地下都市トゥームレイズ
サザンゲイア王国の王都トゥームレイズ。そこは、海風の匂いと岩の響きが交じり合う地。
「ついたぁ!」
魔導船の船首付近でカガリと共にミアが指差すその先には、トゥームレイズの巨大港。その規模はグリムロックの倍以上だ。
漁船だけではなく、多くの帆船が接岸する桟橋。遠くから見えていた監視塔が、俺達の姿を確認すると、慌ただしく動き出したのが見て取れた。
そんな港の喧騒が、風に乗って耳に届き始めた頃、見覚えのある帆船が目に入る。
港の片隅に、しれっと入港しているのはシーサーペントの海賊船。
どうやら、クリスは上手く街に潜り込めたらしい。
ファフナーが引く魔導船は、監視塔の指示に従い、一般とは別の独立した埠頭に接岸した。
豪華な帆船と軍船らしき船が並んでいる所を見るに、王侯貴族専用の埠頭なのだろう。
「エクアレイス王国、名誉騎士九条様、御到着ッ!」
港の石畳に並ぶ迎えの列。衛兵たちがドワーフ式だろう敬礼をすると、必然的に俺へと集まる視線。
注目を集める事には慣れてはいるが、別の意味で緊張はしている。
今までは冒険者だから……で許されていたことも、今回ばかりはそうじゃない。
国を背負っている……というのは些か大げさかもしれないが、失敗は許されないと考えるだけで胃が痛い……。
もちろん、仕事の一環だと割り切っているのでバックレはしないが、やはり不安は拭えないというのが、正直なところだ。
木のギシギシという音が響く中、舷梯を歩き船を降りる。
「ようこそトゥームレイズへ。心より歓迎する。我らが王の名において、汝を迎え入れよう」
そう言って握手を求めてきたのは、サザンゲイア王国で宰相を務めるロルグラム・アイアングロウ。
サザンゲイアの重要人物は、ある程度予習済み。顔写真がなく特徴でしか判断は出来ないが、恐らく間違ってはいないだろう。
ドワーフらしいドワーフで、身長は人間の半分程。広い額に深く刻まれた皺は、数多の知恵と歳月を語り、長く編み込まれた灰銀の髭は、名誉と格式の象徴のように胸元にたっぷりと垂れている。
ビジネス向けだろう笑顔を浮かべてはいるが、歳相応の重厚感がそこにはあった。
「このたびの訪問が、両国にとって実りあるものとなることを願っております」
視線を合わせるため片膝をつき、手を取り握手を交わす。
「陛下はすでに王宮にて、お越しをお待ちです。それで……ええと……案内をしたいのだが……」
ロルグラムがチラチラと視線を移す先にいたのは、遥か上空でホバリングしているファフナー。
それには、流石の俺もピンときた。
カガリやワダツミ程度なら想定の範囲内だが、ドラゴンが羽を休める場所などあるわけがなく、かといって他国の使者に帰らせろ――なんて言い出せるわけがない。
「おっと、失礼。今帰らせますので」
空気を読み、空へと向かって大声を上げる。
「おーい! もう帰っていいぞぉ!」
ファフナーが、それに応えるかのような咆哮をあたりに響かせると、そのまま空の彼方へ消えていく。
「じゃぁ、いきましょうか」
「ご、ご面倒をおかけいたします。私どもの不手際につき、黒き厄災様には一言お詫びいただけますようお願い申し上げます」
「いえ、謝罪には及びません。彼も、この場の事情を理解していますので」
恐らく俺の読みは間違ってはいないと思うのだが、ロルグラムを含めたドワーフたちの身体は、何処か強張っているようにも見えた。
俺達は用意された馬車に乗り、トゥームレイズの地下宮殿を目指す。
シャーリーとカガリ以外の従魔達、そしてガストンは魔導船にてお留守番。
馬車の車窓から、断崖の上にわずかにその姿を見せるのは、城塞都市トゥームレイズの地上部分。
外から見ればただの石と煙の塊にすぎないが、その地下に広がる光景を知る者は、皆一様に息を呑むとの話だ。
地底の都。それこそが、この街の真なる姿。地上は農業用地が大半を占め、地下が住居としっかり住み分けが出来ている。
鍛冶場はもちろんだが酒造が盛んで、蒸留所は数知れず。地下に広がる香ばしくも濃厚な蒸留酒の香りは、いるだけで酔ってしまうほど。
故に、子供の侵入を禁止している区域すら存在するらしい。
馬車が坑道に入って暫くすると、見えてきたのは地下に広がる都市である。
グリムロックとは違い、掘った坑道をそのまま住居として活用するのではなく、開けた地下空間に人の住まう建築群を整備するという都市構造をしている。
岩肌に包まれた世界である為、当然頭上に空はない。にも拘らず、その中が冬の沈みゆく夕暮れ程度の明るさを保っているのは、天井まで届く無数の柱や、天井そのものに張り巡らされた金属板によるものだろう。
雑な継ぎ接ぎのようにも見えるそれは、滑らかに磨かれ、壁に灯されたわずかな熔鉱の火を柔らかく拾い上げている。
それが空間の隅々まで反射させ、まるで天井そのものが輝いているようにも見えるのだ。
「どうです? トゥームレイズの街並みは?」
「ええ、見事だと言わざるを得ません。地下だというのに……。いや、地下だからこそ、まるで大地そのものが街を抱いているようです」
正直な感想である。エルザから聞いているのである程度の想像は出来ていたが、実際に見るのとでは、その印象は大違い。
流石は、ドワーフ。石と鉄と炎で編まれた都市は、まるで大地そのものが夢を見たかのような美しさだ。
お仕事モードである為か、ミアも言葉にはしていないが、その表情から感動しているだろうことは明らかだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマーク。それと下にある☆☆☆☆☆から作品への応援または評価をいただければ嬉しいです。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。




