九条、グリンガム兄弟を翻弄する
そろそろ日が欠け、肌寒くなる時間帯だというにもかかわらず、村の広場は熱気に包まれていた。
ギャレットは荒い息を整えながら新品だろう片手用の戦斧を両手に構え、その重みを確かめるよう素振りを始めた。
それを見て、言い忘れていた事を思い出す。
「ああ、そうだ。お前達の武器の代金は勝敗にかかわらずこっちで持つから、後で請求書を回してくれ」
「えっ……あぁ、そりゃ助かるが……今言うことじゃねぇだろ!」
それはそうなのだが、今思い出してしまったのだからしょうがない。
クリスの脱出案が失敗した場合の予備案。ダンジョンを掘り進めるために、自分達の武器を犠牲にしたらしいことはクリスから聞いた。
ならば、当然その損失分は補填するのが礼儀だ。
「水を差したみたいで悪かったな」
「へっ、それも余裕の表れってヤツか?」
「たまたまだよ」
長男のギャレットは腰を低く構え、二男のロルフが背中の両手剣を抜き、三男のブルーノは腰の短剣に手を掛けながらもロルフの背に隠れるよう姿を消した。
「……始めるぞ」
周囲の騒音にかき消されてしまうほどの小さな声でギャレットがボソリと呟くと同時、空気が弾けるような感覚と共に、俺を襲ったのは明確な殺気。
「死ねェッ!」
先陣を切ったのはギャレット。爆発的な脚力で俺との距離を詰め、右手の斧を薙ぎ払う。
その斬撃を金剛杵の先で受け止めると、火花が散るほどの衝撃と共に腕には若干の痺れが走る。
次いで襲い掛かるのは左手の斧。首筋を狙ったそれを受け止める手段はなく、俺はそれを半歩だけ下がることでやり過ごす。
鼻先数センチを掠める刃の風圧を感じながら、バックステップで更に距離を取る。
「命のやり取りは禁止だっつったろ!」
「うるせぇ! このくらいじゃ死なねぇだろッ!」
確かにそうだが、結果論。殺気マシマシで死ねッ!って言って踏み込んでくるのは、いかがなものか……。
「逃がさん……」
そんな俺の僅かな愚痴すら待ってはくれず、聞こえてきた声の方へと振り向くと、いつの間にいたのかロルフが両手剣を振り上げていた。
「――ッ!」
受け止めた金剛杵から感じる衝撃は、まるで鉄骨が落下してきたかのよう。膝がガクッと折れ、地面がわずかに沈み込む。
「……足元がお留守だぜ」
ロルフの足元で影に溶け込むよう構えていたのは、ブルーノ。逆手に持った短剣を弄びながら、爬虫類のような冷たい瞳で俺を睨みつける。
その地を這うような低い姿勢から、足首を狙った鋭い刺突が繰り出されるも、俺はそれを思いっきり踏みつけた。
「……ふん!」
「なッ――!?」
ブルーノを短剣を踏みつけたまま、ロルフをキッと睨みつけると、それを警戒し離れるロルフ。
俺は自由になった上半身を右に捻って、ブルーノの頭を蹴っ飛ばす。
「ひゅう……あぶねぇあぶねぇ……」
踏まれていた短剣を見限り、ブルーノはそれを紙一重で躱すと、またしてもロルフの巨体の後ろへと身を隠す。
恐らくはそういう連携なのだろう。狩人のメイン武器でもある弓を封じれば、戦力は半減するかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。
弱点を補える程度には短剣の扱いにも長けているようだ。
「中々やるじゃねぇか! だが、魔王はそんなもんじゃねぇよなぁ!?」
「うるせーな。お前等が色々と制限した弊害だろうが! 殺すぞ!」
「いや、命を奪うのは禁止だと……」
「お前もさっき言ってただろ!」
コントがしたいのか、勝負がしたいのか……。文句の一つでも言わねばやっていられないというのが正直なところ。
なんだかんだ言っても流石はゴールド。デスナイト相手でも引けを取らない実力だろうことは、一瞬の手合わせでも理解できた。
かといって俺が負けることは万一にもなく、気を抜いたところでどうということはない。
とはいえ、露骨な手加減は真面目にやれと反感を買いそうだし、本気を出し過ぎても周囲に被害が及んでしまう。
呪縛のような魔法で拘束。一瞬で勝負を終わらせてもいいのだが、それはそれで不満が出そうで、その調節が難しい。
過去、シャーリーが彼等と対峙した時、局面が不利になるや否や三回勝負だ――と、子供のような言い訳を披露したことがあったらしく、前例がある以上今回もそうなる可能性は無きにしも非ず。
正直何度も戦わされるのは御免である。
まあ、相手にしなければ済む話ではあるのだが、ケチだなんだとグチグチ言われるのも癪だ。
なので、ここは一つ満足するまで付き合ってやろうと心に決めた。疲れ切るまで戦い続ければ、流石に再戦は諦めるに違いない。
「しゃーない……。骨折と打撲は覚悟しておけよ?」
「それはこっちのセリフ……」
ギャレットが話してる途中だというのに、飛び込んできたロルフ。恐らくはそれも作戦のウチなのだろう。
油断させておいての不意打ち。典型的だが、効果的。巨大な両手剣が風を切り裂く轟音を上げる。
「まだ話してただろ!」
迫りくる巨大な両手剣を、思いっきり金剛杵で打ち上げる。
それは明後日の方向へと軌道を変え、ロルフの腋はがら空きになった。
……が、そこで功を焦るのは二流である。どうせ隠れていたブルーノが背後から出てくるに違いない。
「アニキ!」
ほら出てきた。
まずはブルーノから退場して頂こう。
隙だらけのロルフは無視。むしろそれを守ろうと出てきたブルーノに狙いを定め、金剛杵を振り下ろす。
「こっちだ! 魔王ッ!」
当然ギャレットが兄弟のピンチに駆け付けるだろう事はお見通しだ。
「【死骸壁】」
「なッ!?」
突如ギャレットの前に立ちはだかる骨の壁。俺はその隙に、ブルーノへと金剛杵を振り下ろす。
もちろん本気ではない。そんなことをしたらルール違反どころか、普通に殺人事件である。
「ぐゲッ!」
ブルーノがその場に膝をつくと、壁の向こうから聞こえてきたのは末弟を心配するギャレットの声。
「ブルーノッ!」
それに追撃を入れている暇はなく、その場から一歩退くと、俺がいた場所には巨大な両手剣が墓標のように突き立てられた。
「ゼェゼェ……ちくしょうッ!」
しばらく息ができない程度には強く胸を打ったはずなのだが……。流石はゴールドと言うべきか、打たれ強さもあるようで、ダウンとまではいかない様子。
ギャレットとロルフほどの筋肉はなさそうなのに、ブルーノがコレなら二人は相当頑丈だろう。
もう少し力を加えてもよさそうだ。
「死霊術でも、召喚や飛び道具じゃなければアリだよな?」
ロルフとブルーノが距離を取り、ギャレットは骨の壁を迂回し合流する。
俺が探るような言葉を投げかけると、場の空気がわずかに張り詰めた。
ナシ……と言われたら早々に勝負を終わらせようと心に決めての質問だったが、意外にもギャレットは冷静だった。
「問題ない……」
短く、きっぱりと言い切るギャレット。
骨の壁は攻撃としても使えるだろ――なんて、曖昧さを利用することもできたはずなのだが、そうしなかった理由はなんとなくわかった。
口元を歪めるギャレット。それは苦笑でも虚勢でもない。まるでこの状況そのものを味わっているかのような、楽しげな笑みであったからだ。
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