クリス、ガストンに救われる
「おじさん。その依頼書、早く返してくれる? こっちも暇じゃないんだけど」
腰に手を当て、目の前の男を睨みつけるクリス。
ゴールドプレートの冒険者の男は、そんなクリスに冷ややかな視線を向ける。
「この依頼は、諦めな。お前みたいなヒヨッコに参加されちゃ、迷惑なんだよ」
「アンタには関係ないでしょ!?」
「大アリだよ。俺達だって、これにエントリーしてるんだからな」
「あぁ、そういうこと? じゃぁ、アンタらがキャンセルすればいいじゃない。それとも、初心者に見せ場を取られるのが怖いの?」
その言葉には、誰もが激昂するだろうと思ったが、男はただ残念そうに溜息をついただけ。
「そこまで言うなら、そこの職員に聞いてみろよ。やめとけって言われるのがオチだぜ?」
急に指差され、身構えてしまったギルド職員の女性。
クリスは冒険者の男から依頼書をふんだくると、ズカズカと大股で歩き、それをカウンターに叩きつけた。
「このキャラバンに、参加させてほしいんだけど!?」
初心者相手に気圧されるギルド職員というのも珍しいが、クリスの様子は、それだけ鬼気迫っていたのだ。
「え、ええと……。確かに参加申請は可能ですが、あまりオススメは出来なくて……」
「私は、あんたの個人的な意見は聞いてないんだけど!? ランクに制限がないんだったら、依頼主は初心者でも構わないと思ってるってことよね!?」
「そ、そこまでは分かりかねますぅ」
カウンターを乗り越えてしまうんじゃないかと思うほどに、身を乗り出すクリスに対し、受付嬢はオロオロと慌てるばかり。
声は震え、視線は泳ぐ。助けを求めるよう周囲にチラチラと視線を飛ばすと、それに応えたのは管理職だろう年配の女性職員。
奥から出て来て、恭しくクリスの前で頭を下げる。
「我々も、冒険者の皆さまの安全を最優先に考えておりますため、あくまでその一環としての助言でございます。ご不快に思われたようでしたら、大変申し訳ございませんが、何卒ご理解いただければ幸いです」
そうは言われても、クリスとしては引き下がれない。
ムスッとした表情は、どう考えても納得しておらず、それには年配の女性職員も頭を抱える。
「そうですね……。何らかのご実績や、実務経験等がございます場合には、この限りではございませんが……」
冒険者として役に立ちそうな経験。一般的なのは、他職からの転向だろう。
ガテン系なら、体力には目を見張るものがあるだろうし、両親から剣や魔法を教わっているなら、期待の新人。魔法学院や武術の道場出身なら、即戦力として重宝されるだろう。
しかし、今のクリスに、それに準ずる何かがあるかと問われると……。
「い、いちおう錬金術師としての知識はあるわ。あと最近は筋トレも……。ほら、このリュックなんて重りが入ってて……」
それが付け焼刃であることはクリス自身も理解しているが、周囲の反応は冷めたもの。
(マズい……。このままだと……)
無理矢理にでも参加表明は出来るだろう。しかし、揉めれば揉めるほどクリスの印象は悪くなる。
このキャラバンの依頼主は、スタッグギルドの関係者。故に、ギルドからの評判は依頼主にダイレクトに伝わる。最悪、不採用にもなりかねない。
(だからって、今更出直したところで……)
どうにか挽回をと思考を巡らせるも、敗色は濃厚。
万事休すかとクリスが項垂れ、諦めかけたその時だ。
「いらっしゃいませ!」
ギルド内に響く、給仕の声。
その声に振り返ると、扉の前できょろきょろと辺りを見回すハイエルフの御老体がひとり。
「が、ガストン師匠!?」
まさかの出来事に思わず声が出てしまったクリス。
そこに立っていたのは、フェルヴェフルールの国家錬金術師ガストンだ。
「なに!? ガストンだと!?」
その来訪に驚いたのはクリスだけではない。ギルド側にいる殆どの者が目を見開くほどだ。
「人造魔導機構学の権威が、何故ここに……」
「冒険者は、引退したんじゃなかったのか……?」
「いや、待て。あの新人、師匠と言わなかったか?」
ギルド内に様々な憶測が飛び交うも、ガストンがクリスを見つけると、堂々と闊歩し、満面の笑みでその肩を叩く。
「どうだ? 冒険者にはなれたか?」
「あ、はい。……ですが師匠は、何故ここに?」
「そりゃぁ、吾輩の一番弟子だぞ? 結果が気になるのも当然だろう?」
「い、一番弟子ぃぃ!?」
冒険者達が驚くのも、無理はない。若かりし頃のガストンは冒険者として活躍していた為、こちらの大陸では、そこそこ名が知られているのだ。
それは、今なお健在だ。錬金術師としての功績はもちろん、冒険者から国仕えという異例の昇進も、それを後押ししていた。
同じ冒険者でプラチナのイーミアルが、ガストンをスカウトしたことにより、冒険者は廃業。その後は、国家専属の錬金術師として、その名を轟かせていた。
「弟子の門出を祝ってやりたいところだが、あまり時間はなくてな。こんなところで悪いが、最後に飯でも奢ってやろう」
「え? ええ……それは、まぁ……嬉しいのですが……」
「ん、どうした? なにか予定でもあるのか?」
予定は特にないのだが、つい先程まで、クリスの夢が叶うかどうかの瀬戸際。今まさに難事の真っただ中なのだが……。
「……いえ。是非ご一緒させてください」
ガストンの申し出を断る選択肢もあったが、キャラバンへの参加表明は、別に食事の後でも構わないと、クリスは気持ちを切り替える。
「そうこなくてはな。だが、無理なら断ってくれても構わんぞ?」
「いえ、これが最後かもしれないんで、師匠の顔を立てておこうかと……」
クリスは、皮肉交じりの軽口を返しながら、ガストンへと微笑んだ。
師弟関係というには、短い付き合い。もう会う事もないだろうと船上で別れ、数日でまさかの再会となってしまったが、気にかけて様子を見に来てくれたのだ。
たったそれだけの事だが、そんなガストンの優しさに、クリスは胸の奥で微かな嬉しさを覚えていた。
それは、先程までの胸の内のモヤモヤが吹き飛び、心に大きな余裕が生まれるほど。
クリスとガストンが食堂のテーブルに着くも、ギルドの喧騒は、暫く経っても戻らない。
誰もが手を止め、言葉を忘れ、人々の視線はちらちらと二人の席へと向けられ続ける。
箸を進めながら冗談を飛ばすクリスに、ガストンが肩を震わせて笑う。
その光景は、師と弟子というよりも、仲の良い祖父と孫のようにも見えていた。
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