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クリス、ドツボにハマる

「ここだよ」


 アミーが部屋の扉を開けると、嗅いだことのある匂いがクリスの鼻孔をくすぐった。


「へえ……ここが……」


 その香りは、ガストンがよく漂わせていた匂いに酷似していた。

 アミーの言っている事も、あながち間違いではないのかもしれないと思いながらも、クリスは珍しそうにあたりを見回す。


 その部屋はまさにイメージ通り。長きにわたり熟練の錬金術師が研究に没頭してきただろう場所だ。

 壁際には背の高い棚が並び、古びた羊皮紙の書物や、使い込まれた記録帳がぎっしりと詰め込まれている。

 机の上には大小さまざまな瓶や器具が置かれ、薬草を乾燥させたであろう独特の香りが漂っていた。

 半ば黒ずんだ薬瓶の中には澱んだ液体が眠り、また別の棚には色とりどりの粉末が並ぶ。


「綺麗に並べてあるのね」


「これを見て褒めてくれるなら、クリスさんやっぱり錬金術師の才能あると思う」


 一見すると無秩序に散らばっているようでいて、その実、すべてが錬金術によって体系立てられた秩序に従って配置されている素材群。

 クリスにそれが理解できたのは、ガストンの指導の賜物だ。


「クリスさん。そこの本を取ってもらえる?」


「え? ええ」


 アミーが指差した場所に置いてあるのは、厚めの辞典を思わせるハードカバーの書籍。

 それを本棚から抜き出すと、アミーはそれを受け取り、慣れた手付きでページをめくる。


「ここからぁ……ここまで。読んでみて。理解出来る?」


「いやいや、読めるわけないでしょ」


 差し出された本を受け取り流し読むが、当然クリスには読めない。


「やっぱ読めないって。実験図みたいな挿絵はまぁ理解できるけど、魔族の文字なんて初めて見るし……」


「じゃぁそこの鏡に映した文字は?」


「鏡って……コレ?」


 アミーが指差したテーブルの上には、何の変哲もない金属製の薄い板。

 手のひらサイズで、一見コースターのようにも見えるのだが、よく磨かれていて、覗き込むクリスの顔が鮮明に映し出されていた。

 クリスはそれを手に取ると、言われた通りその表面で本の中身を移し込む。


「え、嘘!? 読めるんだけど!?」


 書籍に書かれた不可解な符号は、金属鏡を通す事で人の世に通じる文字へと変わり、クリスの目に馴染みある言葉として映っていたのだ。


「何これ! どういう原理!? っていうか、なんでこんなに安っぽいの!? ただの金属板なんだけど!?」


 書籍を見ては金属板を見てを繰り返すクリスに、アミーはくすくすと笑顔を見せる。


「ここでお勉強すれば、クリスさんにも作れちゃうかも」


「する! って言いたいけど、今はそれどころじゃないのよね。ギャレットさんたちに採掘道具を作ってあげないと……」


 そして、クリスはベリトの遺産とも言うべき書物を読み漁った。

 年月を重ねた痕跡が積み重なるその空間は、ひとつの書斎であると同時に、知と秘術の坩堝そのもの。

 もちろん全てを読み切ることは叶わず、理解出来ないところも多々あったが、アミーのサポートもあり効率的に知識を詰め込んでいった。


 ――――――――――


「クリス、首尾の方はどうだ?」


「どうもこうも……。そっちはどう?」


「まぁ、ボチボチってところだが、効率はよろしくねぇな」


 クリスが魔具錬成を学び始めて三日。ギャレットたちは採掘作業に明け暮れていた。

 といっても満足のいく道具ではないため、その進捗は微々たるもの。最早スキルをぶっ放した方が早く掘れ、それに頼った結果、ギャレットの斧とロルフの大剣は使い物にならなくなってしまっていた。


「壊れた武器は、弁償するから……」


 もちろんクリスにそんな財力はないので、帰ってからの九条頼み。


「そりゃかまわねぇが、何がやべぇって食料があと1週間持つか持たないかってところだ」


 魔族やオーガは魔力だけでもある程度生存は可能だが、生身の人間はそうじゃない。

 クリスもそうだが、ギャレットたちが持っていた保存食にも限りがある。当然切り詰めてはいるのだが、時間制限はアミーの残り時間だけではない。


「が、がんばります……」


 そう言う以外にクリスは言葉が出なかった。皆の命が自分の双肩にかかっていると思うと焦燥感が凄まじい。

 最悪、ギャレットたちは帰還水晶で帰れるが、アミーを助けると大口を叩いた手前、やっぱり諦めて帰りますとは言い出しにくい。

 しかし、そんな状況を考えてしまうくらいには、成果という成果は出ていなかった。


 ――――――――――


 それから二日。クリスの頭はパンク寸前だった。ベリトの工房にはクリスの作った失敗作が散乱し、そして今まさに一つのゴミが生み出されると、クリスはそれを投げ捨てた。


「なんで!? 何も間違ってないはずなのにッ!」


 魔具錬成の作業は、一見すると工芸の延長。だが、その一手一手には、儀式のような神聖さを宿していた。

 まずは、魔力を宿すにふさわしい素材を選ぶ。武具や装飾品が一般的で、その材質や種類、用途や形状によって難易度が異なる。

 次に、それを削り整え、刻印を刻む。それは魔族に伝わる魔法文字。魔力の流れやすい特殊なインクで墨入れし、素材が魔力に耐えられるようにするための下地作りをする。

 そして、最も重要なのは核の準備。術者が紡ぐ呪文と魔力によって生み出された核は、封じられた魔法そのもの。

 それを器具の中心へと埋め込み、さらに魔力を注ぎ込んで核と器具を結びつけることができれば、魔道具として完成するのだ。


 クリスが試しているのは、最も安易な魔道具。小型のアクセサリーに魔法の効果を付与した物で、単純に強度が増すというもの。

 実際、それは難しい作業ではなかった。強力な魔法効果を持たせるわけでもないため魔石は必要とせず、錬金術の基礎を学んでいれば、その応用でどうにかなってしまうもの。

 更に言うなら、ベリトが残した専門書に加えて、アミーのサポートもある――にもかかわらず、精錬の最終段階、結合がどうしても上手くいかず、時間だけが過ぎていった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


よろしければ、ブックマーク。それと下にある☆☆☆☆☆から作品への応援または評価をいただければ嬉しいです。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。

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