オーガ襲来
ミアから突如知らされた緊急事態。俺達が急ぎ地上へと戻ると、辺りはただならぬ雰囲気に包まれていた。
魔物が攻めてきたと言っても、こちらの防衛システムは完璧。村の内部まで侵入は許していないはずである。
コットオールドガーディアンズと勝手に名付けられた複数のデスナイトに加え、元ゴールドプレート冒険者が2人。更には暇な魔獣達。
それこそ大軍勢と呼べるほどの数か、プラチナの冒険者でも引っ張ってこない限り、西門の突破は難く、そこに元プラチナ冒険者の俺とバルザックに魔族のフードルが加わるのだ。
最早、相手が可哀想とさえ思えてくる布陣である。
「状況は!?」
西門に駆け寄ると、周囲は静まり返っていた。
通行止めを余儀なくされ、多くの荷車が放置されている。その持ち主だろう商人達は、恐らく避難したのだろう。
城壁の上からシャーリーが顔を覗かせると、なんとも微妙な表情を見せる。
「それが……」
外を覗くと、集まっていたのはオーガと呼ばれる亜人の一種。ギルドの魔物図鑑で存在自体は知っているが、実物を見るのは初めてだ。
人との決定的な違いは、額から突き出た小さな角。それは、魔族や竜のように骨そのものが突き出ている訳じゃなく、皮膚の下が盛り上がって出来たもの。
そう考えると少しチャーミングではあるが、その顔立ちは口から覗かせる鋭い八重歯の所為で、粗暴のようにも見える。
浅黒い肌に筋肉質な体躯。そんな者達に囲まれでもしたら、震えあがる事請け合いだが、最早その程度でビビるような俺じゃない。
「この状態になってどれくらいだ?」
「まだ30分くらいだけど……」
武闘派らしきオーガが、男女を含め6人ほど。街道を横並びで塞いでいるといった状態。戦闘行為は行われていないようだが、各々の獲物は抜かれている。
かといってデスナイトを恐れているという訳でもなく、諦めて撤退する様子もないことから、何かしらの要求があるのかもしれない。
例えば、ご飯を恵んでほしい……とか?
「彼等の要求は?」
俺がそう言った瞬間だった。まるでシャーリーの代弁をするかの如く、1人のオーガが声を上げる。
「魔王様を呼べッ!」
「えぇ……」
まさかの発言に顔を歪める。
どうやら、用事があるのは俺らしい。
「何? 知り合いなの?」
「そんなわけあるか!」
「ホントにぃ? 九条ってば、知らない内に人外の知り合い増えてるからさぁ……」
重く沈むようでいて、どこか鋭さを伴う視線を俺へと投げかけるシャーリー。
間違ってはいないので、正直ぐうの音も出ないのだが、今回ばかりはマジで初対面である。
とはいえ、お呼びであれば仕方がない。俺は城壁の上に立ち、オーガたち見下ろしながら声を張った。
「俺が、この地を預かる者だ。話を聞こう」
「貴様なんぞに興味はない! 魔王様を出せッ!」
周囲と顔を見合わせ、帰って来た返事がソレである。
恐らく、魔王がいる――という情報だけを頼りに訪ねてきたに違いない。俺の顔を知らなければ、そうなるのは道理だ。
「すまなかった。俺が九条だ。お前達の要件を言え」
「何度も言っている! 魔王様を出せ!」
まさか、名前も知らずに訪ねてきたのかと疑うも、話を聞かねば始まらない。
相手は魔物認定されているオーガだ。力尽くでどうにかしてもいいのだが、一応は平等を掲げる国の領主。平和的解決を試みる。
「俺が、その魔王なんだが……」
「人間が、魔王の訳があるか!」
「……俺もそう思う」
小さな声でボソリと呟くも、それには激しく同意する。俺の魔王は、所謂二つ名のようなものだ。本物の魔王かと言われたら、そうじゃない。
「俺だって、好きで名乗ってる訳じゃねぇんだよ!」と、昔の俺ならガチギレしていたかもしれないが、まだ慌てるような時間じゃない。
「俺に用がないなら、魔王はいない。お引き取り願おう」
「ふざけるな! 家畜風情がデカイ口を……。貴様なんぞ何時でも殺してやれるんだぞ!?」
「……そうか。……やってみろ……」
話し合いになると思ったから、穏便にしていたのだ。だが、それが交渉ではなく脅しであるなら、その限りではない。
もふもふアニマルキングダムの建国宣言時、レイヴン公を襲った者達がコイツ等だろう。
村に直接危害を加えた訳ではなく、当時は忙しかったこともあり見過ごしてきたが、歯向かうなら容赦はしない。
「ちょっと、わからせて来るわ……」
「えッ? ちょ……」
シャーリーの返事も聞かずに、10メートル近い城壁の上から飛び降りる。
普通に着地すれば骨折は免れない高さだが、俺を優しく受け止めたのはデスナイト。
そのまま地に足を付け、金剛杵をしっかり握りしめると、その感覚に懐かしさを覚えた。
それというのも、俺の処刑時、魔法書と同様にアルバートに奪われてしまっていたからだ。
リリーが王座に就き、ようやく俺の手元へと戻ってきた金剛杵。それは、サザンゲイアへと赴いた時、ドワーフ鍛冶師バルガスに作成してもらったミスリル製の武器である。
手杵のような形状で、両端の鉾が5つに分かれている事から、五鈷杵とも呼ばれる仏具。
故にリーチは短く、武器としては向いていないようにも見えるが、敵の懐に潜り込むことなど朝飯前。デメリットと感じたことは、あまりない。
蓮の蕾が花開く瞬間を模した鉾は、仏教の象徴的な要素であり、そのデザインは結構気に入っていたりする。
「【死骸壁】」
「――ッ!?」
突如地面が盛り上がり、現れたのは骨の壁。それは古の死霊術の1つ。
ちょっとやそっとじゃ破れない硬度を誇り、その高さはコット村の城壁と同程度。
本来は防御の為に使う術だが、その出現位置はオーガたちの後方。半円を描くように取り囲む。
「仲間との合流は、絶望的だと思え?」
それを口にした瞬間、表情から動揺を読み取れたのは2人。
死骸壁は逃がさない為ではなく、後方に控えているであろう仲間達と合流させない為のもの。
レイヴン公を襲ったオーガたちは十数人だと聞いている。ここには6人しかいないのだから、伏兵の警戒は当然だ。
「あの時の俺とは違うからな……」
それもまた、懐かしさを覚える理由でもあるのだが、そう言ったところで、オーガたちにその意味は通じないだろう。
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