クリス、アーニャの言葉を真に受ける
ダンジョンの執務室にロバートが現れると、いつになく真剣な面持ちを俺へと向ける。
「どうやら決心はついたみたいだな」
「ええ。これも全ては九条様のおかげです」
「いや、そもそもクリス以外に選択肢はなかったんだ。危険があるとわかっていながら、それを送り出したロバートも大したものだと思うぞ?」
「正直に言いますと、多少の後悔もありました。娘が村を旅立ってから、どれほどの夜を不安と共に過ごしたか……。無事でいるか、泣いていないか、誰かに傷つけられていないか――考え始めればきりがなく、眠れぬ日も少なくありませんでした」
その気持ちはよくわかる。ロバートも一人の親なのだ。サポートがあるとはいえ、この世界での一人旅は過酷。
親と一緒が当たり前の日々だった箱入り娘が、荒くれ者が多いと言われる冒険者の仲間入り。心配にならないわけがない。
「ですが、今は送り出して本当に良かったと思います。昨日、帰ってきた娘を見てすぐに気づきました。私の記憶の中にある幼さを、あっさりと過去のものにしたのです。背筋は伸び、瞳には揺るぎない意志が宿り、言葉の節々に自信すら感じられる。それを成長と言わず、なんと言いましょう」
ロバートの表情が緩み、安堵が広がる。それと同時に、込み上げる嬉しさが喉を熱くするかのように言葉は弾む。
「無事に帰ってきたこと、そして任務を果たした事を褒めてやりたかったのですが、言えば涙がこぼれそうで……。その役目は妻に取られてしまいました。ただ、今はクリスの父であることを誇りに思います」
最後は照れくさそうに笑顔を見せたロバート。
クリスを旅へと送り出したあの日の選択が、間違いではなかったのだと思ってくれたのなら、こちらとしても嬉しい限り。
「そうか。それで、当の本人は?」
「アーニャさんと一緒にフードル様のところかと」
「じゃぁ俺はそっちに行くが、バルザックとロバートはどうする?」
「結果だけ聞かせてくれ」
「私もご遠慮いたします。いきなり大人数で押しかけては、混乱させてしまうかもしれませんから」
「わかった。追って紹介するとは思うから、そのつもりでいてくれ」
執務室を出て、フードルの部屋へ。昨夜はアミーがぐっすりと眠っていたため、まだきちんとした挨拶も交わせていない。故に、これからが本当の初顔合わせだ。
クリスから話は聞いているものの、見知らぬ土地に来たばかり。まずは環境に慣れてもらうことが先決であり、その接し方には細心の注意を払うべきだろう。
フードルの部屋の前にいたのは、昨晩と同じアーニャだ。
「どうした? 中に入らないのか?」
「九条を待っててあげたんでしょ? 玉座の間に皆集まってるわよ」
「ああ、そっちね」
アーニャに連れられ玉座の間へと足を延ばすと、そこに全員が集まっていた。
フードルとクリス。その隣にはアミー。そしてそれを取り囲むのはオーガたち。
ダンジョンという暗いイメージに加え、玉座の間という堅苦しい雰囲気。
まずはそれを取っ払い、話しやすいムードにしようと軽めの挨拶から切り出した。
「みんな揃ってるみたいだな。おはよう」
すると、皆は俺を避けるように左右に割れ、レッドカーペットが開通。玉座への道が拓かれる。
オーガたちが跪き首を垂れるその様子は、まるで王様の入場を再現しているかのよう。
「え? なに? 別に座んないけど……」
その言葉に、明らかに動揺するオーガたち。その視線の先は俺の背後。アーニャである。
段取りが違うとでも言いたげな表情に、俺は大きく溜息を吐いた。
「また余計なことを吹き込んだな?」
振り返ると、アーニャは口元を押さえ、肩を震わせ吹き出すのを耐えていた。
この状況だ、何を吹き込んだのかはなんとなくわかる。
「魔王と呼ばれている自覚はあるが、魔王じゃねぇから……」
フードルもいるのだ、何故軌道修正しなかったのか……。アーニャに甘過ぎである。
そんな視線をフードルに向けると、クリスの隣にいたアミーが俺の前で跪いた。
「知っているとは思いますが、改めて……。私の名はアミー。魔具師ベリトとアモンの娘です」
「そう畏まらなくていい。ひとまずは無事でよかった」
「陛下……。この度は家族を、そして私の命までもお救いいただき、感謝の言葉もございません」
家族……というのは、恐らくオーガたちの事を言っているのだろう。だが、引っかかったのはそこじゃない。
幼い外見に似つかわしくない言葉選びは、言わされている感が否めず、誰の仕業なのかは考えるまでもなく、再度アーニャを睨みつける。
「……お前、ホントいい加減に……」
「ちがうちがう! 九条の事、魔王って呼ぶと喜ぶとは言ったけど、それだけだから!」
「それだけでも十分悪いわ! でたらめを教えるんじゃねぇ!」
過去、フードルも場を和ませる為だといきなり歌い始めたことがあったが、それもアーニャに仕込まれたんじゃなかろうか?
ふざけるなとは言わないが、せめて時と場合を考えてもらいたいものである。
アーニャのせいで話の腰が折れてしまったが、俺はアミーの手を取ると、その軽い身体を持ち上げその場に立たせた。
「顔を上げてくれ。別に必要以上に敬う必要はない。まだ――な」
「……まだ……ですか?」
「ああ。それは今後によるだろ?」
それはどういうことかという視線を向けられるも、言葉通りの意味である。
「別に深い意味はない。君たちの選択肢は二つだ。ここでこのまま暮らすのか、それとも自由を求め出て行くのか――」
それは救出とは別の話。コット村に侵攻してきたオルガナたちの受け入れは、アミーを救助するまでの一時的なものだ。
その後のことまでは、話し合っていない。
別に追い出そうとしているわけじゃない。アミーを含めたオーガたちの意見を尊重しようというだけである。
「恐らくアーニャとオルガナから、ここでのルールは聞いているだろう。それに同意、迎合できなければ出て行ってもらって構わない。ただ、半端なのはナシだ。突然戻ってこられても、その時は魔物として対処する」
村を出た数年後、やっぱり世話になりたいと戻ってこられても顔なんぞ覚えている自信がない。
そもそも村の門番を務めているデスナイトが、問答無用で敵対行動をとるはずだ。
「それ……聞く意味ある?」
「なきゃ聞いてねぇよ」
アーニャがそう言いたいのもわかるのだが、最終的な確認のようなものである。
アミーが保護を断るとは思えないが、オーガたちはそうじゃない。当初のオルガナたち同様に、人間に不信感を持つ者もいるかもしれない。
そういった者たちを、無理に引き止めたりはしないだけ。
ぶっちゃけると不穏分子に名乗り出てもらって、今のうちに排除しておこうというだけのことだ。
「返事は今すぐじゃなくていい。数日程度の猶予は……」
「いえ、その件については既に皆と話し合い、結論は出ています。――我等一同この地に残り、陛下に絶対の忠誠を……」
「まずは、その陛下っての、やめようか? アーニャのでたらめを信じちゃダメだぞ?」
「えっ? でも、クリスもそう言った方がいいって……」
「お前もかーい!」
まさかクリスまでが共犯とは……。
思わず漏れた俺のツッコミは、静まり返ったダンジョンの空気に吸い込まれるように虚しく反響した。
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