アミー、想いを受け取る
「しかし、そんな上手くいくか?」
「なんじゃ? 心配してくれるのか?」
フードル曰く、ネクロガルドの噂は魔族にも伝わっているらしい。故に敵対することはないとは思うが、いきなり魔界へお邪魔して力をくれと言ったところで、ハイそーですかとはならないだろう。
「心配はいらぬ。アモンが魔界へと帰っているなら、話は通っておるじゃろう」
「ああ、そうか」
「更に言うなら、お主が力を貸してくれるなら百人力なんじゃがな」
「寝言は寝て言え」
「つれないのう……」
口をへの字に曲げ大層残念そうなエルザを横目に、アミーはというと、淡い陰りを宿した表情で、静かに視線を落としている。
そんなアミーに聞かれないよう身を屈め、エルザの耳元で僅かに囁く。
「なぁ、アモンの指輪なんだが、アミーに持っててもらうってのはどうだ?」
アミーが持つベリトの指輪。その対となるアモンの指輪は、現在俺が預かっている。
形見……というのは少々語弊があるが、こちらの世界に残された数少ないアモンの所有物の一つだ。
目の届かない場所ならいざ知らず、アミーがフードルの元で暮らすのであれば、それを預けておいてもなんの憂慮もない。
であれば、アミーの手元にあった方がいいのではないかとも考えたのだが、それがネクロガルドのために作られたものだというのであれば、事実上の所有権はエルザにある。
「ワシはかまわんぞ? いざという時に借りることが出来れば、それでよい」
「悪いな。何か……痕跡でも残っていればよかったんだが……」
前回、見逃していた何かがあればとも思ったのだが、残念ながら当ては外れてしまったらしい。
とはいえ、折角来たのだ。早々には諦めきれない。
指輪が隠されていた床だって、小さな違和感が切っ掛けとなって発見へと至った。隅から隅まで目を光らせなければ……。
「そっちはどうだ?」
「残念じゃが、これといったものはなさそうじゃな」
魔族にしかわからない何か……を期待してはいたのだが、フードルの方も空振りらしい。
「アミー。残念だが……」
希望を捨てず、アミーが諦めるまで付き添うのも吝かではなかったが、ずっとこのままという訳にもいかない。
毎日……と言う訳にはいかないが、村からはそう遠くないし、また来ればいいのだ。
「今日はそろそろ帰ろう。来たいときにいつでも……」
そう言ってアミーの肩に触れようとした瞬間だった。
「……アミー?」
聞いているのか、いないのか。反応がないアミーの顔を覗き込むも、ジッとダンジョンハートを眺めているだけ。
眉間にシワを寄せ、ダンジョンハートの表面を凝視するその姿は、小さな文字を読むのに苦戦しているご年配のよう。
それほどに集中しているのだ。俺もアミーと一緒になって同じ場所に目を凝らす。
「……魔王様。これ……何か書いてありませんか?」
「……そう言われると……確かに……」
均一さとは無縁の歪んだガラスのような質感のダンジョンハート。ゴツゴツとした凹凸のある表面には、小さな文字のような物が薄っすらと掘られていた。
正直、ダンジョンハートの表面など気にもしていなかったが、少なくとも108番にはこのような文字はなかったはず……。そもそも、普通にしていたら気付かない程度のざらつきとも呼べるものだ。
「うーむ。これは読めんなぁ……」
横から覗き込んできたフードルが目を凝らすもお手上げ状態。
気のせいだろうと切り捨てても良かったのだが、アモンが残したものである可能性も捨てきれない。
「108番。107番のダンジョンハートを満タンにしてくれ。今すぐに」
頭の中で元気の良い返事が聞こえると、ダンジョンハートが微かに震えた。
次の瞬間、ゴボゴボという音と共に、底面から薄紫色の液体がゆっくりと盛り上がってくる。
液面は呼吸をするかのように脈打ちながら、歪な円筒の内壁に沿ってその表面を染め上げる。
「おお、これならなんとか読めるぞ」
透明なままでは、刻まれた文字は光に溶け込み、そこに在るのかどうかさえ曖昧だ。だが背後に色を持つものが重なると、事情は一変する。
明るさと暗さの差が際立つことで、これまで沈黙していた溝や線が、輪郭を持って浮かび上がるのだ。
人の目は、形そのものではなく差異を見る。ゆえに背景を与えてやれば読みやすくなるという寸法である。
「どれどれ……」
フードルがそれを読み上げる。
なんてことはない。アモンが107番のダンジョンに辿り着いてからの覚え書きだ。もちろんそこには、ブルーグリズリーたちとの日々も綴られていた。
「ん? こっちにもあるぞ?」
そんな私録とは別に、少し離れた場所に書かれていたのは、毛色の違った書置きだった。
――――――――――
――アミー。あなたが眠りについてから、ずいぶんと時間が流れたわ。
数えきれないほどの季節が何度も巡ったけれど、あまり変わったことはない。当然よね、ダンジョンの中なんだもの。
あなたが好きだった花を探しに外に出ることもあるけれど、こちらの大陸にはないみたい。それが少し残念です。
私は……ちゃんとやっているわ。
寂しくないと言えば嘘になるけれど、それでも毎日を大切に生きてきました。あなたが目を覚ました時に、「待っていたよ」と胸を張って言えるように。泣いてばかりの母親じゃ、嫌でしょう?
時々ね、あなたがそこにいるような気がして、ダンジョンハートに話しかけてしまうの。
「今日は寒いね」とか、そんな他愛のない話題。返事は返ってこないのに、不思議と心が落ち着くのよ。
……本当はね。あなたが目を覚ました、その瞬間に、一番最初に声をかけたかった。
名前を呼んで、手を握って「よく頑張ったね」「もう大丈夫だよ」って。
でも、それはどうやら叶いそうにありません。
だからこうして、少しずるいけれど、先に言葉を残しておきます。
あなたは一人じゃない。眠っている間も、ずっと愛されていた。
そして、起きた時には、どうか胸を張って生きてほしい。
このメッセージが届いたのなら、世界は少し優しくなっているはずだから。
……さあ、そろそろ終わりにしますね。
この書置きが、あなたの目に触れることを願って――。
おはよう、私のかわいいアミー。
――――――――――
「……ママ……」
アミーからは声にならない嗚咽が漏れ、涙が次々と床に落ちていく。眠っていた時間の重さが、今になって一気に押し寄せたかのように。
俺はその背中を、黙ってさすり続けた。
人は皆、無常の流れの中にあり、形あるものはいずれ別れを迎える。だが、死に別れたわけじゃない。
母は先に道を進み、娘は後を歩く。ただそれだけのことである。
そしてその涙が乾いたあと、胸に残るのは受け取った想いと、受け継いだ願い。
それを糧に、アミーは涙とともに立ち上がり、一歩を踏み出すことができるだろう。
同じ空を見上げることは叶わずとも、同じ願いのもと、歩んでいけるのだから。
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