対話の扉
少々騒がしくもある村の喧騒の中、3人の強面に睨まれ、1人のオーガが弱々しく唸る。
いじめのようにも見える構図だが、それでも正直言って生易しいレベル。人質や村に、被害がなかったからいいものの、そうでなければエルザ登場の前にその命の灯火は消え去っていただろう。
「貴様の名は?」
まるで、獲物を見張る猛禽類のような鋭い目つきのフードル。
それは過去、イーミアルと対峙した時に見せたものと同じ。隣にいても感じる圧は、俺に向けられたものではないとわかっていても、居心地が悪い。
「……オルガナ……」
「では、オルガナ。ここに本物の魔王がいないという事を前提に問う。我々への謝罪及び、今回の損害分を何らかの形で支払うか。魔王に会ってどうしたかったのかを明かすか……。好きな方を選べ」
フードルの視線が俺へと移る。補足があるなら言っておけと、そういう事なのだろう。
「あー……そうだな……。賠償は金銭じゃなくとも、誠意を見せてくれればそれでいい。俺が十分だと感じた時点で解放。そこで関係はリセットさせてもらう。次に会う時は、魔物として対峙することになるだろう」
「……我々の問題を話すメリットは?」
「それが、やむを得ない理由だったのなら、謝罪も賠償も求めず即時解放を約束する。……何よりエルザの気が向けば、問題解決の為に手を貸してくれるかもしれんぞ?」
2択ではあるが、答えはほぼ決まったようなものだろう。
賠償できるだけの人間の貨幣を持っているとは思えず、仮にそれ相応の問題を抱えているとするなら、誠意という名の労働に明け暮れている暇などないはずだ。
しかし、オルガナはというと、暫くの間黙ったまま。何かを推し量っているような、そんな難しい表情だ。
「ミア。オルガナを治してやってくれ」
「はーい」
カガリからぴょこんと飛び降りたミアは、警戒もせずオルガナに近寄り両手をかざす。
「【回復術】」
そっと目を瞑るミア。その小さな手から発せられた優しい光が、まるでシオマネキかと思うほどに膨れ上がったオルガナの右腕を包み込む。
「なッ……何を……」
「見りゃわかるだろ。あの時は、怪我の痛みで正常な判断が出来なかった――なんて、後から言われても困るからな」
これで信用を得られるなら安い物。元々、解放する際には治療を施すつもりではいたのだ。
負傷したオーガたちの中には、歩けない者もいる。それが治るまで待ってやるつもりはないし、かといって馬車を与える義理もない。
治療が終わると、オルガナの腕は元通り。
なんと声を掛けようか、困惑の表情を浮かべるオルガナに対し、ミアは優しく微笑みかける。
その返事を待たずに踵を返したミアは、カガリではなく俺の膝上に飛び乗った。
そんな光景に感化されたのか、強張っていたオルガナの表情も、ついには解れる。
「はぁ……わかったよ。我々のことを少し話そう……」
大きなため息をつくオルガナに対し、俺はようやく話が進みそうだと内心、胸を撫でおろす。
「まずは、我々の非礼を詫びよう。だが、勘違いしないでほしい。賠償が嫌で謝罪をするわけじゃない。賠償の件は、我々の抱える問題が解決した後にしてもらえないだろうか」
それが何時になるのかは、抱えている問題次第……ではあるが、ひとまずはその心変わりを歓迎するべきだろう。
エルザもフードルも、それに異論はなさそうだ。
「構わない。それで、その問題というのは?」
「我等の拠点に、人間共が侵攻して来ている。まずはそれを、どうにかしたい……」
ありきたり……と言っては申し訳ないが、想定の範囲内ではあった。
それを自分達で解決できないとなれば、人間側が相当な戦力を投入しているだろう事は安易に想像できるのだが、それがやむを得ない理由かと問われると、正直言って難しい。
「それが、魔王を頼らなければならないほどの理由か? 問題を軽視するわけじゃないが、話し合うなり逃げるなりは出来ないのか?」
どちらが先に手を出したかにもよるが、仮にそれがちっぽけなプライドの為だと言うのなら、残念ながら同情にも値しない。
「恐らくだが、話し合いに応じてはくれないだろう」
「それは、甘えか? 確かに人間側から見ればお前達は魔物だが、歩み寄りもせず言い切るのは……」
「違う! 奴等は、アミーを狙っているんだ!」
逆上……とまではいかないが、興奮を覚えている様子のオルガナ。
オーガたちの事情など知った事ではないのだが、説明が下手くそなのはオーガ故か、単に俺が人選を誤っただけなのか……。
「知らねぇよ。アミーって誰だ?」
「ベリト様の……魔族の娘だ!」
魔族の生き残りが珍しいのは理解するが、だからと言って個人的には関係がない。
それが仲間なら、助けたいという気持ちもわからなくもないのだが……。
「アミーの封印が限界なんだ! 我々だけでは魔力が足りない! 魔王様のお力なら何とかして下さるだろうと噂を頼りに、ここまで来たんだ!」
その強い口ぶりから、酷い焦燥感が窺えるのだが、イマイチ要領を得ない。
そう思っていたのは俺だけではなかったようで、おもむろに立ち上がったエルザは、持っていた杖をオルガナの頭にかざす。
「【強制瞑想】」
杖の先から溢れ出る眩しい閃光。その影響か、鬼気迫るオルガナの表情が、どこか遠くを見つめる虚ろな目つきに成り果てる。
「ありゃ、少々効きすぎたか……」
エルザが、何らかの魔法を行使したと思ったら、その顔をいきなりの平手打ち。
辺りに響くバチンという軽快な衝撃音と共に、オルガナは我に返ったようだが、まるで予定調和だとでも言わんばかりの流れるような状況に、ツッコミを入れる隙も無い。
恐らくは、精神に作用する魔法のようだが、一瞬だけ見せた酩酊状態のような気の抜け具合は、控えめに言ってやりすぎだ。
「どうじゃ? 落ち着いたか? ヒートアップするのは勝手じゃが、ワシ等にもわかるよう話さんと意味がなかろう?」
「……そうだった……。すまない……」
オルガナは叩かれた頬を気にしながらも。その場で大きく深呼吸。身の上を話し始めた。
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