新たな国の導き手
「ですが、九条は何故このタイミングでこれを明かしたのです?」
当然の疑問だろう。そのティアラの存在は、もふもふアニマルキングダムにとって都合が悪い。
近い内に明かすつもりではいたのだが、このタイミングになってしまったのは、既に議題が国の行く末になってしまっていたからだ。
第1王子に与していた貴族達への制裁を決議する場であると聞いていたのだが、話が進み過ぎてしまったのか、流れでそうなってしまったのか……。
どちらにせよ、今は会議に顔を出しておいて正解だったと内心安堵している。
「なんというか、フェアじゃないと思ったんですよ。仮にリリー様が俺達を選んだとして、その後にこのティアラを渡されたら、自分の選択を後悔するかもしれないでしょう?」
元々は王族の血を捨てるつもりだった。それだけの覚悟をもって、俺の元へと身を寄せたのだ。
しかし、アドウェールの言葉に、迷いが生まれてしまっていてもおかしくはない。玉座に座り、被る王冠の重みを知った。
その意思を継ぎ、スタッグの王として人生を歩むか……。それとも、俺への恩に報いる為、もふもふアニマルキングダムの王として君臨し続けるべきか……。
誰が何と言おうと、その最終的な決断を下すのはリリーである。
「九条は……私がスタッグに身を置く選択をしても、許してくれるのですか?」
「許すもなにも、それがリリー様の選択なら、反対はしません」
「……本当にそれだけですか?」
「そうですよ? まぁ、こんな事を言うのもなんですが、これを機に俺とは距離を置くのもアリだとは思いますね。父への復讐を果たす為、魔王の力を借りただけ。心までは売ってはいない。魔王にはその礼に、コット村の領地を与える約束をしていた――。どうです? 腑に落ちると思いませんか?」
俺とリリーとの関係が、ビジネスライクなものであったと周知されれば、国民もある程度は納得してくれるだろう。
逆にある程度魔王との友好関係を築けていれば、侵略される可能性は低く、怯える心配もなくなるという意味では、歓迎する者も出てくるかもしれない。
「九条は、魔王のままでもいいと?」
「他人が何と言おうと、俺は俺です。冒険者に付けられる二つ名だって、似たようなもんでしょう? そこに本人の意向など存在せず、否定したところで変わりはしません」
「もふもふアニマルキングダムは、どうなるのです?」
「そうですねぇ。王様がいなくなるので、キングダム改め共和国……が、妥当ですかねぇ。まぁ同盟国の説得も含め、なんとかしてみせますよ」
リリーが憂慮しないようにと、明るく振舞ったつもりではあったが、その表情は納得しているとは言い難い。
眉をひそめ、唇をきつく結びながらも俺をじっと見つめていた。
「つまり、九条にとって私は不要ということですか?」
言うに事欠いて不要とは……。当然そんなこと微塵も思っていない。
俺はただ、もふもふアニマルキングダムがリリーを束縛することはないと言いたかっただけだ。
「いやいや、そんなこと言ってませんて……。俺はただ、悔いのないようにと……」
「私は真の仲間ではなかったと……。そういうことなのですね?」
「違いますって。表向きは交流を控えた方が、今後の治世が円滑になると思って言っただけで……」
何やら怪しい雲行きだが、おかしな方向に話が進んでいるのは、気のせいだと思いたい……。
「では、必要ということですか?」
「いや、必要とか不要とかではなく……。ここで必要だと言ったら、引き留めてるみたいになるじゃないですか! それがフェアではないと……」
「引き留めればいいじゃないですか! そもそも、九条の死霊術がなければ、この場所も! このティアラも! 知る術がなかったんですよ? どう考えてもそっちの方がアンフェアですよね!? 私には、九条がレイヴン公の味方をしているようにしか見えないのですが!?」
「……うーん……そうかな……?」
なんか、そう言われるとそんな気もしてきた。白狐も無言で頷いてるし……。
アドウェールの無念を思うがあまり、意図せず心情が偏っていたのかもしれない。
しかし、頼まれた手前、隠しておくのもポリシーに反するというか……。
「絶対にそうです! ですので、釣り合いを取る為には、九条が私を引き留めるくらいで丁度良いのです」
「えぇ? じ、じゃぁ……リリー様は変わらず俺達の王として君臨し続けるべきで――」
「ハイっ! 任せてください!」
狙いすましていたかのように繰り出された、食い気味な返事。
その所為で、語尾に来るはずだった「――とでも言えばいいんですか?」の部分はバッサリカットされてしまった。
当のリリーは、言えなかった気持ちをようやく吐き出せたと言わんばかりの安堵と、幸福感を覚えているかのような満面の笑み。
なんというか、上手く誘導されてしまった感は否めないが、その笑顔を見ていると、なんでも許してしまいそうになるのが不思議である。
「もしかして、俺ハメられました?」
「さぁ? 何の事でしょう?」
俺の盛大な溜息に、不敵な笑みを浮かべるリリー。
「本当にいいんですね?」
「もう。九条ってば、くどいですよ?」
ならば、何も言うまい。それがリリーの選択なら、全力で支援する。男に二言はないのだ。
「それで? これから、どうするんです?」
「残念ながら、全てを公平にというのは難しいです。しかし、平等を目指す事は出来ます」
アドウェールから送られたティアラを箱に戻し、大事そうに抱えたリリー。
その顔に迷いはなく、憑き物が落ちたかのような清々しさだ。
「では、一足先に戻っていますね。皆が揃い次第、会議を再開しましょう」
俺の返事も聞かず、リリーは足早にアドウェールの寝室を後にする。
……と、思ったのだが、扉の隙間からちょこんと顔だけを覗かせた。
「お父様! ティアラありがとうございます。形見として大切にしますね。それと、私は私の信じた道を歩みます! もう振り返らないと決めましたから!」
リリーは少し恥ずかしそうに頬を染め、それだけを言うと、バタバタと忙しない足音を立て去って行く。
白狐がそれを急いで追いかけると、寝室は元の静寂を取り戻した。
「……だそうですが……?」
「まさか、リリーに死霊術の適性が!?」
「んなわけないでしょ……」
残されたのは俺の他にもう1人。アドウェールの魂だ。
まぁ、少し考えればわかる事である。
父親からの最後の贈り物。それにリリーがどんな反応を見せるのか。贈る側が気にならないはずがない。
加えて、そこには俺がいる。見えずとも共にいるだろうくらいの予想はでき、いなくともそれは、俺を通じて伝える事が出来る。
俺の意見がアドウェール側に偏り過ぎていたのも、原因の1つだったのかもしれないが……。
「王位に後ろ向きだったリリーが、立ち上がることを選んだのだ。私も死んだ甲斐があったというもの」
「結果、王国がなくなりそうなんですけど、いいんですか?」
「無念ではあるが、仕方あるまい。リリーなら大丈夫。言っただろう? あの子は強い。最早、未練などありはしないさ」
国を導く存在として王に君臨していながらも、やはりその本質は父なのだ。
強がりを言いながらも、その瞳には薄っすらと涙を溜めていた。
「そうだ、九条。私はここでもう少しリリーを見守ってやりたいのだが、どうにかならんか?」
「未練ありまくりじゃないですか……」
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