グリンガム兄弟、思い知る
「今度はこちらから行かせてもらうぞ」
そう言い終わるや否や、金剛杵を構え、地面を踏み込み距離を詰める。
狙うはもちろん、手負いのブルーノ。
「くッ!?」
ブルーノは咄嗟に距離を取り、そんなブルーノを庇うかのように立ち塞がるのはギャレットとロルフ。
「邪魔なんだよなぁ……」
「強がっていられるのも今のうちだぞッ! ”ツイン・ランページ”!」
ギャレットの咆哮とともに、銀色の暴風が巻き起こる。左右の手に握られた戦斧の速度は最早乱舞。地面の砂が舞い上がり渦を描く程である。
袈裟斬り、逆袈裟、水平斬り、突き上げ――。息つく暇もない連撃は、並の魔物であれば瞬きの間に挽肉に変えられているだろう。
それを俺は最小限の動きでかわしていく。
右の斧が首を狙えば、それをわずか数センチ傾けてやり過ごし、左の斧が脇腹を抉ろうとすれば、半歩だけ足を滑らせて回転。
もちろんそれだけではない。斧の連打で視界を塞ぎ、意識を誘導したところへ大剣での一撃。
重さも、軌道も、間合いさえも異なる緩急の落差は、戦いのリズムを狂わせるには必要十分。それは相手が達人であればあるほど、効果的だろう。
だが、そんな絶妙な連携も、俺にとっては全くもって意味がない。リズムどころか、ただゆっくりと迫ってくる攻撃を、素直に避けているだけだからだ。
「おのれちょこまかとッ! さっさと当たりやがれ!」
ギャレットが焦りを滲ませ、攻撃の回転数を上げる。斧の残像が繋がり、まるで銀色のドームのようだが、その激流の中で俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「それはちょっと早すぎるな。ロルフがついていけてないぞ?」
ギャレットとロルフ。2人で完璧な演武であったのだが、ギャレットが突出してしまった所為で、逆に攻撃は単調に。
「ここだな……」
ギャレットの連撃の合間――呼吸の継ぎ目に出来るわずかな隙に、身体を捻じ込みギャレットの背後へと回り込む。
「なっ!?」
そしてそのままギャレットを無視し、体を休めていたブルーノへと迫る。
「卑怯だぞッ! 魔王!」
「魔王らしいだろ?」
恐らくは気を引きたくて言った言葉だろうが、その程度で隙など見せやしない。
そもそも、いかなる場合でも弱点を狙うのは戦いの基本。3人をじわじわと削っていくより、一点集中で数を減らした方がこっちの負担も減る。
距離を一気に詰め、ブルーノの胸目掛けて金剛杵を突き上げる。
避ける暇など与えない。その直撃を避けるためか、小さな短剣がそれを受け止めるも、その程度で止められるほど手加減はしていない。
「――ぐッ!」
金剛杵がインパクトした瞬間、さらに力を込め押し出すように体重を乗せると、ブルーノはその勢いに負け、宙を舞った。
皆の視線が綺麗な放物線を描くブルーノを追いかけ、それが野次馬たちの頭上を越えると、誰かの麦畑へと落下したブルーノ。
「まずは一人」
細かいルールなど決めてはいないが、場外判定ということでブルーノには退場してもらおう。
仮に戻ってこれたとしても、満足には戦えまい。二人の足を引っ張るだけで、弁えてはいるだろう。
「さて、次は……」
ブルーノの脱落により、村の広場は大盛り上がり。だが、その声は殆ど俺の耳には入ってこなかった。
それだけ集中していたのだ。相手を気遣いながら戦うというのも、中々にしんどい……。
とはいえ、それも半減。早さが売りのブルーノを脱落させたのは大きい。
故に次のターゲットはロルフだ。ブルーノのサポートありきの近距離パワー型。大振りの大剣は、俺にとっては隙だらけと言って差し支えない。
「……化け物め……」
「それが俺と戦ってみた感想か? 魔王っつってみたり、化け物っつってみたり……。これ以上肩書を増やされるのは勘弁願いたいね。それで? そろそろ満足してくれるとこちらとしても助かるんだが?」
「まだだ。命を張らずに魔王と戦える機会なんざ滅多にねぇからな」
「……だろうな。なんつーかお前、楽しそうだもん」
そう言った瞬間だ。うむを言わさず、距離を詰めてくるギャレットとロルフ。
先程同様、接近戦の開始である。
勢いは先程よりも上。ブルーノの穴を埋めるため、僅かに限界を超えた実力を出せてはいるようだが、所詮はその程度である。
「クソッ! なぜ届かないッ!」
「さぁな。鍛錬が足りないんじゃないか?」
「俺の努力が、お前よりも劣っていると!?」
「そうだよ。俺は血の滲むような努力をしたんだ」
嘘である。だが、こう言っておいた方が精神的ダメージがデカイはず……。
とはいえ、仏僧として修行していたのは嘘じゃない。長時間に及ぶ坐禅と瞑想。質素な飯にデカイお寺の清掃作業。慣れてしまえばなんてことはないのだが、それを日常レベルにまで昇華させることがなにより辛い。
苦行という言葉が仏教由来であることが、よく理解できるだろう。
その経験が、この世界での強さに繋がっているのであれば、過去の自分を褒めてやりたいとはちょっぴり思う。
人生なにが起こるかわからないものだ。
そんなことを考えながらも、二人からの攻撃をただひたすらに避け続ける。
怒涛の勢い――そういって差し支えない荒波も、そう長くは続かず、その速度はみるみるうちに落ちていく。
「ちくしょう! 同じ人間だろ!? なぜこうもスペックが違う!」
ゴールドとプラチナ……。いや、恐らくそれ以上の差を感じているのは明らか。
ならば、さっさと諦めてしまえばいいものの、往生際が悪いと言いうかなんというか……。
無様で愚直――は、少々言い過ぎかもしれないが、決して膝を折ろうとしないその気概だけは評価できないこともない。
それに、ギャレットの言葉はちょっとだけ嬉しかった。
化け物だ魔王だと言いつつも、俺を人間扱いしているのは意外。見直した……というか、少しだけ見る目が変わった。
「まぁ、こっちの世界の人間じゃないからな。そういう意味ではスペックが違うってのはあながち間違いじゃないかもしれん」
「ハッ! この期に及んで口から出まかせか! 勇者が魔王なわけあるかッ!」
「そりゃ環境の問題だと思うんだがな。過去の勇者が成人君主のような心の広い人間であったとしても、奴隷のような扱いを受け続けたとすればどうだ? 次第に腐っていくとは思わないか? それとも勇者はなんでも言うことを聞いてくれる意思のないロボット……いや、ゴーレムみたいな奴だったのか?」
「じゃぁ貴様は、環境次第では勇者にでもなっていたとでも言うつもりか!?」
「そこまでは言ってない。まあ可能性はゼロではないが、それを決めるのは俺じゃないからな」
問題は何を成したか――だ。その結果が周囲に認められてようやく勇者としての名声を手に入れられるのだろう。
「逆に聞くが、魔王の具体的な定義を教えてくれよ。それに俺がピッタリ当てはまってるって言うなら、自分を魔王だと認めようじゃないか」
「……」
話ながらも二人からの執拗な攻撃は続いていた。しかし、俺の言葉に動揺したのだろう。徐々に集中が乱れ始め、二人は既に隙だらけ。
このあたりが頃合いだろう。二人の攻撃を避け、次の攻撃へと移る一瞬の……いや、大分ガバガバな隙を突き、ロルフには金剛杵で脇腹を。ギャレットにも同様に強烈な拳をお見舞いした。
「――ッ!?」
所謂カウンターとも言うべき一撃に、二人は息を詰まらせながらも力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
地面に片膝をつき、腹を押さえたまま、必死に呼吸を求める。
「ど、どうじで……」
喉から漏れるのは、声にならない呻きだけ。痛みに歪んだ表情が、その一撃の重さを雄弁に物語っていたと言っても過言ではない。
「俺の内に眠る竜にちょっとだけ力を借りた。素手でもそこそこ痛いだろ?」
利き腕ではないボディブローの威力など、たかが知れている。仮に本気で殴ったとしても、俺の腕力ではギャレットを組み伏せることなどできやしない。
「そうじゃねぇ……。別の世界の人間であることを、なぜ今明かした……」
「あぁそっち? そりゃもちろん聞かれたからだよ。さっきサーペンタインガーデンで言ったろ? 俺は誠実なんだ」
常人離れした実力に加え、俺が勇者であるかもしれないという疑念は、戦意を削ぐには十分な要素。
「なぜ、それを公表しない?」
「勇者になりたくねぇからだよ。確かに周りからは、チヤホヤされるかもしれん。だがな、俺みたいな魔王が現れたら、それを討伐に行けって命じられるんだぞ? そんな役回り、どう考えても割に合わねぇだろ?」
顔を歪め、心底うんざりした様子で吐き捨てると、それを聞いたギャレットとロルフは、目を丸くしながらもお互いの顔を見合わせる。
一瞬の沈黙。
二人の表情が緩んだかと思ったら、力が抜けたように地面へ腰を下ろし、天を仰いだまま豪快に笑い声を上げた。
「ガハハ……確かに、こりゃ割に合わねぇわ」
こうしてギャレットは降参を宣言。同時に、周囲を取り囲んでいた観客たちが一斉に湧き立った。
歓声とどよめきが入り混じり、張り詰めていた空気が一気に解けると、コット村での突発イベントは、日が暮れる前に幕を下ろした。
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