追悼
鬱蒼と生い茂る木々達には夕陽の光も敵わず、一足先に雰囲気は夜。そろそろ松明が必要だ。
炭鉱前へと辿り着いたモーガンとタイラーは愕然としていた。
そこに待機組の姿はなく、周りには大勢の人が踏み固めたであろう潰れた草木の痕跡が残されていただけだったのだ。
「だから言っただろ」
「そんな……」
「あいつ等……。勝手なことを……」
命令違反に憤り、ワナワナと打ち震えるモーガン。
「ミアとカガリはここで待っててくれ、俺は中の様子を見てくる」
「気を付けてね。おにーちゃん」
心配そうに俺を見つめるミア。その頭やさしく撫でると、心配ないと笑顔を向けた。
「九条。私も行こう」
「いや、大丈夫だ。俺に任せろ」
「いやいや、リーダーとして仲間達の危機を見過ごす訳にはいかない!」
言葉の通り仲間の為だと考えているのか、少しでも罪を軽くしようとしているのかは不明だが、俺にとっては邪魔な存在でしかない。
先行しているだろう14人よりも先に7層に到達しなければならないのだ。
リビングアーマーが倒されてしまえば、全てが水の泡である。
「死ぬかもしれないんだぞ!?」
「覚悟の上だ! 確かに私はシルバープレート。九条には敵わぬが、足手纏いになるようならその場で見捨ててもらっても構わない!」
もうここでグチグチ言ってる時点ですでに足手纏いであり、今すぐにでも見捨てたい。
しかし、怪しまれず断る理由は思いつかず、連れて行くしか道はない。その上で出来るだけ急げばいいと腹を括った。
「よし、わかった。遅れるなよ? まずは中の様子がどうなってるか教えてくれ」
言われてトラッキングスキルに意識を向けるタイラー。
「ウルフ達が……50以上……。それと……——ッ!?」
タイラーは急に眼を見開き、後退っていく。
「どうした?」
「九条! 中に凄まじい強さの魔物がいるぞ!?」
「……は?」
「いや、だからヤバイ魔物がいると言っているんだ!」
「知ってるけど……それが何か? さっき言っただろ?」
恐らくリビングアーマーの事を言っているのだろう事はわかるが、そんなにも驚愕する程だろうか?
時間がないと言っているのに、タイラーは何故か俺を見つめたまま喋らない。
仕方がないので松明を準備していると、ようやくタイラーが動き出した。
「……あっ……ああっ! きゅ……急にお腹が!! タハーッ!」
腹を抱えて身をよじるタイラー。
「どうした? 大丈夫か?」
「急に腹痛が……。昼に何か悪い物でも食べたかな……。イタタ……」
「ミア。治してやれ」
「うん、わかった」
「いや、大丈夫! 大丈夫だ! すぐに収まる! ただちょっと九条に同行するのは止めておこうかな……大事を取って……。うん、残念だが仕方ない。それがいい」
その場にいた全員が、タイラーを白い目で見ていたのは言うまでもない。
そんなバレバレな仮病であったが、俺にとっては丁度良かった。これで最速でダンジョンへと潜っていける。
「じゃぁ、行ってくる」
炭鉱を慎重に進んでいるように見せかけ、最初の角を曲がったところで、魔法書から1本の獣骨を取り出す。
「【骸骨猟犬召喚】」
俺は召喚されたデスハウンドに跨ると、炭鉱を駆け抜けた。
ケツの痛みなど気にしてはいられない。悠長に進んでいる時間などないのだ。
――――――――――
九条を見送ったモーガンは地面に膝をつき、この世の終わりとでも言いたげな表情で項垂れていた。
冒険者達のしでかしたことは、キャラバンの責任者であるモーガンの信頼を裏切る行為。
たとえ彼らがウルフを狩り、無事に戻って来たとしても叱責は免れない。
しかし、そんなことよりも重要な問題にモーガンは頭を悩ませていた。
それは九条との友好関係を築けなかったこと。もう挽回出来る要素はないと言っていい。
不法侵入。文句なしに非があるのはキャラバン側。やっていることは泥棒や盗賊と同じである。
モーガンには冒険者の生死なぞ最初からどうでもよかった。憂慮すべきところはそこではないのだ。
モーガンは常に先を見ている。プラチナプレート冒険者と商人との関係、そこに商機があった。
有り体に言えばスポンサー契約。人気のある冒険者に武器や防具、アイテムなどを提供することにより、それを宣伝してもらうのだ。
それがプラチナプレート冒険者であれば、売り上げが倍増……いや、爆増するのは間違いない。その額は、ウルフ素材の末端価格なぞ軽く凌駕するだろう。
そういう理由もあったからこそ、モーガンは潔く炭鉱を諦めたのだ。
(キャラバンは解散し、冒険者達には違約金を払えばいい。そんな端金、九条とのスポンサー契約が取れるのであれば安いものだ)
今回はプラチナプレート冒険者との面識が出来ただけでも十分な成果であった。
九条との関係を深めていけば、カーゴ商会内での自分の地位も上がる。
モーガンはそこまで考えていたのだが、最早その計画は冒険者達の暴走により諦めざるを得ない状況になってしまっていたのだ。
――――――――――
ダンジョン内は異様な雰囲気に包まれていた。冒険者達にバレないようデスハウンドをあるべき場所へと帰し、自分の足で走る。
冒険者達を見つけたら怒っているよう演技をしなくては。そしてさっさと帰れと言ってやるのだ。
不法侵入の罰として金銭を要求してもいいかもしれない。
別に金は必要ないが、精神的ダメージを与えるという意味では効果がありそうだ。
そんなことを考えながら走っていると、分かれ道のある4層のホールに何かが転がっているのが見え、何故かその周りは水浸しであった。
「長い紐に……ボール……?」
何かの仕掛けだろうか? 恐らく冒険者達の仕業だろう。
手で触るのは危険かもしれないと思い、足でチョイチョイと小突くも反応はない。
「もしかして、ゴミを捨てたのか?」
不法侵入もそうだが、人の敷地にゴミを捨てるとは……。
本気で叱ってやる必要がありそうだと決意を新たに顔を上げると、そこには108番が浮いていた。
「おわぁ!」
見慣れているとは言え、音もせず急に現れたら誰でも驚く。
「おい、前に驚かすなって言っただろ! それと許可するまで出て来るんじゃない! 一般人には見えないんだから俺が1人で話してるように見えるじゃないか! 冒険者達に見られでもしたらどうするんだ!?」
「そのことなんですが……。侵入者達は死んでしまいました……」
「……は?」
間の抜けた声だったろう。俺が108番の言う事が理解できず固まっていると、獣達がぞろぞろと下層からやって来る。
「本当なのか?」
「残念ながら……」
話を聞きながらダンジョンを進む。どうやら『ボルグ君二号』が強すぎた結果のようだ。
白狐に案内されると冒険者達の死体は5層の小部屋にまとめて安置されていた。
開いた口が塞がらないとは正にこの事。死臭が漂い、肉体から見放された魂達が部屋を彷徨っていたのである。
「あー……」
仕事柄死体は見慣れているが、さすがにこれは酷いと言わざるを得ない。
「どうしましょう?」
108番は自分が怒られると思っているのか怯えているし、コクセイは死体の隣で涎を垂らしている。
しかも、チラチラとこちらを見ては死体を見てを繰り返していた。
完全に俺の許可を待っている。野生動物から見れば御馳走なのかもしれないが、さすがにそれはちょっと……。
「はぁ……。今回は俺の落ち度だ。完全に力量を見誤った……」
「ですよね? ですよね?」
108番は自分の所為ではないと言われるや否や、嬉しそうにはしゃぐ。
……そう言われると、ちょっとイラっとするのは自分だけだろうか。
「モーガンには、全員死んだと伝えるしかないな」
さすがに全員の死体を運び出すのは無理だ。報告用にと冒険者達の死体からプレートだけを回収する。
自業自得ではあるのだが、このまま放っておくのも忍びない。
集めたプレートをまとめて地面に置くと、その手前で正座し、目を閉じて手を合わせて一礼。
そして厳かに読経を始めた。
それは間違いなく奇怪なものに見えただろう、首を傾げる獣達は不思議そうに俺を見ていた。
真剣な面持ちで経を紡ぐ。それは鎮魂の儀式である。
彷徨い続けていた魂達が、俺の周りに輪を作る。部屋中に蔓延していた邪気が払われると、そこは最早ダンジョンの一室とは思えないほどの浄化された空間へと変化した。
その差異は、この部屋だけが別の空間に転移したのかと錯覚するほどである。
20分後。経を読み終え立ち上がると、部屋の雰囲気も元のダンジョンへと戻った。
「よし。略式だがこんなもんでいいか」
腰に下げていた魔法書を広げ、集まってきた魂を収容する。
「九条殿、今のはなんだ? 魔法か?」
興味津々とばかりに寄って来たのは白狐だ。
「あー……何て言えばいいかな……。俺の故郷では亡くなった人をこうやって供養するんだ。安らかに眠るよう祈る……って感じかな」
「そうなのか……。人間とは死んだ者に対しても礼儀正しいものなのだな」
「お前達は違うのか?」
「長が死ねば悔やみもしようが、そういった儀式はしない」
死者を弔うという文化がないのだろう。獣達には獣達なりの様式があるのだ。
少々寂しさを覚えるも、それは人間の俺が口に出すことではない。
「白狐達はもう少しここで辛抱してくれ。こうなってしまえばさすがにキャラバンも続行は出来ないだろう。それを確認するまでの間だけだ」
「「了解した」」
形見となってしまったプレートの束を腰の革袋に仕舞うと、俺は急ぎダンジョンを後にした。
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