第三話〈後退する捜索と前進する戦争〉
「くっそ!ここで最後だったのに!フブキ!他の誰かから連絡は!?」
オリュンシア王国領の最も北側にある森で、レアスが仲間のメガネ騎士、フブキへと叫ぶ。
「連絡は来てるよ。でも『こちらはダメだ』という連絡だけだね」
自身の魔法で騎士団の連絡係を担当しているフブキが、レアスの問いに答える。
「ちくしょう……。せっかく東西南北に分かれて1週間も探したのに、なんで見つからねぇんだよ、フォルテ!」
今日は、オリュンシア、ロマネスト、ニヴルガムの3ヶ国で行われた『友好会』にて起きた事件から7日が過ぎた日。
あの日から、レアスたち『第二王女直属騎士団』は行方不明になってしまった、自分たちの主である『シスケラ・ゼウ・ディーチェ』、そしてその護衛に付いていた『フォルテ・ネルヴァ』を捜索していた。
「もしかしたら、オリュンシア王国領にはいないのかもね。倒れていた所を、別の国の人間に助けられたとか、捕虜にされたとか」
レアスたちの所属する騎士団は、今は全部で16人の騎士がいる。だから4人ずつで隊を組み、東西南北に分かれて王国領を捜索していたが、見つからない。これだけ探しても見つからないと言うことは、他の国にいるのではないか?フブキはそう考えた。
「それ、あり得るねぇ〜。よっし!じゃあ、他の国に行っちゃおうか!」
フブキの考えに同調した金髪の青年騎士、ベールが意気揚々と歩き出す。
「ちょっと待ちな、馬鹿ベール。この間あんな事件が起きちまって、今は国同士の仲がいつ崩壊してもおかしくない状況なんだ。そんな状況で他国なんて行ってみろ。お前が恐れている『死』が襲ってくるかもしれないよ」
ベールの行動に釘を刺したのは、頑丈そうな鎧を身にまとい、大きな盾を持った高身長の女性騎士。黄色の髪に、キリッとした目が特徴的な彼女の名は、「アスア・ベスドラド」。
「アス姉の言う通りだベール。死にたくなかったら、今は控えるべきだよ。どんなに他国の美女が恋しくってもね」
アスアは面倒見が良く、騎士団のみんなからは親しみを込めて『アス姉』と呼ばれている。
「うげぇ〜。僕の目的バレてるし……。じゃあアス姉でいいや。僕を癒してよ!」
「気持ち悪い!」
「ウベェ!」
アスアに抱きつこうとしたベールは、盾で遠くへ飛ばされる。
「全く……。レアス、どうする?まだ探す?」
ベールが馬鹿をやっている間、辺りをずっと探していたレアスにアスアは問う。
「諦めきれるかよ……。俺はまだ探すぜ。約束したんだ、絶対連れて帰るって」
レアスの顔は、まだ死んでない。
「次は東に行く。お前らはもう帰っていいぞ。もう『俺たち』の任務は終わったんだからな」
レアス自身が赴いていない東、西、南の王国領に、もしかしたらフォルテたちがいるかもという希望を持ってレアスは行動を開始しようとした。その時、
ビリッ
フブキが自身の魔力を込めた『首掛けペンダント』に、微小の雷が発生する。誰かから連絡が来る前のサインだ。
『あー、あー、聞こえてるか?こちらトーゼル。残念だがお前ら、タイムリミットだ。たった今、国王陛下より王族と各騎士団長に召集が来た。恐らく、今後の動きが決定したのだろう。早急に動けるように、今すぐ王宮へ戻ってきてくれ。以上だ』
ビリビリッ
通信終了の合図である雷が2つ発生し、通信が途切れる。連絡してきたのはレアスたちの所属する騎士団の団長、トーゼル。国王陛下からの命令が来るまでの期限付きだったシスケラたちの捜索に、終わりが告げられた。
「だそうだよ、レアス。残念だけど、戻ろう」
トーゼルからの連絡を受け、フブキは目を伏せながらレアスに言う。フブキだって本当はまだ探したいが、上の人からの命令を無視するわけにはいかない。
「ちくしょう……。……分かった、戻ろう。トーさんからの命令を無視するわけにはいかねぇからな」
レアスは、大好きな人の言葉を無視するほど、周りが見えなくはなっていない。
「よし。じゃあ、周りに気を配りながら、帰ろうか」
もしかしたら帰り道にシスケラたちがいるかもしれない。自分たちにやれる事をやりながら、レアスたちは王宮へと戻る。
*****
時は少し遡り、レアスたちが王宮へ戻ろうとする1時間前。【オリュンシア王宮】のとある1室にて、1人の金髪中年男が、誰かと通信魔法で会話をしていた。
「こちらの下準備は完了したぞ。そちらはどうだ?ロマンよ」
『うん。こちらもすでに完了している。手筈通り、国全体の怒りの矛先を【ロマネスト帝国】へ向けた。国民が殺気立っているよ』
通信越しの「ロマン」と呼ばれた男の声は若い。恐らく、歳は20前半だろう。
「そうか、こちらも同じだ。まあ、一部の国民は私を非難しているようだが、そんなモノは放っておく。所詮、奴らは守られているだけのただの国民。事が始まれば怯えるしか出来んからな」
国民は言葉に出しても、それを実際に行動に移す事はしない。金髪の男は、その光景を何度も見てきた。
しかし、金髪の男の言葉にロマンは笑いながら、
『ハハハ。そうだね。確かに、彼ら一般国民『個』の力は弱い。でも、『集』になった時の力は計り知れないよ?くれぐれも、どんでん返しには気をつけてね』
そう、知ったような口ぶりで言う。
「フン。貴様がそれを言うと現実味が増すな。もちろん、そんなヘマはしないさ。私を誰だと思っている?」
金髪の男は、ロマンの言葉に少し寒気を覚える。だが、そんなモノは笑い飛ばす。なぜなら彼は、
『そうだね、君は『王様』だもんね。僕の心配は無用だったかな』
彼は、【オリュンシア王国】の国王陛下、『イーディス・ゼウ・ディーチェ』なのだから。
『あ、そうそう!イーディス、例の『樹』の調子はどうかな?』
ロマンが声を弾ませながら『樹』について聞いてくる。
「ああ、ものすごく元気だ。貴様のおかげだろうな」
イーディスが知っている『樹』はこの世界に1つしか無い。その『樹』の状態を、ありのまま伝える。
『そっか、なら良かったよ。僕たちも恩恵を受けさせて貰えるのに、何もしない訳にはいかなかったからさ』
「フン。元気でなくては困るというものだ。私たちは、『樹』があってこその関係なのだからな」
イーディスは、ロマンと初めて顔を合わせて話をした日の事を思い出す。
『そうだよねー。じゃあ、『樹』の調子も確認できた事だし、最後の仕上げでもしてくるよ』
「ああ。こちらも、7日後に【ロマネスト帝国】を攻めるという旨を周知させる。では、またな」
『分かったよ、じゃあね!次に会うのは、いつだろうね?』
ビリビリッ
「……次に会うのはいつ、か」
ロマンとの通信が終了し、イーディスは通信を切る直前のロマンの言葉を復唱し、
「その時、貴様は死んでいるだろうな」
不敵な笑みを浮かべながら、呟く。
「【世界樹セフィロクリプト】のエネルギーは順調に溜まっている」
ロマンとの会話に出てきた『樹』、オリュンシア王国領に生えている【世界樹セフィロクリプト】の姿を思い出す。『アレ』には、隠された力があるのだ。それを使って、イーディスたちは何かをしようとしている。
「待っていてくれ……レラ……」
決意に満ちた表情でそう呟き、王族や騎士団長を召集するための準備を始めるイーディスだった。
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