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クリス、失言する(二度目)

 崩落の轟音が嘘のように止み、再び静寂が戻ったダンジョン。だが、その静けさは安堵を与えるものではなく、逆に不気味さを際立たせていた。

 オーガたちはクリスとアシュラを伴い、崩れ落ちたであろう階層の現状を確かめるため、慎重に階層をのぼっていく。

 もし出口が完全に塞がれていれば、脱出には相当な時間を要するだろう。

 アミーを必ず連れ帰ると口にしたクリスにとって、この状況は最悪の展開。つい先ほどの決意がいきなりの頓挫となれば、不安に胸を締め付けられるのも当然だ。


(アシュラが穴掘り、得意だといいんだけど……)


 そんなことを考えながらも、クリスたちが地下22層へ足を踏み入れようとした、その時だ。

 遠くから、規則性を欠いた激しい金属の衝突音が響き渡り、血と鉄の匂いが迫ってくる。


「――ッ!?」


 思わず一行は足を止め、場の空気が張り詰めた。

 侵入者の存在を認識したドズルは、素早く腕を伸ばし、クリスの体を引き寄せる。そして冷たい鋼の切っ先を、クリスの喉元に突きつけた。


 胸が高鳴り、ただ近づいて来る音を待つ。

 場所は、20畳ほどの広さをもつ石造りの広間。天井は低く、壁に並ぶ苔むした岩肌からは水滴がぽたり、ぽたりと落ちている。

 燭台は最低限で、辺りは薄闇に沈んでいた。ただ冷たい空気だけが静かに漂う。


 一際大きな金属音が鳴り響いた瞬間、それは現れた。

 予想通りの3人組。ギャレット、ロルフ、ブルーノのグリンガム兄弟だ。


「動くな! この娘がどうなってもいいのかッ!」


 ドズルが声を張り上げ、目立つようにとクリスの前に松明をかざす。


「た、助け……」


 クリスもそれに乗っかり、悲壮感を漂わせようと迫真の演技を披露するも、事態はそう簡単ではなかった。


「……は?」


 クリスたちの前に現れたのは、グリンガム兄弟だけではなかったのだ。

 その後方から、武器を片手にぞろぞろと出てくる黒ずくめの集団。そんな彼等も、状況を理解出来ず立ち止まる。

 オーガが人間を人質に捕り、その首には魔石の欠片。グリンガム兄弟は前後を敵に挟まれ、黒ずくめたちはオーガの出方を窺うように息を潜める。

 時が止まったようでいて、心の奥底では焦燥が渦を巻く。どの勢力も、様子見が一番の最適解だと理解した。


(グリンガム兄弟だけじゃない!? あいつら何者!? 入口で待機してた先発隊は!?)


 少なくともクリスたちにとって、それが味方でない事は確か。

 三者が互いに睨み合い、膠着した均衡の中で誰も一歩を踏み出せない。張り詰めた空気だけが漂い、虚しく時だけが流れ去る。


 人質という立場上、あからさまな交渉は不可能。そんなクリスの思考を読んでか、痺れを切らして声を出したのはオーガのドズル。


「貴様等、何者だ!?」


 グリンガム兄弟が迫っているのは、クリスを通して知っている。ならば、それが誰に対しての質問なのかは言わずともわかるだろう。

 しかし、それに返事は返ってこない。ダンマリを決め込み、様子見の構えを崩さない黒ずくめたち。

 それに活路を見出したのは、ギャレットだ。クリスを殺さず、人質として扱っているのなら、交渉の余地ありと踏んだ。


「オーガさんたちよ。先にコイツ等を始末しちまうんで、ちぃとばかし待っててくんねぇか?」


 その返答がなんであれ、黒ずくめたちの状況が好転することはないに等しい。

 それならばとオーガ側の返答を待たず、隙を見せたギャレット目掛け黒ずくめたちが飛び掛かる。


「――危ないッ!」


 思わず口をついて出たクリスの叫びは、条件反射に過ぎなかった。だが、その声に応じるかのように動いたのはアシュラ。

 一歩の踏み込みさえ見せず、風を切るように宙を舞う。次の瞬間にはギャレットの頭上を越え、黒ずくめの男の背へと刃が閃き、鋭い一閃が敵を薙ぎ払っていた。


「――ッ!?」


 そんな一瞬の出来事に、注意が逸れた黒ずくめたち。ギャレットがそれを見逃すはずもない。


「”エグゼキューション・トマホークッ!”」


 ギャレットの咆哮と同時に、一本の斧が唸りを上げて飛んでいく。

 黒ずくめたちからは、アシュラの背から急に斧が飛び出してきたように見えただろう。

 それに気付いた時には、もう遅い。鉄の軌跡は一直線に胸を貫き、重々しい鈍音を響かせて深々と突き刺さる。

 その威力に身体は大きく仰け反り、同時にもう片方の斧を横に薙いだギャレットは、二人同時に斬り伏せた。


「怯むなッ! 数で押せッ!」


 黒ずくめの一人が声を上げ士気を上げるも、今となってはそれも雀の涙ほど。

 30人近い集団だった彼等も、崩落の影響によりその半数が失われ、グリンガム兄弟に加えてアシュラまでもが敵にまわれば、頭数の多さなど、もはや意味を成さなかった。


「ようやく口を開いたな? くそったれどもがッ!」


 どちらが敵なのかをはっきりと認識し、ロルフは大剣を振り上げる。

 踏み込みと同時に振り下ろされた刃は、流麗でありながら苛烈。一撃ごとに大地を震わせ、防戦一方の黒ずくめの剣は、火花を散らす間もなく押し潰された。

 後方からはブルーノの矢が鋭く飛び、仲間をかばおうと間合いを詰めた敵の喉元を正確に射抜いていく。

 その正確無比な矢雨が、黒ずくめたちの動きを確実に削ぎ落としていた。


 そんな混戦模様の戦場で、アシュラは影のように動き、敵を次々屠っていく。

 視界から消えたかと思えば、次に現れた時には背後。6本の腕がそれぞれの命を奪っていく様は、鬼神と呼ぶにふさわしい。


「こんなところでぇぇッ!」


 黒ずくめたちの状況は、圧倒的な不利。退路もなく、やれることはただ一つ。

 仲間が次々と倒れていく中、頭領だろう男が叫び声を上げると、残された者たちは焦燥に駆られ無謀にも一斉に突撃する。


 そこから先は、一方的な消化試合とでも言うべきものだった。

 アシュラへと同時に飛び掛かる黒ずくめたちは、複数の腕に成す術もなく斬り伏せられ、グリンガム兄弟のやる事と言ったら残飯処理のような後始末。


 やがて、最後の黒ずくめがロルフの剣に斬り伏せられると、広場は再びの静寂を取り戻した。


 薄暗い広間には、荒い息遣いと血の匂いだけが漂い、見ている事しか出来なかったオーガたちは、その光景に言葉をなくす。

 倒れ伏した黒ずくめたちの骸を見下ろしながら、ギャレットはゆっくりと斧を肩に担ぎ直した。


「……終わったな」


 死闘を制したはずの場には、安堵と同時に言葉にしがたい影が漂っていた。

 勝利は確かに掴んだはずなのに、これからの事を考えると、手放しで喜べる状況でないのは明らかだった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


よろしければ、ブックマーク。それと下にある☆☆☆☆☆から作品への応援または評価をいただければ嬉しいです。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。

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