クリス、影より薄い影になる
ギルドの地下訓練場。その闘技台で、凛と佇んでいるのはクリスのゴーレム。
重厚さよりもしなやかさを感じさせるその姿は、鋼鉄で出来ているとは思えないほどの身軽さを見せた。
三つの顔と六本の腕を持ち、すらりと伸びた体躯は、一般に想像される無骨なゴーレムの印象とは全くの別物。
一般に、ゴーレムとは“命じられたことを忠実にこなすだけ”の存在である。感情も判断力も持たず、愚鈍で、命令がなければ棒立ちのまま。
だからこそ、彼らが求められる場面は決まっている。
所謂単純な力仕事、あるいは魔物の前に立ちはだかる肉の盾──。それ以上を望む者など、まずいない。
だが、その常識を覆す存在が、今まさに目の前で動いていた。クリスのゴーレムは、明らかな異質なのだ。
無駄のない肢体は、錬金術師たちが目指すホムンクルスを意識したような造形。布を撒いただけにも見える衣装も、ゴーレムに服を着せるという概念がない者達から見れば、異常以外の何物でもない。
端的に言うなら、情報量が多すぎたのだ。
あまりの衝撃に言葉を失っていた者たちも、やがて少しずつ表情を取り戻す。
凍りついていた空気がゆっくりと溶け出し、ざわめきが再び広がり始めた。
「なんだアレ……。ゴーレムにしちゃぁひょろ過ぎるが……」
「初めて見るタイプだ……。あの腕……全部動くのか……?」
「おいおい、こりゃぁ、ひょっとしてひょっとするんじゃねぇか?」
何もせず、ただ無言で立っているだけの姿からは、荒々しさよりも研ぎ澄まされた静けさが伝わってくる。
「ガストンのゴーレム……。顔にへんな落書きをしているのは知っていたが、これがその進化系と言われれば、多少の面影も……」
「これが人造魔導機構学の……いや、ゴーレムの未来なのか……」
ガストンの弟子の噂を聞きつけ、やってきていた他の錬金術師たちからも、その完成度の高さに感嘆の声が漏れるほど。
誰もが、そのゴーレムから目を離せなかった。真の強者が持つ気配を感じる者は尚更で、グリンガム兄弟の末弟も、その一人だ。
「アニキ……。あれはやべぇ……」
ブルーノは、ゴールドプレートの狩人だ。当然トラッキングのスキルを持っている。
それは冒険者の生命線。魔物の強さを可視化する正確な指標と言っても過言ではない。
「雰囲気で、なんとなくはわかるよ……。クソッ……最近、本当にツイてねぇ……」
胸を張りふんぞり返るクリスの隣に佇むアシュラを睨みつけながらも、ギャレットは大きな舌打ちをした。
「それでは、ギャレット対クリスの模擬戦を始めます。デスマッチを希望との事で、その結果にギルドは責任は負いませんが……。両者ともそれで構いませんね?」
それには、真剣な表情で頷くクリスとギャレット。
闘技台に並び立つ2人と1体。ギルドの職員の審判を挟み、ギャレットは既に間合いの読み合いを始めていた。
模擬戦でデスマッチという異例のルール。しかし、ギルドとしても死者が出る事は望まないとの事で、武器の使用に制限が設けられることに。
アシュラが持っているのは、6本の木刀。一方のギャレットは、木刀に代わる片手斧がないとのことで、普段から使っている斧にビットカバー、革製保護具を被せることで模擬戦の実施を許可された。
「頑張れ! 新人ッ!」
「ギャレット! 年季の違いを見せつけてやれッ!」
騒がしい観衆の応援は、どちらも半々といったところ。
「……始めッ!」
ギルド職員の合図と共に上がった歓声は空気を裂き、己のプライドを賭けた模擬戦の火蓋が切られた。
「先手必勝ッ!」
先に動いたのは、ギャレット。上半身を前のめりに闘技台を蹴り、アシュラへと向かって駆け出した。
膝を折り、右手の斧を地面すれすれに滑らせると、そのまま弧を描き掬い上げるよう振り抜く。
「”地裂断ッ”」
鈍く唸りながらも地面を抉る片手斧。その威力は、ビットカバーなどあってないようなものだ。
刃は地を削るようにして滑り、蓄えた力と反動が重なり一気にそれを跳ね上げる。
その軌道は低く、まるで大地ごと敵を両断せんとするかのよう。
振り上げられた斧の直後、砕けた闘技台の木片が勢いよく舞い上がり、相手の視界を覆う。
切りつけと同時に視界を奪い、反撃の隙を与えない。荒々しさと理詰めが同居した、実戦の中で磨かれた斧術――。
それがギャレットのスキル、地裂断だ。
狙いはアシュラの下半身。その身軽さを封じる事が出来れば、それが勝利への近道――と、なるはずなのだが……。
無数の木片に紛れて迫りくる斧撃。アシュラはそれを、2本の木刀で難なく弾き、余った腕で反撃へと移る。
「くッ!」
体勢を崩したと言っても、ギャレットはゴールド。迫りくる木刀の連撃を数発の被弾で抑えながらも、アシュラを蹴飛ばし後方へと距離を取る。
「やるじゃねぇか! まさか地裂断が、無傷で防がれるとはな」
そんな一瞬の攻防に、観衆は沸き立ち、胸を躍らせる。
「なんだよ。ギャレットの奴、真面目か? ゴーレムの相手なんかしてないで、新人を狙った方が早ぇだろうに……」
一人の冒険者が、外野からそう呟くと、周囲の者達もギャレットの行動には首を傾げた。
弱者から淘汰されていくのは、世の常だ。それは戦闘においても同様。冒険者の間でも共通認識のはずなのだが、ギャレットがそうしなかったのは、オーガに対抗できるほどの実力がクリスのゴーレムにあるのかを見極めるのが半分、ただの好奇心というのが半分だった。
もちろん、それが全てではなく、生意気な新人に人生の厳しさを教えてやろうとも考えていたのだが、このままではそれも一筋縄ではいかなそうだという気配を、嫌という程感じ取っていた。
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