試験稼働
「どうだ? 強そうだろ」
「そうかな? なんか華奢だし、どちらかっていうと気味の悪さの方が勝ってるわね……」
リビングアーマーやゴーレムとして見るなら、たしかに細身ではある。
逆にその体型が、リビングアーマーには紐づかない結果だとも思うのだが、個人的にはイメージ通り。
流石は手先の器用なドワーフ。いや、バルガスのだからこその再現性だろう。
「顔が3つで腕が6本なのに、なんで足は2本なの?」
「なんでって言われてもな……。そういうもんだとしか……」
「え? 九条の世界では、こんな人が現実に存在するの!?」
「いやいや、存在はしているが生き物って訳じゃない。架空――っていうと語弊があるが、わかりやすく言うなら神様の像だな。阿修羅って言って、守護神として祀られているんだ」
俺がバルガスに依頼した鎧。それは俺の世界で言うところの、阿修羅像に似せた物。
納期の問題もあり、瓜二つとは言い難い出来だが、特徴はしっかり捉えられている。
かつては天界に逆らい、戦いに明け暮れた闘神でありながらも、今は仏法に帰依した守護の存在。
怒りと哀しみ、若さと静けさ、迷いと決意。三面に宿るそれぞれの表情は、人の心の深淵を映し出す鏡といっても過言ではない。
「じゃぁ、この子の名前はアシュラ?」
「特に決めてはなかったが、その方が明快ではあるな」
神様に対し恐れ多くはあるが、誰が聞いているかもわからない街中で、ゴーレムもどきと呼び続けるのも問題である。
加えて、ネーミングセンスにも自信がないので、手っ取り早くシャーリー案を採用とする。
アシュラを起こし、天衣を着せる。神仏などが身に纏う、肩や腕にかける装飾的な布のことだ。
ひらひらと風に揺らめくそれが、見る者の視線を奪い、ゴーレムらしからぬ違和感を隠してくれるだろう。
そんなアシュラを、眉間にシワを寄せながらも食い入るように見つめるシャーリー。
「うーん」
「どうした?」
「この顔……。なんか、見覚えがあるのよねぇ」
「そりゃそうだろ。モデルは、ウチの闘神たちだからな」
「あぁ、そういうこと……」
アシュラの顔にモデルがいると言っても、やはりそれは本人とは似つかない。
だが、それでいいのだ。逆に似せすぎると、バレる可能性もある。とはいえそれに気が付くとは、流石はシャーリー。冒険者をクビになっても、その観察力は衰えてはいない様子。
「……でも、そんな事できるの?」
「まぁ、ぶっつけ本番になっちまうが、似たような前例があるんだ。恐らくは出来る」
「前例?」
「トラちゃんだよ」
「……それ、前例って言えるの?」
半開きの瞳から向けられたのは、疑いと呆れが入り混じる視線。
まるで汚れた窓越しに見るような眼差しだが、それも最早見慣れたもの。あッと言わせてやろうではないか。
「どちらにしろ、試運転は必要だろ? 丁度いい対戦相手もいるしな」
俺がトンネルの奥に視線を送ると、シャーリーは諦めたかのように溜息をついた。
――――――――――
安全地帯を示す境界線を越え、トンネルを抜けると、ワダツミとコクセイは松明を咥え走り出す。
地下都市に設置されている篝火を巡り、次々灯りをともしていくと、黒く沈んでいた街中がゆるやかに色を取り戻し始めた。
石畳が橙に照らされ、壁の影がのび、巨大な木の根が浮かび上がる。
「こりゃ、ひどい」
「アンタの所為でしょ……」
シャーリーのツッコミを軽くスルーし、周囲の様子に顔を歪める。
辺り一面が煤けていているのはもちろん、地面を這う巨大な世界樹の根は、もはや命を宿すものとは思えなかった。
かつては、大地を割って進むよう力強く伸びていたであろう根も今や黒ずみ、所々が膿のように崩れている。
ひび割れからは、血液のような樹液が滲み出し、触れずとも伝わる死の気配。内側は腐敗に蝕まれズタボロだろう。
「それにしても、ちょっと効きすぎじゃない?」
「まぁ、しっかり詠唱したからな」
相手は世界樹。無詠唱なんて半端は通用しないだろうと、全力を込めた結果だ。
ドワーフたちが切り落とそうとしていた場所に目を向けると、足場は崩壊。既に腐り落ちた根っこの重さに耐えきれなかったのだろう。切断の手間は省けそうだ。
「……貴様……何をした……」
突如聞こえてきたのは、ノイズが乗ったような聞き取りずらい声。
相も変わらず見下したような口調だが、それに覇気は感じられず、明らかな異常をきたしていた。
「良かった。生きてたんだな」
薄暗い中、そこに佇んでいたのはグルームワーデン。その背中に繋がっていた世界樹とのケーブルは断線していて、漏れた魔力が小さな水たまりを作っていた。
それ以外の外傷は見当たらず、一見すると健常にも見えるのだが、力なくダラリと伸びた両腕は、今にも地面に届きそうなほど。
動きもどこか緩慢で、頭を上げるだけでもやっと――という状況にも見える。
「貴様の所業は、神を愚弄するに等しい行為。今さら悔い改めたところで、何の意味がある?」
「悔い改める……? あぁ、違う違う。別に反省してるとか、そういうんじゃないから」
確かに、グルームワーデンの安否を憂慮してはいたが、別に謝罪や治療のためではない。
「貴重な対戦相手だから、死なれてちゃ困るな――って思っただけだよ」
「対戦相手……だと?」
ひらひらと天衣を靡かせ俺の隣から現れたのは、リビングアーマーとして新たな命を与えられたアシュラ。
背丈はシャーリーと同じくらい。どう考えても成人男性が着込めるサイズではなく、小柄な仏像といったところ。
6本の腕に握られた武器は、2本の短剣と2本の長剣。加えてボウガンと、遠近ともに隙の無い構成に仕上がっている。
そのうちの1本。赤い刀身の長剣は、松明のような炎に包まれ、ぼんやりと輝く青白い姿は、奇怪な見た目も相まって不気味さに拍車をかけていた。
「火は、厳禁じゃなかったの?」
「トラちゃんが好き放題したからな。もう燃やせる物もないだろ……」
弱っているとは言え、トラちゃんに勝るとも劣らないグルームワーデンが相手だ。
こちらも、ただのリビングアーマーではないが、手を抜いて勝てるとは思っていない。
逆に破壊されでもしたら、一大事である。
「どこまでも舐め腐った人間め……。その鼻っ柱を完膚なきまでに叩き潰してくれるッ!」
グルームワーデンが吼えた瞬間、その巨体の胸に1本の矢が突き刺さった。
それを放ったであろうアシュラの影は、既に俺の隣から消えていて、気付いた時にはグルームワーデンの両足に2本の短剣を突き立てていたのだ。
「――ッ!?」
グルームワーデンからすればその程度、小さな棘が刺さったようなものだろう。だが、アシュラはその短剣に足を掛け飛び上がり、空いた腕で深く刺さった矢を掴むと、更に上へと自分の身体を持ち上げる。
「なッ――」
それは一瞬だった。グルームワーデンの巨躯を登り切ったアシュラは、燃え盛る剣でそれを一閃。その首を切り落としたのだ。
そこから続く、容赦のない連撃。自らが金属だからと、天衣に炎が燃え移っているのも顧みず、時とともに激しさを増していく炎舞は、目にも留まらぬ早業だ。
そして最後の一太刀が空を薙ぐと、グルームワーデンはまるで最初からただの木炭だったかのように沈黙した。
あまりに一方的な結果に、ただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかったのは、言うまでもないだろう。
「……アレさ……。もうリビングアーマーじゃなくない……」
「……そんなはずはないんだがなぁ……」
引き攣った笑みを浮かべるシャーリーに、難しい表情を崩さない俺。
魂の同調が上手くいった結果か、それとも強化魔法に魔剣までをも持たせたのがやり過ぎたのか……。
石橋を叩きすぎた感は否めないが、再生する気配のないグルームワーデンを見れば、結果は上々。
ワダツミに水をぶっかけられて水浸しになっているアシュラは実に滑稽。そのギャップには、流石の俺も苦笑を禁じ得なかった。
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