クリス、失言するもギリセーフ
ギャレットの咳払いで、周囲の空気が元へと戻り、騒がしい食堂がよみがえる。
クリスは、アシュラの制御を司るだろう水晶を無造作にテーブルに置くと、何事もなかったかのように食事を再開した。
「なぁ、新人さんよ。今更だが、そんな大事なこと、こんな場所で喋っちまってよかったのか?」
「私の名前は、クリス。一応は模擬戦に勝ったんだし? その新人って呼ぶのは止めてもらおうかな」
歳の差は20はあるだろう。そんな筋骨隆々のおっさん相手に、生意気だと思われるかもしれないが、冒険者の世界では、プレートが全て。
それを、模擬戦という場でひっくり返して見せたクリスには、その権利がある。
「ああ、わかったよ。で、クリスはその種明かしをしちまっても良かったのかい?」
ギャレットがチラリと一瞥したのは、クリスの隣に鎮座しているショルダーベルトの付いた木箱。その中には、膝を折ったアシュラがすっぽりと収納されている。
「何を心配しているのか知らないけど、たぶん平気。私の師匠を敵に回そうって人は、この街にはいないと思うから」
「そりゃぁ、そうだがよぅ……」
トゥームレイズの冒険者の間では、知らぬ者はいないと言えるほど、ガストンの名は轟いている。
ギャレットも、アシュラと手合わせをしたことにより、その存在感を直に感じてはいたのだが、アシュラを操るのはクリス自身。
アシュラが操作型であるのなら、その手綱を握る者こそが弱点。そもそも、クリスがアシュラより強いなら、ゴーレムに頼った戦闘などするはずがない。
「もちろん、それを明かしたのは、師匠の後ろ盾があるからってだけじゃない。ギャレットさんも同じキャラバンに参加するなら、これからは仲間ってことでしょ?」
「……クリス……おめぇ……」
思いもよらないクリスの言葉に、ギャレットは瞳の奥にじんわりと涙が集まってくるのを感じた。
それは、冒険者として100点満点の答え。
同じパーティメンバーでも、手の内は隠すという者も多い中、敢えて弱点を晒したクリス。それは信頼の証と言っても過言ではないだろう。
ギャレットは、涙が流れそうになるのをグッと堪え、決意する。
「いや、だからこそ、クリスには言っておきゃなきゃならねぇことがある」
「何? アシュラの量産化の話は、本筋じゃないの?」
「ああ。……だが、ここじゃダメだ。そうだな……俺達が世話になってる宿ってのはどうだ?」
それにクリスは目を細め、ストレートに訝しむ。冒険者として信用すると言った途端に、すぐコレだ。
そもそも、ここへ呼び出したのはギャレットで、クリスには場所を変える意味が解らなかった。
「あぁ、いや、疚しい事は決して考えてねぇ。人目の付かない所だったら、どこだって構わん」
急な早口で慌てた様子のギャレットに、間髪入れずツッコんだのは三男のブルーノ。
「アニキ……。それじゃ、大して変わってねぇよ……」
呆れた様子で、肩をすくめるブルーノだったが、次の瞬間、その首に掛けられていたプレートを外し、クリスの前に置いたのだ。
その意図に気付いたギャレットと次男のロルフも同じようにプレートをテーブルに置く。
「話が終わるまで、それはクリスが預かってくれていい」
それは、ギャレットたちの熱意の表れだろう。プレートを預けるという事は、手の内を明かす事と同義。
彼等の表情には、一切の迷いがなかった。その真剣な眼差しには、流石のクリスも折れる結果に。
「はぁ、わかった。そこまでするなら信用するけど、ちょっとでもおかしな真似をしたら、アシュラが黙ってないからね?」
テーブルに置かれた3枚のプレートを、クリスはそれぞれに突っ返し、食事も早々に席を立った。
――――――――――
「ここだ」
クリスが案内されたのは、ギルドからそう遠くない宿。その外観は、そんじょそこらの安宿とは訳が違う。
黙して客を迎える主人の立ち姿は落ち着いていて、料金表などは掲げられていない。つまり、値段を気にするような者は、最初から相手にしていない宿なのだ。
ここに泊まれるのは、旅慣れた者か、確かな金と名を持つ者だけ。初心者の冒険者が踏み入れてよい場所ではないことは、流石のクリスでも理解出来た。
「ここなら、邪魔も入らないな」
自分達の部屋だという4人部屋は、決して広くはない。だが、室内には無駄な物がひとつもなく、必要なものだけが落ち着いた配置で揃えられていて、清潔感すら覚えるほど。
冒険者の男性が、同じ部屋で寝泊まりしているのだ。もっと雑然としていて、粗野な暮らしを想像していたクリスだったが、そんな先入観は見事に裏切られた。
「へ、へぇ。意外と綺麗にしてるのね」
ギャレットに着席を促されると、クリスはアシュラの箱をゆっくり下ろし、その上に座る。
別に怪しんでいるわけじゃない。テーブルはあったが、椅子が3つしかなかったのだ。
そんなクリスなりの配慮に、何かを言いかけたギャレットだったが、時間が惜しいと感じたのか、何も言わずに皆が席に着いた。
「手短に話そう。俺達が参加するキャラバンには、ある悪い噂が流れててな……。クリスが、それを知ったうえで参加表明したのかを聞きたかったんだ」
「噂? どんな?」
その反応だけで、知らずに参加しようとしている事は、明らか。
ギャレットは、残念そうに溜息をついた。
「俺達が掃討しようとしているオーガたちの裏に、魔族が潜んでるって話だ。……悪いこたぁ言わねぇ。今回ばかりは参加を見送った方がいい……」
いくらアシュラが強かろうとも、万が一はある。それは誰にでも言える事だが、クリス自身が戦闘能力を有していないなら、その確率は跳ね上がる。
ギャレットは、クリスをのけ者にしようとしている訳ではない。魔族といえば、熟練の冒険者でさえ躊躇うほどの相手。
それを知ってでも、クリスに参加の意思があるのか……。覚悟を知りたかったのだ。
「諦めるのも勇気だ。将来有望な新人を、失う訳にはいかねぇだろ?」
ギャレットが、この話を食堂でしなかったのは、クリスに恥をかかせない為だ。
アシュラという戦力があるにも拘らず、周囲の期待を裏切った。クリスが魔族に怖気づき、参加を諦め逃げたとなれば、それを嘲笑する者が現れてもおかしくない。
その重圧に耐えきれず、冒険者人生をリタイヤする者も少なくないのだ。
人目がなければ、冷静な判断が下せるはず……。そう思っていたギャレットだったが、クリスから返ってきた答えは、予想外の物だった。
「キャラバンの募集に魔族の表記がなかったから、別の依頼かもしれないって心配してたんだけど、合ってるみたいでホッとしたわ」
当初、キャラバンの募集案件には、オーガの討伐とは別に魔族の生け捕りも必須条件として記載されていたのだが、参加者の集まりが悪すぎるとの事で、その表記は消されていた。
「……なに? 魔族のこと……知ってたのか?」
「もちろんよ。だって、私の目的はその魔族だもの」
「――ッ!?」
その言葉に、衝撃を受けたグリンガム兄弟ではあったが、それは逆に腑に落ちた。
ガストンから譲り受けたであろうアシュラの性能を鑑みれば、魔族を相手にすることを想定していると言われても、なんら不思議ではないからだ。
「そうか……。それだけの覚悟があるなら、もう何も言うまい……」
初心者が、魔族を相手に一歩も引かないと言うのだ。理由はそれだけで十分だった。
口を噤み、干渉せず、詮索をしない。それが、冒険者の暗黙の掟なのだから。
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