返還された魔法書
リリーとエルザを、その場に待たせる事およそ1時間。
「……クソッ!」
その間、集中を乱さなかった俺が急な奇声と共に思いの丈を玉座にぶつけてしまったのは、アルバートの暗殺に失敗したから。
グラハムの鎧が気を引いている内に背後からバッサリ切り伏せる。……そうなれば良かったのだが、現実はそう甘くない。
真正面からやり合っても勝てない事はわかっていたので、俺はそのままノルディックの鎧に憑依させていた魂を解放し、今に至るという訳だ。
グリンダのついでにアルバートも……は、少々欲張りがすぎたらしい。二兎を追う者は一兎をも得ず――とはならなかっただけ良しとしよう。
「ひとまず今の俺に出来る事は、ここまでだな。120点とはいかなかったが、目的は達成した」
チラリとリリーに視線を移すと、玉座への台パンがいけなかったのか、驚いた様子で固まっていて、その隣ではエルザが満足そうな笑みを浮かべていた。
こうしてみると、孫娘を見守る祖母にしか見えないのが不思議である。
「エルザ、どうだ?」
「どれどれ……」
先程と同じようにリリーの腕を捲ると、その手首を両手で軽く握り締め、そのまま俯き目を閉じるエルザ。
恐らくは集中しているのだろうが、如何せん歳の所為かそのまま寝てしまうのではないかと思うほど微動だにしない。
「集中しているところ悪いんだが、それは何をしてるんだ?」
「血液と同じように魔力も身体を巡っておる。ワシはその乱れを感じ取っておるんじゃ」
「へぇ……」
ネクロガルド故の知識か、それともおばあちゃんの知恵袋的なヤツなのかは不明だが、試しに自分の手首を握ってみても感じ取れるのは脈拍だけ。
繊細な感覚が必要なのか、集中力が足りないのか……。どちらにせよ、俺には向いていないようだ。
「ふむ……。問題はなさそうじゃの。呪詛の気配も消えておる」
「そうか……」
状況が状況なだけに念入りにとはいかなかったが、あの状態からの復活は考えにくい。
セイレーンの涙のようなマジックアイテムがある可能性は否めないが、恐らく使われたとしても王族であるグリンダにだけ。
貴族でもない呪術師に使われることはないはずだ。
運悪く、たまたま高名な神聖術師が王宮を訪れていた……なんて事もなさそうで、ひとまずはホッとしたというのが正直なところ。
「これで後戻りはできなくなったのぉ。イッヒッヒッ……」
「うるせぇな。言われずともわかってるよ……。覚悟なんかとっくの昔にできてるっつーの」
確かに想定外ではあったが、ハナから王族を手に掛けるつもりであったのだ。
その予定が少し早まっただけ。
代わりに魔法書が返ってくると思えば、諸々帳消しである。
「さて、これで王女様は晴れて自由の身となりました。……で、いきなりで悪いんですけど、魔法書返してもらっていいですか?」
そう言った時の、リリーの顔ときたら……。何と言うか、色々な思いが混じった複雑な表情である。
自由になった喜びというよりも、俺が本当に味方であるのかという疑いの目。
そして、万が一呪詛が解けていなかったらという不安も感じ取れる。
当然、言葉にしなかった俺も悪い。
「安心して下さい。リリー様を恨んでなんかいませんから。……アルバートを許すつもりはありませんが……」
「……ですが……」
「突き放したのは、俺にリリー様への未練がない事を証明する為です。そうしなければ、リリー様自身が俺に対する弱点にもなりかねませんからね」
可能性がない訳ではない。俺がリリーとの繋がりを惜しめば、ミア同様リリーを人質にされかねない。
既に魔法書を奪われているのだ。これ以上相手に主導権を握らせるわけにはいかない……と、言うのは半分建前。
本当はリリーを王座に据える為でもあったのだが、それはアルバート暗殺失敗と同時に頓挫した為、そっと胸の内に仕舞っておこうと思う。
そもそも、リリーが王位に興味がないことは知っている。
その上で強行しようと言うのだから、多少の罪悪感も覚えてはいたのだ。
それを聞き、僅かに安堵を見せたリリー。
その隙を突くように、エルザはリリーの荷物を俺へと投げた。
「あっ!」
俺はそれを難なく受け止めると、中から魔法書だけを抜き取った。
久しく忘れていた魔法書の感触に多少の安心感を覚えながらも、リリーにそれを見せつける。
「確かに魔法書は返していただきました」
俺がエルザに指示した訳ではないが、結果的には時短になった。
恐らくは俺も、無理矢理に奪う事にはなるだろうとは思っていたのだ。
当然と言うべきか、エルザも同じ事を考えていたに違いない。
この場では、呪詛の解呪を証明できないのだ。
呪術に精通している者なら、エルザのように感覚でわかるのかもしれないが、当然リリーにはわからない。
ならば、呪詛を掛けた呪術師の遺体を見せてやればいいのだが、それも不可能。
となれば、方法は1つ。制約を破らせるしかないのである。
後は良心の問題なのだが、流石はエルザ。死なないとはわかっていても、そのバケモノのような行動力は最早尊敬に値する。
「大丈夫。今更どの口がとも思うでしょうが、俺を信じてください」
とは言ったものの、当然リリーはそれどころじゃない。
過呼吸とまではいかないが、苦しそうに胸を抑える仕草は、過度な不安によるものだろう。
先程まで突き放そうとしていた者が、急に自分を信じろなどと言ったところで、信憑性は乏しい。
魔法書を取り返す為、エルザと結託して自分を騙しているのかもしれないと考えてしまうのも無理はない。
だが、それは時間が解決してくれる。自分が死なないことを理解するまでのほんの数分、我慢すればいいのだ。
とはいえ、死への恐怖を経験しなければならないというのは、さぞ苦痛であることだろう。
俺の場合は、処刑される身体が複製品であり、死なない事を知っていたからこそ耐えられた。
それでも断頭台に首を掛けた時は、生きた心地がしなかったのだ。
王女という立場上、心を押し殺す事に長けてはいても、俺から見ればまだ子供。
本来であれば、そういった感情や痛みは誰かと分かち合うべきなのだが、甘えられる親はもういない……。
であれば、その役目。俺が引き受けるのもやぶさかではない。
玉座を下り、震えるリリーを抱き寄せると、その頭を優しく撫でる。
「その恐怖はわかります。俺には、こんな事しか出来ませんが、安心して下さい。……アレックスの結婚式を覚えていますか? あの時、俺はリリー様を守ると約束しました。その誓いは、まだ生きていますから……」
出会ったばかりの頃のミアを思い出す。
時折うなされるミアを優しく抱きしめてやると、不思議と落ち着いてくれるのだ。
「力を抜いて、俺に身体を預けてください。なんなら、そのまま眠っちゃいましょう。大丈夫。起きた時にはきっと悪夢は和らいでいるはずですから……」
それを聞き、エルザが静かに杖を振るうと、リリーは抵抗することなく夢の世界へと誘われた。
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