小鳥の楽園にて
暫くすると、ロバートに連れられ応接室へとやって来たのは、一見何処にでも居そうな中年のギルド職員の男性。
「く……九条様! お……お久しぶりです……」
「久しぶり。元気だったか?」
「え……ええ……おかげさまで……」
何故か怯えた様子を見せているのは、モンドという名のギルド職員。
ギルドではそこそこの役職についているらしいが、実は旧友なんて真っ赤な嘘。直接会うのは、今日で2回目。
だが、モンドは俺の事を熟知しているはずである。何を隠そう、裏の顔はネクロガルドの諜報員なのだから。
初めて会ったのは、グランスロードのメナブレア。俺とエルザとの約束を知らず、無謀にもシャーリーとアーニャを勧誘してしまった可哀想な男である。
「じゃぁ、飯でも食いに行こうぜ?」
「は……はひぃ!」
ロバートの目を欺く為、仲良しアピールのつもりでモンドとガッチリ肩を組むも、まるでカツアゲでもしているかのよう。
正直怯え過ぎだが、ひとまずそこは目を瞑ろう。
「いってらっしゃいませ」
ロバートに見送られギルドを後にすると、当てもなく寂しい街並みを歩く。
モンドはというと、俺とミアの後ろを付いてきてはいるのだが、その足取りは重そうだ。
ネクロガルドの関係者だとバラされるのを警戒しているのか、それとも、シャーリーとアーニャの事を未だ根に持っていると思われているのか……。
今更、そんなこと蒸し返したりはしないのだが、突然の呼び出しともなれば不信になるのも仕方ない。
「別に取って食う訳じゃありません。今日は、頼みがあって来たんです」
「九条様が、私に頼み……でございますか?」
「ええ。モンドさんしか知らない安全な場所を探しているのですが、心当たりはありませんか?」
俺がそう言った途端、モンドは顔色を変え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
どうやら、俺の言いたいことを察してくれたようである。
「……これ以上ない、打って付けの場所がございます」
モンドに連れられ歩く事約30分。大通りを1本外れた枝道に入ると、くたびれた大きな宿屋の前で足を止めた。
日当たりが悪い為か壁には苔が繁茂し、営業しているのかも怪しい佇まい。
まぁ、人目につかない方がありがたいのだが、宿屋の看板が出ている以上、他の客がいないとも限らない。
それは俺が求める完璧とは程遠く、期待外れ感は否めなかった。
「こちらで御座います」
その扉を開け入って行くモンドに、ひとまずはついて行く。
「……いらっしゃい……」
入口からすぐ傍のカウンターにいたのは、従業員とは思えない態度の男だ。
背もたれの革が意味を成さないほどボロボロの椅子に浅く座り、特に長くもない足はカウンターの上。……にも拘らず、まるで人生を諦めたかのような覇気のなさは、あらゆるものに無関心とでも言いたげである。
「2年と2か月前から予約していたモンドだ」
「……お部屋のご希望は?」
「そうだな……。大きめの部屋でベッドは2台。3階で窓がある東側の部屋がいい」
「かしこまりました。ご案内は――不要ですね……」
億劫だとばかりに、立ち上がる店主。
壁に掛けられていた1本の鍵を手に取ると、俺の顔をチラリと確認した後、モンドにそれを手渡した。
「ありがとうご主人。では、行きましょう九条様、ミア様」
薄暗い廊下を奥へ奥へと進んでいき、3階の部屋だと言っていたのに階段を下って行くモンド。
灯りのない地下通路を暫く進むと、ようやく目的の場所であろう部屋に辿り着いた。
辺り一面が闇一色。モンドが備え付けのランタンに明かりを灯すと、その全容が明らかになる。
ベッドがない所為か、若干広くも感じられる8畳ほどの部屋。置かれていたのは一般的な四角いテーブルと、それを囲むように椅子が4つ。
その雰囲気は、まるで牢獄にでもいるかのようだ。
「どうでしょう九条様。組織の拠点は幾つかございますが、秘密裏であればここが最適と言えましょう。ご覧いただいた通り、組織の暗号を知る者しか入れない場所でございます」
「でも、宿屋として営業しているんですよね?」
「勿論です。廃墟に人が出入りしている方が怪しまれるでしょう? 心配せずともこんな宿に一般の客など来やしません。……まぁ、1泊金貨60枚をお支払いできる富豪の方であれば、その限りではございませんが……」
「このボロ宿で、金貨60枚!? ……いや、すいません……」
「いえいえ、不自然と思われるでしょうが、この宿の歴史を遡ればそれも怪しまれないほど、ある意味曰く付きの宿なのです」
小鳥の楽園。そう呼ばれていた宿の過去を、詳しく語るモンド。
それは、これ以上ない場所――と称するだけの説得力を持ち合わせていた。
「急な申し出ですまないが、この場所を暫く借りたい」
「それは構いませんが……。九条様はこれからどうなさるおつもりで? ほとぼりが冷めるまで、ここで潜伏を?」
「いえ。それほど長居しようとは思ってません。先方が俺の死を望むのならば、その通りにしようかなと。その上で隠居するつもりです」
恐らく、どんな手を使おうと禁呪使用の疑いが晴れることはないだろう。ならば、望み通り死んでやればいいのである。
しかし、死罪を受け入れれば、ミアが悲しむことになる。それを回避する唯一の方法が、自分の死を偽装し教会の目を欺くこと。
と言っても、そう難しい事ではない。従魔達に作ってやった九条君人形と原理は同じ。そこに自分の魂を入れれば、精巧な影武者が完成する。
そこで問題になってくるのが、抜け殻となった俺の本当の身体の隠し場所。
信用の出来る者に見張っていてもらいたいが、従魔は連れて来ておらず、かといってミアが急にいなくなれば不信に思われかねない。
そこで、ネクロガルドに白羽の矢を立てたという訳だ。
自他ともに認める闇の組織。隠れ家的なアジトがあってもおかしくはなく、俺が禁呪を使用していることも知っている。
彼等は俺を必要としていて、死なれては困ると考えているなら、協力せざるを得ないはず。
ネクロガルドには借りを作りたくないなどと言っておきながら、この体たらく。
虫がいいのは百も承知だ。後で何を求められるのかは不安だが、背に腹は代えられない。
「まぁ、10年もすれば、皆俺の顔なんて忘れてますよ。最悪、短期間の外出であれば、別の身体を借りれば事足りますし……」
先程のギルドでも、皆が俺だと気付くまでにかなりの時間を要した。コット村を除けば、知り合いはそう多くない。
「ネクロガルドの威信にかけて、御身の守護はお任せください」
モンドの面持ちは真剣そのもの。その言葉に嘘偽りはないのだろう。
なんとも皮肉な話である。少し前までは厄介な存在であった組織が、今や誰よりも信頼できるのだから……。
「よろしくお願いします……」
深く頭を下げる俺に倣うかのように、ミアも一緒になって頭を下げた。
もちろんミアも合意の上。俺は今後表舞台から消え、ダンジョンで細々と暮らしていく。
そこに関して不安はない。当然、冒険者としての活動はできなくなるが、そもそも望んで冒険者をやっていた訳でもない為、特に未練もないというのが正直なところだ。
心残りは、リリーやネスト、バイスに最後のお別れが出来ない事くらいか……。
派閥に入ってからは、厄介な仕事を押し付けられ辟易とすることも多々あったが、改めて想うと少し寂しい気もするのは、心のどこかでその状況を楽しんでいた自分がいたからなのかもしれない。
「九条様。まだ諦めるのは早すぎます。我々もただ手をこまねいていた訳では御座いません」
「それはどういう……」
「知らないとは思いますが、リリー様は現在足止めされている状況です。恐らくは九条様の事を知られない為に、ワザと帰還を遅らせているのでしょう」
「……可能性は考えていましたが、やはりそうでしたか……」
通信術はギルドの領分。モンドであれば、その内容を知ることも可能なのだろう。
リリーが責任を取ると言う話も、俺の首を縦に振らせるための嘘だったということだ。
バイアス公の身辺を探る為、ピーちゃんを預かってもらったのだが、どうやらその必要はなかったらしい。
「どうする、おにーちゃん? バイアス様が嘘をついてたって言えば、味方になってくれる人もいるかも……」
「いや、やはり計画はこのまま進めよう。それをバイアス公に突きつけたところで、ヴィルザール教が俺を諦めるわけじゃない。それに、ギルドから情報が漏れたと知られれば、今度はモンドさんが危険に晒されるかもしれないからな」
「く……九条様が私の心配をッ!? このモンド、感無量で御座いますッ!」
流してはいけない機密情報と、これ以上ない安全な場所を提供してくれるのだ。それも組織には無断で……。
それだけで十分こちらの助けになっている。これ以上を望めば、俺がエルザからどやされかねない。
ギルドに潜伏している諜報員がどれほどの割合かは不明だが、そう多くはないだろう。
その貴重な1人であるモンドに、ネクロガルドの疑いが掛けられたとすれば、呪いによって命を落とす可能性だってある。
それは、俺の為に死んでくれと言っているようなものであり、国の為に死ねと言っているバイアス公と、一体何が違うと言うのか……。
正直言って神経を疑う。俺にはそんなこと、口が裂けても言えやしない……。
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