九条、コット村へと帰還する
月も雲に隠れ、スタッグ王宮は深い眠りに包まれていた。
そんな静寂を裂くように、低く唸る風切り音が夜気を震わせる。
中庭の奥、漆黒の翼を広げたファフナーが月光を背にゆっくりと身を起こし、次の瞬間、地を蹴る轟音とともに巨体が宙へと舞い上がった。
その爪に抱かれた馬車の荷台から俺とミアが顔を出すと、王城の塔から手を振っているのは女王であるリリー。
それが見えなくなるまで手を振り返すと、ファフナーはコット村へと向け、速度を上げた。
冷たい風を裂きながらやがて辿り着いたのは、俺の第二の故郷でもあるコット村。
眠る村を起こさぬよう静かに降り立つと、俺たちはオーガたちを引き連れ、108番のダンジョンへと足を踏み入れた。
「おかえりなさいマスター」
俺の目の前にふわりと音もなく現れたのは、このダンジョンの管理人。
嬉しそうに見せる笑顔の意味は、素直に俺の帰りを喜んでくれているのか、それとも仲間が増えることに期待しての事なのか……。
「アミーは?」
「はい。フードルさんの部屋に」
ゴブリンたちも寝静まっている時間帯。静かに、しかしできるだけ足早に地下におりていくと、部屋の扉の前にいたのはアーニャ。
「こりゃまたぞろぞろと……。このダンジョン、そのうち魔物に乗っ取られるんじゃない?」
久しぶりの第一声がそれである。アーニャらしいというべきか、逆に帰って来たという実感が湧く。
「そうなったら、首謀者はお前かフードルだろうな」
アーニャが俺の返事を鼻で笑い飛ばすと、壁に寄りかかっていた身体を起こし、気だるそうに手を上げる。
「おかえり、九条。後ろのオーガたちはこっちで預かるから。ここのルールを叩き込んでおかなきゃ……でしょ?」
「ああ、助かる」
オーガたちをアーニャに預け、俺はフードルの部屋へとお邪魔する。
ダンジョンの中にしては妙に整った内装。調度品は最低限で実用重視。
部屋のど真ん中に渡されたロープにかけられた洗濯物は、ここがダンジョン内であることを忘れてしまう程度には生活感に満ちていた。
「フードル。アミーの様子は……」
その声に反応するかのように、フードルは唇に人差し指を立て、静かに息を吐いた。
フードルが視線を移した先、ベッドの上で小さな寝息を立てていたのは、魔族の少女。
戦いや逃走の気配に怯える面影はなく、その顔には安らぎが宿っている。まるで張り詰めていた糸がようやく緩んだかのような柔らかな寝顔だ。
その額から突き出た角は、漆黒に染まっていた。
「満腹……と表現していいのかはわからんが、ひとまずは間に合った――ってことでいいのか?」
「ああ。もう心配はない。ここにいる限りはな。礼を言うぞ、九条」
「よしてくれ。それには、もっと相応しい奴がいるんだからな」
そんな俺の視線に気付いているのか、クリスはすやすやと寝息を立てるアミーをずっと見つめていた。
――――――――――
翌日、柔らかな陽射しが窓から差し込み、見慣れた天井を照らす。自宅のベッドで迎える朝――その心地よさに、思わず深く息を吐いた。久しぶりに、心からリラックスできた気がする。
「おにーちゃん、おはよぉ」
「ああ、おはよう」
外は雲ひとつない晴天だ。村の朝はいつも通り穏やかで、遠くから鶏の鳴き声が聞こえてくる。
だが、のんびりしている暇はない。クリスのこと、グリンガム兄弟のこと、村を離れていた間に起こった出来事などの聴取など、やることは山積み。
とはいえ、空腹では頭も回らない。
俺とミアは、うーんと伸びをしてベッドを降り、顔を洗うと、食堂へ向かってゆっくりと歩き出した。
「あっ……」
食堂には、先客がいた。俺を認識し、気まずそうにするクリスとロバート夫妻。
「おはようございます九条様。話はクリスから聞きました。それで……」
「ロバート、その話は後にしよう。今は家族水入らずの時間を過ごす方が優先だ。昨日の今日だからな。休暇にしてもいいくらいだが……」
初めてのおつかい――というには、少々過激な任務であったが、娘が長旅から帰って来たのだ。積もる話もあるだろう。
「いえ、そこまでせずとも……」
「そうか? 遠慮せずともいいんだが……。じゃぁ、また後でな」
ロバートたちが気にならないよう、わざと遠くのテーブルに腰掛ける。
香ばしいパンの香りと、湯気を立てるスープの温もり。おふくろの味……なんて言ったらレベッカは憤慨しそうだが、慣れ親しんだ味にホッと一息。
ミアとカガリ、並んで朝食をとりながら、久方ぶりの穏やかな時間を味わった。
腹を満たし、食後の一息をついたところで、ミアは椅子を引いて立ち上がる。
「じゃあ、私は組合の方に行ってくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
そう言って軽く手を振り、ミアとカガリはそのまま階段を登っていく。
一方の俺は、食器を片づけるレベッカに軽く礼を告げると、ダンジョンの執務室へ足を向けた。
「ようやく戻って来たな? 随分と大変そうだったじゃないか」
部屋の真ん中に鎮座する執務机に、上質な革張りの肘掛け椅子。それに座り、僅かに口角を上げたのはバルザックだ。
「ホントだよ……。もう遠征は勘弁願いたいね」
俺とバルザックの間に挨拶など不要。そもそも俺に何かがあればバルザックは存在できないのだから当然だ。
加えて、黒翼騎士団の3人から既に事の顛末を聞いている。
「俺が留守の間に、何か変わった事は?」
「あるにはあるが、既に解決済みだ。急ぐ必要もないだろう。先にそっちの後処理を済ませてしまった方が、効率はよかろう」
バルザックがそういうなら、そうなのだろう。
「ついでに、サーペンタインガーデンの個室を押さえておいたぞ」
そこは歌姫でもあるイレースが経営する酒場。流石は元領主のバルザック。
大船に乗った気持ちで全てを任せてはいるが、まさか会談の場の準備まで済ませているとは……。
その有能さに特別ボーナスでも出してやりたい――そんな気分ではあるのだが、バルザックは人ではなくアンデッド。
金も食事も意味をなさない彼に、報酬として与えられるものといえば……労いの言葉か、休息くらいのものだろう。
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