異色の組み合わせ
コット村の魔法学院宿舎。その権利は、正式な手続きを経て俺へと譲渡され、今日からはコット村のタウンホール。所謂市庁舎として使用していく事となった。
その記念すべき初日。昨日の酒を抜く為にも、今日は昼から行動しようと話していたのに、早朝から聞こえてきたのは、割れんばかりの大歓声。
「「ワァァァァッ……!」」
「な、なんだッ!?」
気持ち良く寝ていたところに、いきなりだ。不機嫌になるよりも先に、二日酔いだろう吐き気に襲われる。
今日はゆっくりできると思って少々飲み過ぎた所為か、頭はまだ覚醒しない。
カーテンの隙間から差し込む陽の光から察するに、恐らく午前7時頃。昨日帰って来たばかりでこの仕打ち。正直勘弁願いたい。
「阿呆が、ケンカでも始めたのか……?」
緊急性が感じられるような声ではなかったが、人対人。対立することもあるだろう。
感情が高ぶれば、自制できずに爆発する者も当然出てくる。
従魔やアンデッドたちが抑止力になってはいるが、完璧にとはいかぬもの。
「うーん……なにごとぉ?」
眠い目を擦るミアはそのままに、ひとまずベッドから飛び出すと、窓から身を乗り出し、その原因を探る。
それは、すぐに見つかった。
目の前の広場では、円を描くように人々が群がり、まるで見世物を見るかのような視線を中央へと注いでいる。
若者たちは興奮した様子で、肩を押し合いながら最前列へと立とうとし、子供はその足元から顔を出したり親に肩車をしてもらったりと雰囲気はあまり悪くない。
そんな民衆の中心にいたのは、筋肉質な半裸の男。滴る汗を輝かせ、グラーゼンは木刀片手にデスナイトと対峙していた。
「ぬぅぅぅぅん!」
流線のような木刀が空を薙ぎ、デスナイトはそれをひらりと躱す。その眼光が強さを増すと、お返しとばかりに振り下ろされた両手剣……と言っても、それにはボロ布が巻きつけられていた。
大木が倒れてくるかのような迫力に、グラーゼンはそれを木刀で受け流すと、後方へと跳躍。そして着地と同時に踏み込み、木刀を鋭く突き出した。
「はぁぁぁぁッ!」
それは、デスナイトの胸を抉るほどの威力。たまらずその場に膝を突くデスナイトだが、同時に薙いだ両手剣は、グラーゼンの木刀を根元からへし折っていた。
両者が距離を取り、グラーゼンは大きく息を吐き出す。
たくましい体躯と無骨な風貌は、常在戦場の名に相応しく、敵の動きを一瞬たりとも逃さぬように睨みを利かせる。
その眼光は、まだ勝利を諦めてはいなかったのだが、ここで俺はハッとした。
2人の見事な戦いぶりに、見惚れている場合ではない。
「なにやってんだ、お前等ぁ!」
窓から声を張り上げると、その場にいた全員が俺の顔を見ては、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そこに最後まで残っていたのは、デスナイトとグラーゼン。そして民衆の影に隠れ、見えていなかったシャーリーである。
その表情は、やべぇ――とでも言わんばかり。
「今行くから、そこで待ってろ!」
急いで着替え、外へ出る。そこにデスナイトの姿はなく、汗にまみれたグラーゼンとシャーリーだけが佇んでいた。
最早出るのは、溜息だけだ。
「あのさぁ……」
「ちょっと待ってよ九条。デスナイトと戦ってみたい――って言い出したのは、グラーゼンさんだからね?」
「そりゃわかるけど、見えないところでやるか、せめて一言相談くらいしろや……」
まぁ、なんとなくだがわかってはいた。
ブラムエストでは、グラーゼンとバイスが朝も早はよから演習と称して、木刀を打ち合っていたのだ。
「九条殿、こんな機会は滅多にない! これほどまでに実戦に近い鍛錬……。やはり、強敵との手合わせは腕が鳴る。我が筋肉も御満悦だ!」
いい歳こいて、子供のようにキラキラと目を輝かせるグラーゼン。
確かに言いたいことは理解できる。デスナイトと戦おうと思ったら、そこそこ大き目なダンジョンのかなり深い場所まで潜る必要がある。
更に言うなら、野生のアンデッドとは違い、命を賭けなくて済むのは大きな利点だろう。
模擬戦やスパーリングのような感覚で、好きな時に好きなだけ戦える。人間とは違い打たれ強く、手加減の必要もない。仮に再起不能にしたとしても復活は安易だ。
「出来れば、デスナイトを1体融通してはくれまいか?」
「無理に決まってんでしょ……」
とはいえ、シルビアの護衛だけでは暇だろう。自画自賛になってしまうが、コット村は平和である。
滅多なことがない限り、シルビアの身に危険が及ぶ事などない。
「仕方ありませんね。常に……は無理ですが、時間を決めていただければ……」
「本当かッ!?」
一気に距離を詰めてくるグラーゼン。カッと見開かれた目は、正直怖い。
「あと、今後はダンジョン内で行ってください! 後で案内しますから。村の中では禁止です!」
「それで十分。やはり九条殿なら、わかってくれると信じておったぞ!」
無理矢理交わされる握手。熱気が凄いから、それ以上近寄らないでくれ――とは言えず、苦笑いを浮かべる。
別に、情けをかけた訳じゃない。ただ、デスナイトと剣を交えるグラーゼンを見て、その表情に何処か懐かしさを覚えてしまったのだ。
この師にしてこの弟子あり――とでも言うべきか、バイスが模擬戦と称して、ワダツミとコクセイを相手に魔剣の感触を確かめていた時と同じ匂いを感じたのである。
「じ、じゃぁ、私はこれで……」
「ちょっと待て」
そそくさと立ち去ろうとするシャーリーの腕を掴む。
「なんでよ! 解決したんだし、よくない!?」
別に咎めようという訳じゃない。
今から二度寝は無理がある。なので、俺が朝食を摂っている間にグラーゼンを連れてダンジョンを案内してやってくれ――と、言おうとしただけなのだが……。
「ねぇ、あれってシルビア様じゃない?」
突如、明後日の方向を指差すシャーリー。
それに気を取られている間に逃げ出すつもりなのだろうが、そうはいかない。
「そんな手に引っ掛かると思うか?」
「ホントだってば! ねぇ?」
「あ、あぁ……」
何やら歯切れの悪いグラーゼンの返答に不信感を覚えながらも、仕方なく視線をそちらに向けると、遠くに見えるシルビアの姿。
しかも、村の背骨とも言うべき東西の門を繋ぐ大通りではなく、地元民しか知らないようなあぜ道でだ。
「ね? ホントだったでしょ?」
「ああ。だが、なんだ? あの組み合わせ……」
シルビアと使用人のソーニャが一緒に歩いているのは、おかしなことではないのだが、何故かそこにはエルザもいた。
何か会話をしているようだが、聞こえるような距離ではない。こちらに気付く事もなく、暫くすると村の片隅へと消えていく。
それをただ茫然と眺めていただけなのだが、俺とシャーリーの意見は見事にぴったり合致した。
「「……怪しい……」」
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