
いつも快活な敷島くんらしくない、たどたどしい口調だった。
――あなたのおっぱいを描きたいと思っている!
私の脳は即座に返答した。
が、私の理性がそれを口に出すことを阻み、私は首を横に振ってから違う答えを敷島くんに返した。
「えっと……、いつも明るくて、元気だなって、思ってる」
私は言った。
すると、敷島くんは突然、私の目をじっと見つめた。
敷島くんが言う。
「大葉! あの、俺、お前のことが好きなんだ! 俺と付き合って欲しい!」
「……へ?」
私に手を差し出す敷島くん。
それはまるで、青春恋愛マンガとかでよく見るような光景だった。
生まれて初めて告白されて、頭が真っ白になる私。
敷島くんは手を前に出したまま、そんな私の返事を待った。
「えっと……、どうして、私なの?」
私は顔を赤くしながら尋ねた。
敷島くんも顔を真っ赤にして答える。
「正直言うとさ、四月の時はちょっと可愛いなくらいにしか思ってなかったんだ。けど、最近よく目が合うようになったじゃん。それで、いつの間にか大葉のことを目で追うようになって……、気付いたら声とか、仕草とか、そういうのも全部可愛いなって思うようになった」
「……そうなんだ」
照れて私から視線を外す敷島くん。
一方、私は敷島くんの言葉を聞いて、妙に頭が冷静になってしまった。
――結局は、私が敷島くんのおっぱいをガン見してたことがきっかけ、ってこと!?
敷島くんは何も悪くない。
むしろ、彼は被害者である。私のおっぱい好きの。
正直、告白されたのはすごく嬉しかった。
けれど果たして、こんな大きなすれ違いをしたまま……というか敷島くんを騙しているような形で、彼氏彼女になってしまっていいものなんだろうか。
「えーと……、答え、少しだけ待ってもらっていいかな?」
私は溜め息をついてから、敷島くんにそう言った。