エルザの目指すところ
アミーを連れ、107番のダンジョンへと向かう。
コクセイの背に跨ったアミーは、揺れに身を任せながらも興奮を隠しきれず、きらきらと目を輝かせている。
その様子があまりにも楽しげで、思わず頬が緩んだ。
鬱蒼と生い茂る森は昼なお薄暗く、絡み合う枝葉が空を覆っている。湿った土の匂いと、どこからか聞こえる獣の鳴き声を背に、カイエンの案内で奥へ奥へと進んでいく。
やがて、岩肌がそのまま屋根になっている小さな洞穴に辿り着く。
「頼んだ」
「うむ」
言われるまでもないとばかりに、一歩前へと出たフードル。
封印代わりにと入口を塞いでいた土砂にフードルの伸ばした手が触れると、それはあっという消失。入口がぽっかりと口を開けた。
「どうする? もっと大きく掘ることも可能じゃが……」
カイエンに向けられたフードルの視線。
そんなフードルに、カイエンは大きく首を横に振る。
「俺のことは気にしないでいい。どうせまた塞ぐことになるんだ。目立たない方が見つかりにくい」
魔獣化の弊害というべきか、入口さえ大きければカイエンのサイズでも、なんとかなりそうではあるが、結構ギリギリ。
ダンジョンハートの部屋には、確実に入れない。
「俺はここで見張りをしていよう。良い報告を期待しているぞ」
「ああ、いってくる」
そう言葉を交わし、カイエンと別れる。
一歩ダンジョンへと足を踏み入れた瞬間、外の空気とは違う、ひんやりとした冷気が肌を撫でた。
ダンジョン内部は薄暗く、岩壁は長い年月を経て湿り気を帯びている。
長期間、完全な密室となっていたはずの空間ではあるが、不快な澱みが感じられないのは、前もって108番が内部を浄化してくれたおかげだろう。
最低限のエーテルを、107番のダンジョンハートに移譲。淡く揺らめく光が足元から壁際までを照らしていて、松明を持たずとも歩くには十分な明るさも確保されている。
静寂の中、足音だけが小さく反響する。
「私がいたところとは、少し違うかも……」
「ああ。なんでもこのダンジョンは、108番を守るための囮だったらしいからな。内部は簡素だが、外からの衝撃には強固に作られているらしい」
ただ掘った穴をブロックで補強した場所とは訳が違う。
計算されたかのように直線的。均一な幅の通路。そして規則正しい勾配。壁はセメントで塗り固めたかのような滑らかさで、崩落の気配すらない。
壁も天井も魔獣の爪痕一つなく、ダンジョンというよりも継ぎ目の少ないコンクリートの大きな四角いパイプの中にいる感じだ。
そんな殺風景なダンジョン。新たな発見を期待し、周囲に注意を払いつつ進んだものの、目を引くような変化は見当たらない。
拍子抜けするほどあっけなく、俺たちはそのままダンジョンの最奥へと辿り着いた。
「何も変わっておらんの」
「結局は何もなしか……」
俺たちが最後に訪れた時と何も変わっていない。ダンジョンハートは空のままで、アモンが戻ってきた形跡もなさそうだ。
「ここにママが……」
母親の面影を探すように、アミーはそっとダンジョンハートに触れた。
しかし、それは何の反応も示さず、沈黙を貫いているだけ。
声を掛けようにも、なんと言って慰めてやればいいのか……。気休めでも、そのうち会える――とでも言うべきか、それとも現実は甘くないと心を強く持つように促すべきか……。
頭を悩ませる俺に、エルザは持っていた杖で俺の脇腹を小突いてきた。
「で? 指輪があった場所は?」
「お前さぁ……」
少しは空気を読めと言おうとも思ったが、そんなことを嘆いたところで今更だ。
「……その壁際の下だ。角が欠けてちょっと浮いているタイルがあるのだろ?」
よく見なければわからない違和感。仮に気付いたとしても、ダンジョン内であることを考慮すれば、この程度の破損、気にも留めないだろう。
「ふむ、なるほどのぉ。であれば、これがアモンからのメッセージか……」
壁に掘られた古代文字。エルザがそれにそっと触れると、溜息を一つ。
「ご苦労じゃったな。お前が守り抜いたものは、間違いなく然るべき者の手に渡った。その代償があまりにも大きかったことを、我々は決して忘れないじゃろう。……よくやった。恩に着るぞ、アモンよ……」
返事が返ってこないことを知りながら、それでも語りかけるよう言葉を紡いだエルザは、視線を落とし静かに目を閉じる。
「アモンと何とかコンタクトを取れればとも思ってはいたが、やっぱ難しいか?」
「そうじゃな。できればそうしてやりたいが、通信術をもってしてもあちら側とのやり取りは不可能。どうしてもというなら直接行くしかあるまいて」
それが可能なら、そもそもこんなところで称賛の言葉を掛けたりはしないはずである。
「……そもそも、お前たちは魔界に何をしに行くんだ?」
アモンの指輪と、アミーが持つベリトの指輪。その二つがあれば、人間でも魔界へと赴く事ができるのだという。
その指輪は、ネクロガルドへと譲渡される予定だったもの。
「何を今更……。神を殺すためだと言うておろう」
「そりゃ、わかってるよ。そういうザックリした目標じゃなくて、もう少し具体的にだな……」
「ふむ、そうじゃな……。魔術の深淵を覗くため……とでも言っておこうかの」
エルザの言葉を聞いて、とある魔法書の最終節を思い出した。
穢れなき闇の祝福。バルザックが最後に使った魔法である。
その名は祝福を謳いながら、実際には一度きりの死を代償として要求する禁呪。術者が詠唱を紡いだ瞬間、現世の器である自らの肉体を放棄する。
それによって得られる知識が魔術の源流だ。体系化される以前の魔術、言葉を持たぬ呪式、理屈ではなく在り方として理解される力。
魔術そのものの一部となる――そう言っても過言ではない。
魔術を極めたいと願う者には祝福だ。しかし、それを受けし者は温もりを失い、眠りを忘れたアンデッドとして再誕する。
それは命を捨ててでも成し遂げたい願いを持つ者だけが辿り着く最終到達点であり、残るのは闇に祝福された力と生きていた頃の記憶だけだ。
エルザが目指しているのは、それなのだろう。しかも、代償を支払うことなく強大な力を得ようというのだ。
魔術を生み出したのが魔王であるなら、確かに試す価値はあるのかもしれない。
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