分かたれた袂
「私達よりも先に派遣された騎士団も、1人の捕虜を残し全滅しているのですよ!?」
「恐らくは卑劣な罠によるものでしょう。騎士団にあるまじき行為ではありますが、長期の滞在により気が緩んでしまった。村民からの施しに懐柔され、油断しきっていたところを騙し討ち……といったところでしょう。魔王のやりそうなことだ」
「どれだけ自信家なのですか! まだ、そうと決まった訳ではないでしょう。捕虜を返してもらえるなら、その者から聴取すればよいだけ。何が起こったのかを聞けば、どちらが悪いのかがハッキリします」
最早シャーリーそっちのけで言い争うリリーとオーレスト。
その仲違いが、リリーの狙いであることもシャーリーはわかっていた。
(全部九条の言う通りになってるけど、損な役回りを引き受けちゃったなぁ……。バイスはいいけど、王女様はちょっと可哀そうよね……)
リリー達を追い返す――と、一口に言っても難しい。簡単には諦めないだろう事はわかっている。
恐らく話術では敵わない。現に九条は、やりたくない仕事であっても何かと理由を付けては引き受けてしまっているのだ。
粘られ続けて根負けするのは、結局いつも九条の方。
(九条は、優しすぎるから……)
だからこそ、シャーリーがここにいる。
(私なら非情になれる……。リリー様には悪いけど、九条の為なら自分の手が汚れるくらい、なんてことない……)
シャーリーが決意を新たにすると、コクセイが僅かに身体を揺らす。
それは、余計な事を考えず集中しろという合図でもあった。
「リリー様! そこまで言われるのでしたら、ギムレット騎士団の実力を見せようではありませんか!」
オーレストの言葉に、陣形を組み始めた騎士団。
最前列には、鉄壁の防御を思わせる巨大な盾を構えた騎士たち。その後方には、身長よりも長いランスを構えた騎兵が並ぶ。
リリーとバイス。そしてヒルバークは傍観するつもりなのか、巻き込まれないようにと必要以上に距離を取っていた。
「はぁ……バカねぇ。……でも、こっちだって九条から預かった戦力を無駄に減らしたくはないからさ。物量で黙らせてあげる」
「物量だと? ふん。たかがスケルトンやゾンビ、どれだけいたところで……」
オーレストの言葉を遮り、シャーリーは大きく息を吸い込んだ。
「出なさいッ! コット・オールドディフェンダー!」
その声に反応し、防壁付近の地面が音を立てて盛り上がる。
まるでモグラの大量発生。しかし、それはモグラというにはデカすぎた。
湿った土が波を打ち、そこから這い出てきたのは、スケルトンでもゾンビでもないデスナイト。身長2メートルを超える死霊騎士だ。
その手に持たれた大剣は、人間基準で言う両手剣とほぼ同等大きさを誇り。もう片方の手には、その巨体の約半分を覆えるほどの盾を持つ。
そのどちらもが錆び付き変色してしまってはいるが、脆さは全くと言っていいほど感じない。
ダンジョンで言うなら、地下40層以下で出現するとされているアンデッド系の魔物。
それが、コット村を囲む防壁の前に、ズラリと列を成し並び立つ。
シャーリーの声が届いた所までが起動範囲。その数は、優に50を超えていた。
「――ッ!?」
勿論それだけではない。シャーリーの隣に現れたのは、ワダツミ。
更には、巨大な熊が防壁の上から顔を出すと、騎士団は最早蛇に睨まれた蛙であった。
「自分達の戦力を過信して相手を分析しようとしないから、バカだって言ってるの。あんたらは人間を相手にすることが多いからわかんないんだろうけど、魔王を相手にするのなら狩人を連れてくるべきだったわね」
とはいえ、結果は変わらない。尻尾を巻いて逃げ出すか、玉砕覚悟で戦うか……。
「ほら、かかって来なさいよ。先手は譲ってあげる」
余裕を見せるシャーリーだが、そうじゃない。選択する権利と同時に、考えるだけの時間を与えたのだ。
リリーがコット村から拒絶された事実を報告してもらわなければならない為、オーレストをここで殺す訳にはいかない。
故の圧倒的戦力差。それを前にすれば、誰だって身の程を知るだろう。
確かにバカな貴族はいるが、少なくとも監視役を任されるだけの信頼があるのなら、間違った選択はしないはず。
「何を悩んでるのよ。簡単でしょ? 威勢よく突撃ぃって叫びなさいよ。完膚なきまでに叩きのめしてあげるからさ。そんで、アンタらの血肉がコット村の防衛に一役買うの。オーレスト……だっけ? アンタはこの先無能って呼ばれるだろうけど、その時はどうせ死んでるから気になんてならないでしょ? 騎士団の命よりもプライドの方が大事だもんね?」
それで本当に突撃を指示するようなら本物のバカだが、冷静になった今であれば気付くはずだ。
真偽はどうあれ、金の鬣をも葬ったとされるギムレット騎士団を失う事への重要性。
当然、それはオーレストの過失となる。本人が帰らぬ人となれば、責任の所在は家へと移る。
貴族であるのなら、家格を落とす行為は避けるはず。それは、オーレスト個人のプライドよりも重いものだ。
先程まで放たれていた騎士団からの威圧感も、既に無い。
それでも逃げ出そうとしないのは、日々の訓練の賜物か、恐怖に足が竦んだだけか……。
フルプレートのおかげで表情までは確認できないが、天を突くほど勇ましかったランスは下がり、その切っ先は小刻みに震えていた。
「……撤退の準備を……」
先程とは程遠い覇気のなさ。頑なに無表情を貫いているのは、悔しさを悟られない為だろう。
陣形を崩し警戒はしながらも下がって行く騎士団を前に、オーレストはシャーリーを睨み続けていた。
「なんだ……意外と冷静じゃない。まぁ、これでわかったでしょ? 次はこれに対抗できるだけの戦力を揃えてくることね」
勝ち誇った笑みを浮かべながらも、内心安堵していたシャーリーではあったが、まだ仕事は残っている。
「……まだ何か用?」
シャーリーが気付いた視線。それはリリーからのものだ。
当然、それが何を意味しているのかもわかっている。
「もう諦めなさいよ。そもそも王女様が、やりたくもない仕事を九条に頼んだのが悪いんでしょ? 自業自得じゃない」
リリーだって、責任の一端は感じてはいた。そう言われるだろう事は覚悟していたが、リリーはオーレストほど表情を隠すのが上手くはなかった。
ぎゅっと握られた両手。後悔からか視線を落とし、唇を強く噛み締める。
「王族なら王族らしく、王宮に引きこもってなさい。九条も言ってたわよ? 住む世界が違うんだ――ってね」
矢筒から1本の矢を取り出し、ヨルムンガンドに番えたそれを射掛けたシャーリー。
狙いも定めず適当に放ったようにも見えたそれは、リリーの足元に突き刺さる。
それには、蒼く輝く3つのリングが掛けられていた。
シャーリー、アーニャ、そして九条に与えた派閥の証だ。
「さようなら王女様。短い間だったけど王族派閥なんて夢が見られたし、私は結構楽しかったよ……」
ゆっくりと跪くよう膝を折ったリリー。その小さな肩を震わせながらも3つのリングを握り締め、俯いたまま動きを止めた。
それは、神に祈りを捧げているかのようでもあり、声を殺し泣いているかのようでもあった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマーク。それと下にある☆☆☆☆☆から作品への応援または評価をいただければ嬉しいです。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。




