クリス、アミーを泣かす
クリスの思わぬ提案に、アシュラは一瞬動揺したかのように見えた。
当然その表情が変わることはないのだが、アシュラには魔剣イフリートの持ち主でもあったゲオルグの魂が込められている。
それを知らないクリスは、イフリートを借り受けようと手を伸ばす。
「……ん? アシュラ?」
クリスの手が魔剣に掛かろうとした瞬間、それを僅かに引っ込めるアシュラ。
「防衛本能? それとも何かの不具合?」
自分には絶対に逆らわないと聞いていたのに、何故か魔剣を渡そうとしないアシュラ。
引っ込められた魔剣を追いかけるクリスの手。しかし、掴もうとしては逃げ、掴もうとしては逃げを繰り返す。
それにクリスが苛立ちを覚え始めたその時だ。
「え? なに? どゆこと? 腕同士でケンカ?」
魔剣を持つ手が、他の4本の手に押さえつけられ、ようやくその動きを止めたのである。
その隙にとクリスがアシュラの手から魔剣を奪うと、アシュラは床に両膝を突き、項垂れるようにして動かなくなった。
「な、なんかごめん……。ちょっと借りるだけだから……」
そこからは早かった。アミーにも状況を説明し、魔剣を分解する許可を取る。
ベリトの工房から魔剣に関する書籍を探し、それを熟読することから始めたクリス。
魔剣は一本しかない。当然失敗は許されず、まずは構造への理解に注力した。
魔剣とは、通常の魔術体系に属さぬ独立した魔具である。
その動作原理は、一般的な魔術の源たるマナではなく、より精緻かつ限定的な力――アストラによって成り立つもの。
それは魔剣そのものが内包する変換機構により、空気中のマナを転化することで生成され、魔具に埋め込まれた魔石へと貯蔵される。
だが注意すべきは、生成されたアストラが魔具専用の閉鎖的エネルギーであるという点だ。
魔族が体内に保有するアストラは、エーテルから変換した物であるのに対し、マナから生成したアストラは似て非なる物である。
すなわち、この場合のアストラとは「魔具という器の中でのみ形を保つ魔力」であり、他者への転用や術者の魔力として利用することができない限定的なものだった。
「これじゃ、ダメ……」
魔剣を分解し、アストラへの変換機構を取り出せば、クリスでも魔具を作り出すことが可能となる。しかし、アミーの延命にはならない。
アストラの貯蔵が可能であったとしても、転用できなければ意味がないのだ。
「結局ふりだしってコト……!?」
だが、クリスは折れなかった。諦めそうになると、ある言葉を思い出す。
――錬金術とは、常に失敗の上に成り立つもの――。師匠であるガストンが口にしていた言葉だ。
成功など一度きりで良い。だが、そこへ至るまでに何百もの過程を積み重ねねばならない――。
試行錯誤こそが錬金術の本質。その教えは、今もクリスの胸の奥で生き続けている。
「まだ読んでない書籍もあるし、きっとその中に起死回生の一手があるはず……」
そして、クリスは更なる知識を吸収していったのだ。
――――――――――
翌日、ベリトの工房に籠りっきりのクリスを心配し、アミーがアシュラに抱えられ訪ねてきた。
「クリスさん?」
工房の扉が開かれると、そこにあったのは書籍の山。クリスはそれに埋もれながらも、女性とは思えない豪快なイビキをかいていた。
そんなクリスを、アミーがそっと覗き込んだ瞬間だった。
「――ッ!?」
クリスの目がカッっと開かれ、ガバっと起き上がる上半身。
どういう状況でそうなったのか、山積みの書籍が雪崩のように崩れ落ちると、アミーの両肩をがっちり掴む。
「アミー! 冥帰晶はどこ!?」
「え、あ、はい。ダンジョンハートのところに……」
それを聞くや否や、クリスは飛び起き部屋を飛び出していった。
クリスがベリトの工房に帰ってきたのは、しばらくしてから。
その手に握られていたのは、冥帰晶と大量の魔石の欠片である。
「クリスさん……一体何を……」
「ああ、コレよコレ」
ベリトの錬金台に機材を並べながらも、アミーに差し出されたのは一冊の書籍。
「冥晶変成録……?」
「そう! 冥帰晶に関するレポート!」
それはベリトが残した研究記録。冥帰晶の構想から、それが出来上がるまでの一連の過程だ。
「でも、これを量産したところで……。そもそもここにある素材だけじゃ、足りない……」
「違う違う。冥帰晶を作ったってアミーはココから出れないでしょ? だから改造するの」
「改造!?」
「そう。冥帰晶と帰還水晶のイイとこ取りをしようってワケ」
ニヤリと不敵な笑みを見せるクリス。魔剣と同様、冥帰晶の原理を理解すればその分解も容易い。
ベリトは冥帰晶を、こう説明している。
『冥帰晶は持ち主の息を宿す。息の染み入る地こそ、魂の座なれば、石はその座を指して帰す』
冥帰晶は使用者の魔力が最も安定した状態で記録されている場所を探知し、そこへ座標を固定して転移を行う魔具。
ベリトはそれを魂の帰巣本能と解釈し、帰るべき場所と定義していた。
クリスは、その座標を割り出す機能だけを帰還水晶に移植してしまおうと考えたのだ。
それは理論上可能だったが、一つだけ問題があった。
「なんて、言ってはみたけど、それをするには膨大な魔力が必要なのよね……」
転移に必要な魔力量は並ではない。冥帰晶でさえ一人分が限界。しかし、今回は数十人を一気に移動させようというのだ。
だが、クリスの構想では不可能ではなかった。
帰還水晶の座標を書き換え、ゲートによる転移とすれば、直接の転移よりは魔力量を節約できる。
「そこで必要なのが、コレってワケ」
クリスが錬金台に散りばめたのは、オーガたちから回収してきた魔石の欠片。
「魔石の欠片を加工して、魔力を貯蔵する器を作る。そこに魔剣から生成したアストラを溜めて利用しようってワケ。どう? いけそーじゃない?」
その答えは、しばらく返ってこなかった。
アミーの耳に届いたクリスの言葉が、あまりにも眩しかったのだ。
暗闇の中で、ずっと探していた光。それがいま、思いもよらぬかたちで差し込んできた。
信じられなかったのだ。あれほど諦めた“生”が、もう一度この手に戻るかもしれないという現実を――。
呼吸は浅く、震える指先を握りしめ、アミーは視線を上げた。
見えたのは、自信に満ちたクリスの顔。その瞳に映る確信が、何よりも強い光に見えたのである。
掠れた声が漏れ、涙が頬を伝って温かさに気づく。
それは、死の冷たさしか知らなかった身体に、久しく感じていなかった熱が戻ってきた瞬間でもあった。
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