ダンジョン攻略組の災難
深い闇が支配する森に息を潜め、ダンジョンの出入口を見張る冒険者の集団。
ゴールドのプレートを首から下げた中年のベテラン冒険者。ヴォイドという名の男が、そのリーダーを任されていた。
「よし、時間だ。いくぞ」
ヴォイドの声に呼応し、松明に火が灯されると、皆が一斉に武器を取る。
ヴォイドを含む前衛の戦士職が3名、魔術師が2名。狩人が2名に神聖術師が8名の15名からなる大規模パーティ。
そのバランスがおかしいのは、アンデッドに特化させたことによるもの。所謂デュラハン対策だ。
金に糸目は付けないという依頼者の粋な計らいもあり、彼等の持つ獲物は全て特別製の魔法武器。
聖水で鍛えられた金属を使用し、教会にて祈り刻印された武防具は、ホーリーアベンジャーシリーズと呼ばれる価値ある品々。
異端審問官であるラビオラの鎖には遠く及ばないものの、僅かでも触れればゾンビやグールは勿論、霊体であるゴースト程度ならば、瞬時に消し去ってしまうほどの効果を有している。
それらを手に、続々とダンジョンへ入って行く冒険者達。
とはいえ、急造で作られたパーティだ。警戒しながらも、連携と作戦の再確認には余念がない。
「神聖術師の魔法でデュラハンの動きを止めている間に、一気に畳みかける。それでも討伐が叶わなければ、魔術師がすぐに門の封印を解き、門が開いたらバインドに必要な最低人数だけを残し内部に突入。門を内側から閉め、残された者はそのまま脱出。ここまではいいな?」
狙いは魔王ただ一人。魔王が生み出したアンデッド同様、従魔が獣使いと同じ扱いであるのなら、魔王を倒せば無力化される。
報告書を軸にしたアンデッドの対策は完璧。並のダンジョンであれば、想像以上の成果を期待出来ただろう。
しかし、それは既にバレていた。
当然だ。生きた人間の嘘は見抜けなくとも、息絶えた者の魂であれば隠し事は難しい。
フォボスは、大罪を犯していたのだ。
それを知らず、意気揚々と足を進める冒険者達。
「ん? 配られたマップとは少々地形が違うようだが……」
報告書に記載されていた、地下3層の封印の扉がある部屋までの地図の写しと見比べる。
そのほとんどが一本道だが、複数ある枝道は木材で頑丈に目張り、補強されていて、全てが行き止まりになっていた。
「エドガー、トラッキングに反応は?」
エドガーと呼ばれた狩人の男が、壁となっている場所にそっと触れると、静かに目を瞑り集中する。
「この先には何もない。恐らくは崩落対策だろう。地下水も染み出ているようだし……」
この手の洞窟には、良くあることだ。他の魔物が住み着かないようにする対策としても、有効な手段。
重なり合った木材の隙間から染み出た水は、小さな川となってより下層へと流れていた。
「行こう。余計な探索の手間が省けたと思えばいい」
ダンジョン内は、冒険者たちの予想よりも静かだった。
聞こえてくるのは、チロチロと流れてくる水の音と自分達の足音くらい。
多種多様なアンデッドが配備されていてもおかしくない状況なだけに、拍子抜け感は否めない。
そんな彼等が、僅かな時間で地下2階層の中ほどまで足を進めると、先行していたエドガーが手を広げ、皆をその場に制止させた。
「トラッキングに反応が出た。相手は1体だが、強さは……。やべぇな……こんなの勝てるのかよ……」
「デュラハンだな?」
「恐らくそうだが……。いや、ちょっと待て。反応が出ているのは扉の内側だ。外じゃない……」
「ふむ、なるほど……。隠れているつもりなのだろう」
封印を解いた瞬間、安堵と共に訪れる油断。それは意識していても完全に消し去ることは難しい。
そんな僅かな隙を突こうという巧妙な罠だ。
「ひとまず、扉の前に陣取ろう。先手は取れないが後手に回ることもない。出てくる場所がわかっているだけでも対処しやすい」
警戒感を強めながらも地下3層へと下りていく冒険者たち。
暫くすると第一目標へと辿り着く。
そこには、僅かに光を帯びた巨大な扉が鎮座していた。
「おいおい、なんだよこりゃ。水浸しじゃねぇか」
そこは漏れ出た地下水の終着点。封印の扉がそれを堰き止め、かなりの水が滞留していた。
その水深は、膝に届くかどうかと言ったところだが、不幸中の幸いか水は空気のように澄んでいる。
「水没してないだけマシか……」
エドガーが、様子を見に水の中へと入って行く。
「うひぃ、つめてぇ……」
痛みを伴うほどの低温に顔が歪むも、軽い凍傷程度なら回復術で後からどうにでもなると突き進み、周囲の安全を確認すると皆も負けじと水の中に足を入れた。
「リクセン。頼んだぞ」
「ああ」
リクセンと呼ばれた魔術師が扉の前に近づくと、そこで大きく深呼吸。
気を落ち着かせ、解錠の為の魔力を両手に込めると、目の前の扉にそっと触れた。
「【解析ぁぁぁぁぁぁッ!」
「どうした、リクセン!?」
扉に両手を着けながらも、激しく悶えるリクセン。
何かの罠かと皆が身構えるも、それはどちらとも言えない微妙なものだった。
「扉に手がくっついちまって離れねぇ! 助けてくれッ!」
それは、凍着現象と呼ばれるもの。
冷えた金属や氷に触れると、肌がくっついて離れなくなってしまう現象の事で、寒冷地ではよくあることだ。
なんとも緊張感のないやり取りに、皆が呆れた視線を向ける中、当の本人はそれどころではない。
「我慢しろよ……」
ヴォイドがリクセンを引っ張ると、ベリベリと不快な音を立てながらも扉から手を離す事に成功する。
「いっ……てぇ……」
扉に残った手形は、氷結した生皮だ。
リクセンの手のひらは、人体模型の筋肉標本のようで痛々しい。
「大丈夫。神聖術師は豊富だ。すぐ治る」
それが罠であったのか、自然の影響かは不明だが、解決するのは簡単だ。
炎系の魔法で扉を炙り、触れる温度にしてやるだけでいい。
その為にと神聖術師がリクセンを囲み、手の治療を始めたその時だった。
「トラッキングに反応! 後ろだ!」
物凄い速度でダンジョンを降りてくる1つの影。それは地下3層の手前でピタリと足を止めた。
「魔獣か? それともこっちがデュラハンか!?」
「わからんが、少し手前で停止した。……こっちもやべぇことには変わりねぇ……」
「挟撃に注意しろ。各自警戒を怠るな!」
その後、リクセンの手を急いで癒し、更には防御魔法までも配り終える時間があった。
おかげで冒険者達の戦闘準備は万端なのだが、トラッキングに映る魔物の反応は、どちらも全く動かない。
静まり返ったダンジョンに反響する水のせせらぎ。
「何故、襲ってこねぇ……」
真っ暗な通路の先に得体の知れないバケモノがいるのはわかっているが、確かめに行く術はない。
それは、導火線が燃え尽きても爆発しない不発弾を確認しに行くようなもの。
狭い通路での戦闘は悪手。出来れば攻めて来てもらいたいが、相手もなかなか動かない。
気が遠くなるほどの膠着状態。
足の感覚は既に無く、凍てつくような冷気が気温の変化を物語る。
聞こえるのは、冒険者達の息遣い。何時の間にか、水のせせらぎも鳴り止んでいた。
(静かすぎる……)
その違和感に気が付いたのは、リクセンだ。
「――下だッ!」
その声に、誰もが自分の足元を見た。
そして自分たちの足が、分厚い氷の中に閉じ込められていることに気が付いた。
「しまったッ!」
ただの溜池であったはずの足元が、今や一面の氷湖である。
各々が足元の氷を割ろうと、必死に武器を振り下ろす中、動きを見せた未知の敵。
「魔物が動いた! 正面に注意を……いや、待て。何故下がる……。逃げた……?」
これ以上ないチャンスにも拘らず、トラッキングに映っていた反応は、近づくどころかむしろ逆に遠のいていく。
それがトラッキングの範囲から外れた頃、静かだったダンジョンが、僅かに振動し始めた。
徐々に大きくなっていく地鳴り。その正体に気付いたヴォイドは、絶望に顔を歪ませる。
「水だぁぁぁぁッ!」
部屋の入口から押し寄せる怒涛の荒波。
それは、人の力で逆らえる流量を遥かに超え、土砂や木材までもが混じる津波のようでもあった。
「【石柱】!」
リクセンとは別の魔術師が、咄嗟に唱えた魔法。
それは水の勢いを弱めはしたが、水路を完全に遮断するには至らない。
足は動かず、水面は徐々に嵩を増す。その状況を打開できるのは、1人だけ。
唯一、扉に手が届く者だ。
「リクセン! 扉の封印を解けぇッ! 早くしろぉッ!」
「【解析】!」
凍着現象など気にしてる場合ではない。
即座に封印の解析を始めたリクセンだったが、迫りくる水に集中が乱されない訳がなく、結局それが間に合うことはなかった……。
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