謎の錬金術師
「本当に、見間違いではないんじゃな?」
ロバートを問い詰めるフードル。
その表情は真剣そのものだが、憤慨しているという訳ではなく、念のため――といったニュアンスの方が強い。
「はい。一瞬の出来事だったのでちゃんと確認したかと問われると、そうではありませんが、紅い瞳と折れた双角は間違いなく魔族の証であったかと……」
恐らく見間違いではないだろう。一瞬でも、強烈な印象や感情を伴う刺激は、記憶に残りやすいと聞いたことがある。
ギルドに魔族がいると聞いた時は、まさかとは思ったが、冷静になって考えてみればなんてことはない普通の事だ。
地下牢に拘束されていたのなら、冒険者との死闘の末、捕らえられた――という結果になっても、おかしな話ではない。
次への糧にする為の調査。残酷かもしれないが、それを繰り返して来たからこそ今の人類が存在している。
強大な相手に立ち向かうには、当然知識が必要だ。生き残る為ならなんだってする。それは、どの種でも同じだろう。
「その魔族を捕えた冒険者は、なんて奴だ?」
ならば、その魔族の詳細は、ロバートよりもそれを討伐したであろう冒険者に聞くのが手っ取り早い。
しかし、ロバートは俯きながら、言い辛そうに口ごもるだけ。
「守秘義務か?」
「いえ……そうではありません。確かに守秘義務は守られるべきですが、私を捨てたギルドに義理を立てる必要もないでしょう」
守秘義務を守る必要はないが、冒険者の命はそうじゃない――。ということなのだろうか……。
確かにフードルが、同族への仇討ちにと動き出す可能性を鑑みれば、悩むべき状況ではある。
「そもそも前提が違うのです。私も最初は、どこぞの冒険者が功を上げたのだろうと思っていました。ですが、そうではなかった……。魔族を捕えたなどという報告は、何時まで経っても上がって来ませんでした」
「職員に内緒で、地下牢に魔族が放り込まれていた……と?」
「はい。それもあって、当時は見間違いの可能性を捨てきれず……」
冒険者が魔族を捕えたとなったら、相当な話題になるはずだ。名誉とまでは言わずとも、称賛されて間違いない。
にもかかわらず、申告すらしていないのは確かに非現実的である。
「知らされていないだけで、元々そこにいたんじゃないか?」
「可能性はありますが、そうなると50年以上も前の話になります。そのことが気になって夜も眠れなかった私は、捕らえた魔物や悪人の名簿から出来る限りの履歴を遡ったのですが、結果なんの成果も得られませんでした……」
ロバートもわからないほど昔から存在していたと仮定して、なぜそれを明かしていないのか……。
人を食うと言われるほど危険なものを、秘密にしてまで王都の地下に忍ばせておく理由。
最悪、王宮には報告するべき案件だとは思うが、当然リリーからもそのような事は聞かされていない。
「ギルドの地下ってのが、厄介だな……」
シャーリー程ではないにしろ、狩人の冒険者は少なくない。彼等の持つトラッキングという索敵スキルは、魔族にも反応を示すはずだ。
ギルド本部が支部から離れた場所にあるという現状を踏まえても、50年もの間、その警戒網に引っ掛からないのは考えにくい。
しかし、それもギルドの地下であるならば、捕えた魔物かと殆どの冒険者が気にも留めない。
「ここで言い合っていても仕方あるまい。なんなら本人に直接聞いた方が早いんじゃないか? ウチのザラなら、ギルドへの侵入なぞ造作もないと思うが?」
「いえ、残念ながら既にもぬけの殻かと……。私が支部長に抜擢され、本部に呼び出された際、好奇心に負け地下牢を覗きに行ったのですが、そこに魔族の姿はなく……」
「その魔族、尻尾はついていたか?」
「どうでしょう……。そこまでじっくり観察してはいないので……」
尻尾があれば、そこから魔力を供給できるはず。魔力欠乏による餓死はないが、それがなかった場合、亡くなっている可能性が高い。
最低でも50年、魔族を生かし続けてきたことを考えると、ギルドのマナポーションが枯渇気味であったことにも合点がいく。
その後、俺がギルドに少量提供したエーテルは、マナポーションとして出回った。つまり魔族には与えられなかったということ。
その時点で、既に魔族は亡くなっていたのだろう。マナポーションとして加工するより、エーテルのまま摂取させた方が、遥かに効率がいいのだから。
「ただ、その魔族の正体には、心当たりがあるのです。あくまで私の推測ですが……」
「正体?」
「はい。九条様は、プラチナプレートの錬金術師モラクス様をご存知でしょうか?」
「会ったことはないが、名前だけなら……」
スタッグ王国……。現エクアレイス王国には、3人のプラチナプレート冒険者が存在していた。
1人は俺。もう1人は、ノルディック。そして錬金術師のモラクスだ。
プラチナでありながら国には仕えず、ギルドの専属として研究に明け暮れているという話だが……。
「では、その前にいた、プラチナの錬金術師アロケル様のことは?」
「いや、それは知らないな」
「では、その更に前、プラチナの錬金術師ベリト様は?」
「お? それは聞いたことがあるぞ。私が生きていた頃の話だな」
バルザックがその名に反応したが、そんなことよりも気になったのは、その3人全員がプラチナの錬金術師であることだ。
「ちょっと待て。プラチナの錬金術師ってそんなにいたのか!?」
「はい。何故か王都のギルドにだけ、プラチナの錬金術師が代々入れ替わるように現れているのです。冒険者の登録情報に不備はなく、登録されているモラクス様の邸宅へと足を運んでみましたが、廃墟のようで人の気配は全くない……。本部勤めの職員達に聞いてみても、顔を合わせた事すらないと……」
「なるほど。つまりロバートは、モラクスがその魔族なんじゃないか……と?」
それに、無言で頷くロバート。
確かに妙ではある。プラチナだけでも珍しいのに、それが連続で3世代。偶然にしては出来過ぎだ。
それに目を瞑ったとして、仮にモラクスが魔族であるとしたら、当然公表などできるはずもなく、隠そうとする理由にはなる。
とはいえ、確たる証拠は何もなく、それだけでは決定打に欠ける。
「確かに、そう考えると色々と説明はつく……」
そう言い放ったのは、顎に手を当て神妙な面持ちのバルザック。
「魔道具と言っても、役に立つ物からそうでない物まで様々だが、歴史を変えるとまで言われた発明は、常にギルドから世に出ていたようにも思える。帰還水晶もその1つだ。とある錬金術師がそれを模倣し小型化しようとしたが、とてもじゃないが真似できず、完成品とは言い難い性能だった」
言われてみれば、確かにそうだ。
転移魔法の実用化は難しいと言われているが、帰還水晶はそれを可能としている。
当然そこに制限はあるものの、魔族であるならダンジョン間の転移は可能。その技術の応用と言われれば、合点がいく。
「そう考えると、クレイシンセサイザーも魔族向けな性能だな……」
イーミアルが使用した、スタッグ王国の国宝魔道具。魔力を込めれば込めるだけ強力なゴーレムを精製できるという物だが、その真価を発揮させるには、魔力の低い人間よりも魔族の方が適している。
マナポーションだってそうかもしれない。エーテルを原材料とするならば、人間よりも魔族の方が造詣が深い。
プラチナ錬金術師の世代交代は、魔族だと悟られない為、仮の寿命を設けていると考えれば辻褄は合う。
「……フードルはどう思う?」
俺が、フードルに視線を向けたその時だ。
部屋の扉が突然吹き飛び、カガリとミアが飛び込んできた。
「おにーちゃん、大変! 魔物が村にッ!」
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