クリス、人生の選択に悩む
グリンガム兄弟との対決を終え、話し合いの場をサーペンタインガーデンのVIPルームへと戻す。
ブルーノの傷も魔法の力ですぐに癒えるも敗れたことに関しては不満を露にしていたが、奢りの酒とキャバ嬢を前にして、どうやら機嫌は直った様子。
どこの世界の男性も、酒と女に弱いのは共通らしい。
「おい。あまり飲み過ぎるなよ? 後で酔っていて覚えてませんでした――ってのは、なしだからな」
「そう硬てぇこと言うなよ。ちゃんと負けは認めただろ? これは最後の晩餐ってやつだ。少しくらい楽しんだってバチは当たらねぇよ」
なんというか、既に出来上がっているような気もするのだが……。
「なんだよ最後の晩餐って……。口裏を合わせてくれるだけでいいって言っただろ? それとも俺がお前達の命を奪うとでも?」
「可能性はあるだろ?」
「ねぇよ。どっから出てきた、そんな話……」
「いや、そこの婆さんだが?」
ギャレットが酒瓶を向けた先には、同じ席に座っていたエルザだ。
「おい、エルザ。お前なんつった?」
「イッヒッヒ……。お主は優しすぎるからの。少々ビビらせておこうと思っただけじゃよ」
「余計な事、吹き込むんじゃねぇよ……」
ビビらせるのは結構だが、既にそれを通り越し、開き直ってしまっているのだが……。
勝負に負けたにもかかわらず、約束を反故にしようというなら、それ相応の罰を――とは考えていたが、まあ手間が省けたとでも思っておこう。
「話し合いは飯の後で――でいいだろ? なあ兄弟」
「ああ、飯の時間ってのは生きている事に感謝する時間でもあるんだ。楽しむのは基本だろ?」
ギャレットの言葉に、ロルフは無言で頷き、ブルーノは得意気に講釈を垂れる。
俺もちょっと前までは冒険者をやっていたのだ。その理屈は理解できるし、食事を楽しむことは悪い事ではないと思うが、それとこれとは別である。
そもそもの話、無事に帰ってこれた事に対する感謝であるはずなのに、今回は別に命の危機などなかったのだが……。
とはいえ、唯一の懸念点であったグリンガム兄弟と協力関係を築けたのは、何よりの成果。
さっさと話を終えて、全ての肩の荷を下ろしたかったのだが、この調子だとそれは明日以降になりそうだ。
楽しそうに飲み食いするグリンガム兄弟を横目に、溜息を一つ。話し合いを諦め、手元の酒を飲み干した。
「領主様って、本当に強かったんですね」
空になったジョッキに新たな酒が注がれ、ふと振り返るとそこにいたのはクリスである。
「なんだ、見てたのか?」
「はい。噂は聞いていましたが、実際に見たことはなかったので」
「少しは見直したか?」
「はい」
即答である。ちょっとした冗談で和ませようとしただけなのだが……。
「で? 結局はどうするんだ?」
「決めてはきたつもりですが……」
途端に曇るクリスの顔。
俺の悩みはつい先ほど解決してしまったが、クリスも悩める者の一人である。
アミーの救出を完遂し、無事帰還。各種手続きを終えたら王都での新たな生活課幕を開ける……と、そうなるだろうと思っていたが、クリスの心は揺れている様子。
「ロバートはなんと?」
「アドバイスは貰えましたが、最後は自分で決めるようにと……」
「そうだな。どちらにせよ、最後まで面倒は見てやる。納得がいくまで悩めばいい」
それは人生の選択だ。
現状、アミーはクリスに心を許している。それも当然、恐らくは一番長く一緒にいる人間だからだ。
それはクリスにも同じことが言えるのだろう。
王都に住むことにあれば、アミーとは離れなければならない。
あこがれの王都に戻るか、それともコット村に住み続けるか……。
王都への移住は、クリスが切望していた未来。親元を離れ自由な暮らし。広い世界で選択肢に満ちた毎日を送ることができる。
コット村に留まれば得られないものが、そこにある。
残れば一緒にいられるが、去れば夢に近づける。どちらも欲しいと願うほど、その選択は残酷だ。
「……領主様だったら……どうしますか?」
「それは参考にならないと思うぞ? 俺は王都に魅力などまったく感じてないからな」
期待を裏切るような答えで申し訳ないと思いながらも、なみなみと注がれてしまった酒に口をつける。
ジョッキを傾け、隣のクリスをチラリと窺う。
椅子に腰を下ろしたまま、視線を落とすクリス。背もたれに体を預けることもせず、酒瓶を抱えた両手は、わずかに強ばっている。
言葉にできない思いが、胸の中で絡まり合っているのだろう。
前へと進みたいが、失いたくもない。その狭間で、まだ答えを見つけられずにいるのだ。
「……どちらを選ぼうとも、完全に満たされることはない。村に残れば王都への憧れは消えず、行けばアミーとの時間を惜しむ気持ちは消えない。だが、それはどちらも失敗じゃない。選んだ道を正解とするために努力することの方が重要なんじゃないか?」
「……それでも、もし後悔することになったら……?」
「後悔が生まれるのは、真剣に選んだからだ。何も感じぬ選択など、初めから心には残らない。俺の故郷の教えでは、苦しみは何かを欲しがったり、手放したくないという想いから生まれるのだと言われている。後悔も同じ。だから、後悔しない選択を模索するより、後悔しながらも歩み続けられる道を選ぶといい」
この世は無常である。人の縁も、環境も、想いも、同じ形のまま留まりはしない。
故に、何を得るか――ではなく、その選択をしたとき、自分はどう在ろうとするのかを考える。
損をしない道、得をする道ではなく、後になって振り返ったとき、逃げなかったと言える道を選べるかどうか。
それが、仏教でいう正しい選択なのである。
「大切なのは、誰かを失わないことじゃない。今の自分に嘘をつかないことだ。縁は離れたから切れるものではなく、それが必要なら形を変えて巡ってくる。どちらの道にも学があり、正解は自分自身で見つけるもの。……まあ、どちらにせよ後悔するようなことにはならんとは思うが、振り返るのではなく前を向くことをオススメするよ」
「前を……」
そう呟いて、視線を落としたクリス。
その表情には、まだ迷いの影が残っていたが、逃げ場を探すような目ではなかった。
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