異世界式マスドライバー
魔導船から伸びる金属製の鎖は、計4本。その全てが、ファフナーに結束されている。
船首の2本は尻尾の根元。船尾の2本は尻尾の先。
通常は錨として使われている物だが、走行時に船体や気球に干渉しないよう考慮した結果、ファフナーとの距離は20m程で落ち着いた。
俺が船首から合図を送ると、ファフナーがゆっくり走り出す。
弛んだ鎖がジャラジャラと激しく動き出し、それが宙に浮きあがると、激しい衝撃が魔導船を襲う。
「――ッ!?」
身体が後方に引っ張られる感覚。甲板の手すりに掴まっていても、その手が離れてしまうくらいには予想以上。
そんな、俺の身体を支えてくれたのはワダツミだ。
「ありがとう、ワダツミ……」
ワダツミを撫でながらも、リリーの方に目をやるも、俺と同じように白狐にしがみついていた。
「陛下、大丈夫ですか!?」
「ええ。なんとか……」
白狐から向けられる抗議の視線。それは、ファフナーに向けてもらいたい……。
「慎重にとは言ったんだが……」
確かに、出だしはゆっくりだった。しかし、繋いだ鎖が伸びきる頃には……。
俺の伝え方が悪かったか……。ひとまずは、衝撃で船が瓦解しなかっただけ良しとしようじゃないか。
ガストンとニールセン公には俺から。既に船室で寝ているであろうミアとカガリには、ファフナー直々に謝ってもらおう。
そんなことを考えている間にも、ファフナーはどんどん速度を上げる。
それは、被っているフードを押さえていないと脱げてしまうほどの強風だが、走行自体に大きな問題はみられない。
最初の衝撃こそ酷かったものの、心配していた揺れも思ったほどではなさそうだ。
暗闇の中を走るドラゴンと、それに引かれる魔導船……いや、最早ソリと言った方が正しいだろう。
犬ぞりならぬ竜ぞりは、暗い夜道を駆け抜ける。後方には砕氷が雪のように舞い、甲板の上で吹き荒れる冷気は凍てつくかと思うほどの体感温度。
そんな俺の隣から、ひょっこり顔を出したのはリリー。
白狐に身を寄せながらも、正面へと向ける眼差しは、寒さを感じさせないほど。
「速い……。それに、この世の物とは思えない景色ですね……」
確かに、言い得て妙である。
目の前には、激しく踊る4つの鎖。それが地面に擦れる度に辺りからは火花が散り、その先には巨大なドラゴンの後ろ姿。
漆黒の鱗を纏うその姿は、闇を裂く稲妻のごとくしなやかで、暗いながらも鍛え抜かれた筋肉が躍動している様子が窺える。
翼を畳んだまま、強靭な脚で地面を蹴り、爪を立てながら猛然と疾走する姿は、なんというか違和感が凄い。
飛んでの移動が多い所為もあるのだろうが、その背にしがみついているカイエンは、でっかい毛玉のようで笑いを誘う。
朝日が昇れば、永遠と続くドラゴンの足跡に、往来する者全てが驚くこと間違いなし。
街道がズタボロになってしまうリスクを考慮していなかったが、それは帰ってきたら考えよう。
「陛下は、寒くないんですか?」
「もちろん寒いですよ? でもこんな経験、滅多にできないじゃないですか」
そう言って、俺に笑顔を向けるリリー。
辺りが暗いからだろうか……。それは、どこか寂しげに見えた。
王女だった時とは違う。王位継承という道を、自ら選んだ。当然、自由になる時間などあってないようなものだろう。
それでもリリーは、一言の不満も口にしない。王としての責務を果たすことこそが、己の生きる道であると理解し覚悟している。
ニールセン公が俺の見送りに反対しなかったのも、その境遇に憐れみを覚えていたからなのかもしれない。
今日この瞬間が、リリー最後の我が儘だという可能性も、無きにしも非ず……。
であれば、ある意味今日は、好都合だったのかもしれない。
「ワダツミ、頼んだぞ」
「うむ。任せろ」
ワダツミが大きく頷くと、前方で踊る鎖の束を器用に伝い、ファフナーの背に飛び移る。
「九条? 一体、何を?」
「まぁ、見ていてください。きっと絶景が見られると思いますよ?」
すると、船は徐々に街道を外れ山道へ。
「ここは……」
そこは、108番ダンジョンの入口付近。アルバートが軍を駐留させた所為で、一部がハゲ山となってしまっている場所である。
おかげで、船が通れるだけの道幅があるのは僥倖だ。
そこをあっという間に通り過ぎると、緩やかな傾斜が徐々に角度を持ち始め、やがて魔導船は天へと登るかのように傾き始めた。
「九条……まさか……」
「しっかり掴まっていてくださいね」
寒さの所為か、若干青ざめている様子のリリーに微笑み返したのと同時。ファフナーが、大きく翼を広げ羽ばたいた。
「――ッ!?」
空が迫ってくる感覚。魔導船が山の頂から投げ出されるよう射出するも、それは物理の法則に反して落下せず、道なき道を突き進む。
ワダツミが大量の水を発生させ、カイエンがそれを凍らせるという合わせ技で、瞬時に出来上がる氷の道。
雲を割り、炎を映し、星々が輝く蒼穹に溶け込んでいく透明な橋。先へ先へと伸びていくその上を、魔導船は疾走する。
しかし、それも無限ではない。
山の頂という支えしかない氷の橋は、距離と共に強度を無くし、船の重量に耐えきれず悲鳴を上げる。
「ゲオルグ!」
「おうよ!」
俺の呼びかけに、威勢のいい返事が返ってくると、更に増したイフリートの火力。
氷の橋が崩壊し、魔導船が大空へと投げ出されるも、それは墜落という結果にはならなかった。
ファフナーと気球。2つの浮力を使えば飛翔も可能。
異世界式マスドライバーとでも言おうか……。助走をつけての大ジャンプ。
最初に高度を稼げれば、水平飛行は叶わずとも紙飛行機のような下降しながらの滑空であれば、イケるだろうと考えた。
実際それは功を奏し、鎖が千切れる様子もなさそうだ。
「良かった……。このままなら、夜明けまでにはコット村に着けますね」
その返事は返ってこなかった。なぜなら、リリーは眼前に広がる星空に、目を奪われていたからだ。
甲板の手すりに手を添え、ゆるやかな風を感じる。城や町の灯りも遥かに遠く、それすらも星々に見えるほど。
「きれい……」
小さく漏れた出た言葉は風に溶けて消え、派手に喜びを表すことはない。
それでも、リリーの瞳に宿った光は、紛れもなく記憶に残る思い出となったことだろう。
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