2人の王女
スタッグ王宮、謁見の間では、アルバートがバイアスと共に公務に励んでいた。
宮廷政治の運営。数多く存在する貴族達との関係を維持し、政治的なバランスを取るのも国王の務め。
本日、謁見に招かれているのは2人だけ。そのうちの一人が、侯爵であるオーレストだ。
表向きは魔王討伐。その実態はリリーの監視としてコット村への同行。その成果に対する労いの言葉を賜る為に、召喚に応じていた。
アルバートが偉そうに玉座に腰掛け、その隣にはバイアスが並び立つ。
大きな咳払いの後、オーレストへの賛辞をアルバートが読み上げようとした、その時だ。
「お兄様!」
ノックもなしに開かれた扉。
その非常識さ故に怒号を飛ばそうと大きく息を吸い込んだバイアスだったが、そこに立つ者を見て、それは大きな溜息へと変化した。
「リリー様……。一体、何の騒ぎです?」
「お兄様に、折り入ってご相談があります」
眉をひそめるバイアスには見向きもせず、リリーはレッドカーペットを突き進み、アルバートを真っ直ぐ見据えた。
勘が良くなくてもわかるだろう。恐らくは、九条の扱いに対する直談判であると。
アルバートとリリーが顔を合わせ話す事と言えば、それしかない。
当然、アルバートに一蹴されて終わりだろうと、誰もがそう思っていた。
「私に、もう1度チャンスを! 今度こそ九条を倒して御覧に入れますッ!」
今までの立ち位置を、180度変えたと言っても過言ではないリリーの発言に、場の空気は一変。それは緊張感を覚えるほどだ。
コット村に見放されたのが余程悔しかったのか、それともただの偽りか……。
どちらにせよ、それをそのままの意味で捉えられるわけがなく、当然本人もそう思ってはいなかった。
「まぁ、待てリリー。お前のその心変わりが本当ならば歓迎するべきではあるが、それを信じてもらえるとでも?」
「そんなことは承知の上。ですが、私以上に九条に近づける者がいないのも事実。違いますか?」
いかに自分が有用であるのかを力説するリリー。それは、踏み締めたカーペットにシワを作ってしまうほどの力の入れよう。
それにアルバートとバイアスは、示し合わせたかのように頷き合った。
「オーレスト卿。また後日、謁見の機会を設ける故、ここは一旦席を外してくれ」
「……仰せのままに」
オーレストだけではなく、警備の任についていた近衛兵たちにも退出を促すと、巨大な謁見の間に残されたのはアルバートとバイアス。そしてリリーの3人だけ。
「リリー。それには相応の対価が必要だが、その意味は理解しているのか?」
「勿論です。前回同様、派閥の貴族を人質として差し出せばよいのでしょう?」
「人質ではない。あくまで保険だ」
どちらにせよ意味は同じ。要は体裁の問題である。人払いをさせたのも、その為だ。
「リリー様。お言葉ですが、また追い返されてしまうだけなのでは?」
「当然、その為の策は講じております。つきましては、九条から奪った魔法書を借用させて頂きたいのです」
「――ッ!?」
驚かれるのも当然だ。しかし、それがどちらにとっても有効な策であろう事は想像に難くない。
リリーが九条の信頼を得て、コット村で受け入れてもらうには、王族からの脱却が必須だ。ただし、それには王都以外の拠点が必要になる。
リリーの退位が九条の耳に届くまでの間、安全に匿える場所。
当然と言うべきか、急にそんな都合の良い場所が見つかるはずもない。
ネストとの長時間に及ぶ協議の結果、最有力候補に挙がったのはリリー達の帰国を助けてくれた海賊達を頼る――というものだったが、連絡を取る手段がなく、ぶっつけ本番はリスクが高いと結局は諦めざるを得なかった。
そこで、リリーは考え方を改めた。
自分の退位よりも先にコット村で受け入れてもらう事ができれば、全ての話が円滑に進むのではないかと……。
それを実現できるであろう唯一の方法が、魔法書の返還である。
九条からの保護を受けられれば、最早リリーの独壇場。コット村で安全に王族の退位を宣言できる。
1番の問題は、その肝である魔法書を持ち出せるかどうかだ……。
「……バイアス。お前の意見を聞かせてくれ」
「こればっかりは、私にも……。陛下が御判断されたほうがよろしいかと……」
それは、九条に対する切り札でもある。
魔法書があるからこそ、九条が王都に手を出してこないとも考えている為、その扱いは慎重だ。
リリーを信じ魔法書を任せるか、断固拒否するべきか……。
頭を悩ませ、言葉を失くしたアルバートとバイアス。
その決断力のなさにリリーが内心気をはやらせていると、突如勢いよく開かれた部屋の扉。
「あら? 珍しいこともあるものね。お兄様とリリーが一緒なんて」
そこに立っていたのは、本日謁見予定のもう1人。第2王女のグリンダだ。
専属のボディガードらしき男を連れ、謁見の間へと入って来た。
その男が身に纏う白いプレートアーマーを知らぬ者はここにはいない。
「おお、グリンダ。良い所に来た」
「お兄様、何故お姉様を……?」
安堵の表情を浮かべたアルバートに対し、嫌悪感を隠せず表情を歪めたリリー。
アドウェールの国葬で一時的に釈放されてはいたのだが、今になって何故その拘束を解いたのか。
それは、リリーが知らないだけだった。
「九条への対策に決まっているではありませんか。あなた方の派閥を除けば、九条に詳しいのは私しかいないでしょう?」
九条と何度かやり合っていることを詳しいと言っていいのかは疑問が残るが、因縁があるのは確かだ。
第4王女派閥と比べれば裏切る可能性は低く、アルバートからすれば、ある意味信用のできる情報源ではある。
「丁度良かった。グリンダの意見も聞こう」
リリーからの提案を、アルバート経由で聞かされるグリンダ。
その様子は、自由を謳歌していた時と何一つ変わらない。鷹揚でありながら、横柄な態度。
国賊であるという意識は既になく、話を聞きながらも時折リリーを睨みつける鋭い視線は反省とは程遠い。
誰がどう見ても、リリーの策に賛同するとは思えないのだが……。
「いいんじゃありませんこと? 勝手にどこへでも行かせれば良いではありませんか」
意外な答えに、全員が目を丸くした。
リリーの思い通りにはさせないと、阻止してくるのだろうと思っていたが、返ってきたのはまるで正反対の回答だ。
「お姉様……?」
ならば、先程の視線はなんだったのかと疑問に思うも、ひとまずは自分を信じてくれたのかと、一瞬気を許してしまったリリー。
しかし、それはただの思い違いだった。
「私もやられっぱなしは嫌ですからね。なので、冒険者のことも色々と学ばせていただきました。なんでもギルドでは、悪人に対する再犯防止策の一環として、呪いをかけ行動を制限させるそうですよ?」
「――ッ!?」
その意味が、わからぬ者はいないだろう。グリンダは、リリーが裏切らぬよう呪術を使い、縛ってしまえばよいと言っているのだ。
確かにそれは、理に適っていた。
裏切らないというのなら、出される条件の全てを飲めるはずなのだ。
「幸いノルディックの知り合いに、優秀な呪術師がいますのよ? ねぇ?」
グリンダが微笑みかけたのは、後ろで待機していた白いプレートアーマーの男。
ノルディックと呼ばれた男が冒険者であることはわかるのだが、首に掛けたプレートはシルバーで、その中身は顔どころか体格すら似ても似つかない。
誰がどう見てもノルディックとは程遠い存在。それは、グリンダが寂しさを紛らわせるために雇った、ノルディックの代わりである。
「はい。必ずやグリンダ様のご期待に応えてお見せします」
鎧のサイズが合っていない為か、よろよろとよろけながらもグリンダへと跪くノルディック役の男。
それを見たグリンダは血相を変え、その男の顔をおもいきり蹴っ飛ばした。
「ノルディックは私を呼ぶ時、敬称を付けないと言ったでしょう! 何度言えばわかるのです!」
バランスを崩し、情けなく倒れるノルディック2号。
仮にも相手は王女である。それを一介の冒険者に呼び捨てにしろというのは、少々難しい注文だ。
たとえグリンダが許そうとも、その周囲が許すとは限らない。
「も……申し訳ございません。グリンダさ――……グリンダ……」
興奮状態を隠そうともしないグリンダ。
乱れた呼吸をどうにか落ち着かせると、その矛先はリリーへと向いた。
「とにかく! 裏切るつもりがないのでしたら、呪術による制約を受け入れる事が出来るはずです。そうですよね、リリー?」
「……もちろんです……」
当初の目論見とは違った展開に、リリーの内心は穏やかではなかった。
ここで断るという事は、裏切りを前提としていたと言っているのと同義だ。
認めたくない事実ではあるが、今回はグリンダの方が1枚上手であると言わざるを得なかった……。
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