ケシュア
「「終わった……」」
「お疲れ様、おにーちゃん。ネストさんも」
最後にワダツミ、コクセイ、白狐の分のプレートを首に掛けると、ようやく従魔の登録作業を終えた。腱鞘炎になるかと思ったほどだ。
「はい、確認しました。これで85匹全ての登録作業は完了です」
ロバートはサインされている紙の束を持ち上げ、それをテーブルでトントンと揃えると最後に深く頭を下げた。
「九条様、本日は誠に申し訳ございませんでした。調査の結果が出次第、すぐに報告させていただきますので、今暫くお待ちいただけたら幸いでございます」
俺が頷くのを見て更に一礼すると、ロバートは哀愁漂う背中を向け去って行った。
「あー、腹減ったー」
「私もー」
俺とミアは2人でソファに倒れ込む。その様子を見てネストはクスクスと笑っていた。
「お昼ご飯まだだったの? もう晩御飯になっちゃうけど折角だしウチで食べて行く?」
「行くー!」
ミアはネストに世話になる気マンマンだが、そういうわけにもいかないだろう。
ネストは親切で言ってくれていると思うが、別に金がないわけではない。出来るだけ迷惑は掛けないようにしなければ。
「いや、遠慮しておきます」
「ええー、なんでぇー……」
ミアの気持ちもわかる。ネストんちの飯は死ぬほど美味かった。さすが貴族と言うだけはある。
俺達だけ飯を食って獣達を待たせておくのは可哀想だし、その分も用意してくれなんて図々しいことは言えない。
その辺の露店で旨そうなものを買い漁り、馬車の中で皆で食べればいいじゃないか。
ミアは俺をじっと見つめている。ねっとりとした粘りつくような視線。それに気付かないフリをして、丁重にお断りする。
「気持ちだけ受け取っておきます」
「そう? まあ、無理にとは言わないけど……」
「……」
俺の気を引こうと袖をグイグイと引っ張るミアだが、俺の決意は固い。
だが、それも時間の問題だ。このままではミアのおねだりに屈してしまう。ネストに何か別の話題を振り、気を逸らさなければ……。
「そ……そういえばネストさんはなんでギルドに? 何か依頼を探しに?」
その一言でネストは何かを思い出したのか、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「やば! 忘れてた!!」
ネストは急にその場で立ち上がると、ゴッ!っと大きな音がして目の前のテーブルが大きくズレた。
「――ッ……」
テーブルに膝を強打し悶絶するネスト。
しかし、その痛みに耐えたネストは再び立ち上がると、俺の手を取り走り出した。
「九条! 一緒に来て!」
「え? ちょ……なんですか!?」
ネストに手を引かれギルドの外へ出ると、待機していた馬車へと乗り込む。
「この馬車九条のでしょ? ちょっと借りるわね」
ネストは御者から手綱を奪うと、ミアと従魔達が乗り込んだのを確認したうえで、馬車を急発進させた。
急ぎ馬車の向かった先は、ネストの屋敷。
結局ここに来るんかい!? と心の中で盛大にツッコミを入れる。
出迎えてくれたのはセバスと屋敷の使用人達。懐かしい顔ぶれだ。特にセバスは涙を流し、俺との再会を喜んでくれた。
「九条様に会えて私は……わたしわぁぁぁー……」
リアクションがデカイのは相変わらずだ。確か最後に会ったのは曝涼式典の前だったはず。
あの時はもう会えないと思っていたから、感慨もひとしおだろう。
両手で硬い握手を交わしていると、後から来たミアにも握手を求めるセバス。
「ミア様もお元気そうで何よりでございます。そしてカガリ様も……それと……ひぃ!!」
カガリまでは良かった。しかしその後ろからぞろぞろと出て来る魔獣達を見て、セバスは立ったまま気絶した。
「はぁ……。ひとまずセバスは放っておいて、他の獣達は庭で良ければ自由にしてていいわよ?」
ネストがそう言うや否や、後続の馬車からぞろぞろと獣達が飛び出して来る。
流石に驚きを隠せない使用人達だったが、大きな芝生の庭に寝転ぶ獣達を見て、恍惚な表情を浮かべていた。
屋敷の中をズカズカと進んで行くネスト。正面の階段を昇り、バルザックの肖像画が見えてくる。
肖像画なので当たり前なのだが、やはり本人とそっくりだ。
そのまま黙ってついて行くと、ネストは客間だろう部屋の扉を開けた。
「遅いわよネスト! どこ行ってたの!?」
部屋の中から飛んで来たのは女性の声。
「ごめんなさい、ケシュア。でも、ちゃんと助っ人を見つけて来たわよ?」
椅子に足を組み、偉そうに腰掛けているケシュアと呼ばれた女性は、テーブルに置いてあった湯気の立っていないコーヒーを口に入れると、冷たい目でネストを一瞥した。
「使えない助っ人だったら承知しないわよ?」
そしてそこにいたのはもう1人。ケシュアの対面に座る男性。バイスだ。
俺がネストの後から部屋へ入ると、それに気付いたバイスは立ち上がり、表情が明るくなった。
「九条! 九条じゃねーか! お前が来てくれるなら100人力だ!」
「お久しぶりです。バイスさん」
話の内容はさっぱりだが、とりあえず挨拶は大事だ。
ミアと共にバイスと握手を交わし、お互いの近況等話し合っていると、ケシュアは何かに気が付き、口に含んでいたコーヒーを盛大に吹いた。
「ぶふぅーー!」
「おい、きたねぇぞケシュア!」
バイスの文句にまるで反応を見せないケシュアは、俺の胸元から目が離せなかったのだ。
「ぷ……プラチナプレートぉぉぉぉぉ!?」
ネストはそれを見越したように胸を張ると、自慢げに俺を紹介した。
「そう、彼はプラチナプレートの九条。クラスは死霊術師。どう? 凄いでしょ?」
「どうも……。九条です……」
まるで自分の事のように紹介するネスト。
俺はケシュアにどう接していいかわからず適当に頭を下げて自己紹介をするも、返事はなかなか返ってこない。
開いた口が塞がらないケシュアは、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「えーっと……」
「オホン。彼女はケシュア。クラスは樹術師よ。ゴールドの……まあ、それはプレートを見ればわかるわよね」
ネストから紹介されたケシュアは、エルフと呼ばれている種族だ。長命種で人間より長く生きることで有名である。
実際の歳は定かではないが、見た目では17、8歳。身長は150センチ位だろうか……。ミアよりは高いが俺達よりは全然低い。
白い肌に長い耳、ブロンドの髪を後ろで二つに分けていて、上半身はケープのような物を羽織りへそ出し。下はロングのスカンツといった出で立ちだ。大体が地味な色で揃えている。
可愛いというより素朴な感じで、掛けている眼鏡が真面目そうな印象を演出していた。
樹術師とは自然を利用する魔法を得意とする。主に樹術や天術と呼ばれているものだ。適性が高ければ植物と心を通わせることも可能なのだそう。
ケシュアは、森の賢者とも言われるほど優秀な樹術師だった。
「まあ、それはわかりました。……それで俺がここに呼ばれた理由はなんです?」
「ん? ネストから聞かされてないのか?」
「ええ、何も……」
「ネスト……。お前、無理矢理連れて来たのかよ……」
「しょうがないじゃない! 時間もなかったし、連れて来てから決めてもらおうと思ったの! ご飯もまだみたいだったし……」
ネストは悪びれる様子もなく、わざとらしく髪を掻き上げる。そして俺の方をチラチラと確認するように視線を泳がせたのだ。
これは、何か面倒くさいやつを押し付けられる流れだと俺の経験が警報を鳴らしていた。
何か、適当な理由をつけて帰らなければ……。
「丁度いいじゃない。あなた達も食べて行きなさいよ。どうせ泊まるんでしょ? 私は厨房で増えた分の食事を頼んでくるから」
そう言うとネストは踵を返し、一目散に廊下を駆けて行った。
「あいつ……。逃げやがったな……」
「ははは……」
って笑ってる場合じゃない。なんとか穏便に帰る方法を探らなければ……。
何か上手い口実はないかと唸っていると、ミアも一緒に唸り出す。
俺の表情を見てミアは悟ったのだろう。このままではおいしいご飯を逃してしまうと。
「プラチナは正直驚いたけど所詮は死霊術師。戦闘の役に立つの?」
ケシュアは俺をバカにしているのだろう。品定めでもするかのように、ねちっこい視線を向けてくるが、そんなことはどうでもよかった。
それは最悪、戦闘になる可能性があるということを示唆していたのだ。
バイスとネストは死霊術の本当の強さを知っている。しかし、それを公言することは出来ない。
曝涼式典での事が明るみに出てしまえば、俺だけではなく派閥にも責任は及ぶはずだ。
王宮側に被害はなかったが、だからと言ってそれが許されるかは別問題。第4王女を叩くには絶好の不祥事。
ネストとバイスはそうならないよう立ち回るはず。ならば役立たずを演じるが吉である。
「そうなんですよ。死霊術は戦闘の役には立たないんで、自分じゃあまり力にはなれないかと……」
ケシュアは俺を否定している。これに乗っかれば無能の烙印を押されるだろう。
上手い事ケシュアと仲違いをすれば、帰る事が出来るかもしれないと画策する。パーティの雰囲気を悪くする冒険者は弾かれて当然だ。
しかし、この一言でバイスは俺の魂胆に気付いた様子。それも当然。俺の表情からは全くやる気が感じられないからだろう。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺に、どうにかやる気を出させたいバイス。しかし、俺の強さは口に出来ない。ケシュアの説得は難しいだろう。
「そんなことないよ! おにーちゃんは強いもん!」
バイスに助け舟を出したのはミアである。意外な伏兵にケシュアは目を丸くする。
「誰?」
「おにーちゃんの担当のミアです! よろしく!」
怒りながらも挨拶は欠かさない。ミアの考えが手に取るようにわかる。
その膨れた頬。俺をバカにしたケシュアに腹を立てているのだろう。
ありがたいことではあるのだが、今は自重してほしい。
「そうだぞ? 九条は強い。それは俺が保証しよう」
それに便乗したのはバイスだ。
「ふーん……。具体的にどう強いの? 死霊術でパーティ組んでる人なんて見たことないけど?」
言いたいけど言えないやるせなさにやきもきするミアと、ハラハラする俺。
秘密を漏らしてしまいそうで気が気ではない。
「お……おにーちゃんは、鈍器の適性も持ってるもん!」
「へぇ……。ハイブリッドなんだ。でもハイブリッドって物理も魔法も中途半端って感じじゃない?」
「むぅ……ホントに強いの!!」
ミアの語彙力ではここまでが限界の様子。だが、バイスはここで起死回生の一打を放つ。
「まあ、待てケシュア。これ以上雰囲気を悪くするならパーティを抜けてもらうぞ?」
血相を変え、机を叩きつけるケシュア。
「はぁ!? なんでよ! 私の方が先でしょ!? バイスは私よりこの死霊術師を取るっていうの!?」
「うん」
「――ッ!?」
即答するバイスに、プライドを傷付けられ怒り心頭のケシュア。
「九条! 私と勝負なさい! 勝った方がパーティに残留する。いいわね?」
「嫌です」
俺の負けでいいので帰りたい。それがケシュアには余裕に見えたのだろう。
「プラチナだからって私を侮ると痛い目見るよ!?」
「おいケシュア、マジでやるのか? お前と九条が戦ったら負けるのは確実にお前だぞ?」
ロイドの時もそうだったが、バイスはわざと煽っているんじゃないだろうか?
「へぇ。バイス、言ったね? プラチナと戦える機会なんて滅多にないからね。本気で行くよ? あんたに勝って名を上げる! 後悔させてやるんだから!!」
ケシュアは、テーブルに立て掛けていた自分の身長ほどもある大きな樫の杖を掴み取ると、クルクルと回しその先端をビシッと俺へと向けた。
その表情から本気なのだという決意が見て取れる。
ならば受けて立とうじゃないか。そしてわざと負ければいいのだ。これ以上ない完璧なプランである。
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