アミー、外の世界を知る
オーガたちとの契約を無事終えると、視認できるようになった108番に後の事は任せて、俺たちは村を目指しダンジョンを登る。
クリスとアミー。そしてその保護者であるフードルも一緒にだ。
「大丈夫。オルガナもそう言っておったじゃろ?」
「うん……」
フードルの言葉に僅かに頷くアミー。
クリスに手を握られ共に歩みを進めながらも、不安気な表情。
「いきなりで悪いが、こういうのはさっさと終わらせた方がいい。論より証拠。習うより慣れろだ」
これから向かうのは、村の南進地区に位置する酒場サーペンタインガーデン。歌姫イレースの店だ。
当然だが、そこまで行くには地上に出る必要があり、村を横断しなければならない。
そのついで――と言ってはなんだが、アミーにも村の雰囲気に慣れてもらう。
少々強引ではあるのだが、次の機会にと先延ばしにしていては、いつまで経っても地上になんて出られない。そんな雰囲気だったのだ。
「まぁ最初だからな。しばらくはフードルと一緒に行動すればいい。注意点があるとすれば、腹をすかしておくと得をするかもな」
「……?」
その意味がわからず、首を傾げるアミーであったが、その意味はすぐに知る事となるだろう。
長い間、薄暗いダンジョンで暮らしてきたアミーにとって、外の世界はほとんどが記憶の彼方。
仮に外に出られたとしても、真夜中以外、許されない。
人間の子供が魔族の恐ろしさを親から教わるように、アミーもまた人の恐ろしさを親から教わっているはず。
それに従い、ダンジョンの中で一生を過ごすのも一つの選択ではあるのだが、ここではそれ以外の選択肢も用意されている。
感受性の鋭い幼少期に、どれほど多くの景色や出来事に触れられるか――。今のうちにさまざまな経験を積ませてやるのも、決して悪いことではない。
アミーの両親であるベリトとアモンの教育方針はわからないが、きっと賛同してくれることだろう。
ダンジョンを抜けると、そこは市庁舎の一室。更にそこを出て長い廊下を歩いて行くと、見えてきたのはエントランスホール。
いつもは誰かしらがいるであろうそんな場所だが、人払いは済んでいる。
「待たせたな」
「問題ない。九条殿の頼みだ」
人はいないが魔獣はいる。もちろんこの時のために待機してもらっていたのだ。
「紹介しよう。青い方がワダツミ。黒い方がコクセイだ」
言葉は通じないため、敵意のない証として腹を見せる2体の魔獣。
それでもアミーから見れば、その存在感は圧倒的だろう。
そんな距離感を一瞬にして縮めることができるだろう行為が、モフモフである。
やわらかそうなワダツミのお腹を、これ見よがしに豪快に撫でる俺。すると、アミーの瞳が輝きを見せた。
「やってみるか? もふもふで気持ちがいいぞ?」
俺が大丈夫だと言っているのに、なぜかクリスを見上げ、頷くのを確認すると、ぎゅっと唇を結び震える指先をゆっくりと伸ばしていく。
その指先がちょこんと触れると、瞬時に手を引っ込め様子を窺うアミー。
だが、二度目は早かった。反抗しないと思うや否や、今度はしっかりと手のひらで撫でる。
「やわらかい……」
「だろう?」
俺の自慢の魔獣たちだ。それを褒められれば悪い気はしない。
そんなアミーを、羨ましさ丸出しで眺めていたのはクリス。
そういえばクリスも、魔獣とのスキンシップはまだだったような……。
「クリスもやってみるか?」
その言葉にハッとしたクリスは、赤くなった頬を隠すよう俯きつつも手を伸ばす。
恥ずかしさがまだ胸の奥でくすぶっているのだろう。たどたどしくはあるのだが、アミーと一緒になって魔獣を撫でている姿は、ちょっと年の離れた仲の良い姉妹のよう。
「やはりモフモフは全国共通。世界を救う日も近いな……」
「何を言っておる。さっさといくぞ。人を待たせておるんじゃろう?」
人が折角、アミーとクリスの仲睦まじい姿を見て心を和ませていたのに、フードルの一声で現実へと引き戻される。
「まぁ、そうなんだが多少の遅刻は許してくれるさ。なにせウチの優秀な書記官が個室を確保しておいてくれらたしいからな。今頃酒でも飲んでるはずさ」
それよりも問題はアミーの方。この太陽がさんさんと照り付ける日差しの中、自分の足で外に出られるのかどうか……。
さすがに市庁舎の外までは人払いできないため、当然のことのように人々が往来している。
「じゃぁ、そろそろいくか」
俺の声に、嫌でも緊張感を高めるアミー。魔獣たちを撫でる手が止まり、市庁舎の玄関から覗く外の景色にゴクリと唾を飲み込んだ。
「いけそうか?」
それに無言で頷くと、アミーはクリスへと手を伸ばす。
「……ん!」
仕方ないとでも言わんばかりの表情を見せつつも、クリスがその手を取ると、二人は外へと踏み出した。
「……わあ……」
思わず漏れた小さなつぶやき。
頬を撫でるあたたかな風と、澄み切った青空が一気に視界へと飛び込んだことだろう。
太陽の光に目を細め、何度も瞬きをしては、村の家並みや行き交う人の姿を確かめるように見渡す。
「す、すごい……本当だったんだ……」
荷馬車を操る御者。人間がいても物怖じしない獣たち。そしてそれを見守るデスナイト。
まるでそれらが当たり前のように、風景に溶け込んでいるのだ。
「どう? 言ったとおりでしょ?」
「うん」
クリスの言葉に大きく頷くアミー。その細い肩がわずかに震えたのは、人々から向けられた視線に反応したからだろう。
反射的にクリスの背へと身を寄せ、服にしがみつくようにして隠れるアミー。
長年すり込まれた人間への恐怖に抗うのは難しいのかもしれない。しかし、閉ざされた世界では育てきれなかった好奇心。見たことのない世界へ触れてみたいという純粋な想いが、それを上回ってくれるはずである。
「どれ、ここは一つ。先輩魔族のワシが先導しようじゃないか」
そう言って、先を行くフードル。その背中には、どこか頼もしげな温かみが宿り、まるで子や孫を導く、立派な祖父のそれだった。
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