戦闘講習
「やっぱり運命の人だ!」
ミアが嬉しそうに抱きついてくる。
「ミアは……ガブリエルなのか?」
「ううん、違うの。私が戦争で死んじゃうかもってなった時、天使様が助けてくれたの。その時、天使様が言ったんだよ? 5年後、コット村に新しい冒険者が生まれるから、その人と一緒にいなさいって……。それが私を助ける条件なんだって」
その5年後が昨日――だとしても、なぜ5年も前に……。
相手が神なら、時間を自由に操作出来ても不思議ではないが……。
「その天使様は、他に何か言ってたか?」
「えっと、合言葉と、このことは天使様との秘密ってことかなぁ?」
「それ……今、俺に話してるけど大丈夫なのか?」
「あっ!」
時すでに遅しといった雰囲気で固まってしまうミアであったが、特に変わった様子はない。恐らく俺は例外なのだろう。
どういう意図があるかは知らないが、突き放すよりは傍に置いておいた方がよさそうだ。
別に、四六時中一緒というわけでもあるまい。
「じゃぁ、自己紹介でも……」
「大丈夫! さっきギルドの名簿見たから」
「そうか。じゃぁ、その……これからよろしくな」
「うん!」
これでもかと笑顔を向けてくるミア。素直で可愛らしく、心が温かくなるような気持ちにさせてくれる。
子を持つ親の感情も、今ならわかる気がした。
「ただ、運命の人って言うのは止めてくれないか? なんというか、他の人に聞かれたら誤解を生んでしまいそうだ」
それを聞いたミアは、少し不満そうである。
「みんなの前で運命の人なんて言ったら、天使様のことがバレるかもしれないぞ?」
理由としては少し苦しいかとも思ったが、ミアは口を尖らせながらもしぶしぶ頷いた。
その代わり、俺はお兄ちゃんと呼ばれることになった。まぁ、運命の人よりはマシである。
「じゃぁ、ギルドの説明するね?」
ミアはベッドに腰掛けると、そっと俺に身を寄せた。
冒険者のプレートについて。
カッパー・ブロンズ・シルバー・ゴールド・プラチナの順にランクが上がる。
これは本人が持つ適性の能力をどれだけ引き出せるかの指標のようなもの。
ギルド職員のプレートも考え方は同じだが、それは適性値とは全くの別で、ギルド内の格付けである。
担当している冒険者の評価が高いほど、そのサポートをする担当の評価も上がるということだ。
一部例外はあるものの、冒険者が町や村の外で依頼を遂行する際には、担当職員の許可または同行が求められる。
複数人のパーティで依頼を受けた場合でも、最低1人は同行しなければならない。
冒険者は担当ギルド職員を守る義務があり、逆にギルド職員も冒険者を守る義務がある。
どちらか片方が死んでしまった、などという場合には厳しい罰則が科せられるのだ。
「説明はこんな感じだよ。あとわからないことがあったら、いつでも聞いてね」
「あぁ、大体わかったよ。それで、俺はこの後どうすればいいんだ?」
「お昼を食べたら、戦闘講習があるよ。だけどコット村のギルドには講師がいないから……。どうするんだろ? 後で支部長に聞いてみるね」
「そうか、じゃぁ飯でも食うか」
「うん。一緒に食べる!」
「あ……あぁ」
断る理由はないが、なんというか凄い懐きようで、ホントに自分の娘なんじゃないかと思うくらい距離感が近い。
いくらガブリエルがそう命じたとは言え、初対面で警戒したりはしないのだろうか?
「はやく行こう?」
自然と差し出される右手を優しく握り返し、俺達は食堂へと降りて行った。
2人で定食が出来上がるのを待っていると、ソフィアも丁度お昼の休憩ということで、相席することになった。
ミアがあまり乗り気ではないのは、ソフィアが上司だからなのだろう。
上司からの誘いが断れないのは、どこの世界でも同じのようだ。
暫くすると、食事を運んで来たレベッカ。その視線は俺のプレートとミアのプレートを交互に行き来していた。
「ミアが、おっさんの担当になったのか?」
「えぇ。話の流れで……」
「そっか……」
ほんの少しだけ陰りを見せたレベッカは、何かを察したようであまり深くは聞いてこなかった。
「それにしても、ミアは随分と明るくなったじゃんか。ちょっと前までは、湿っぽい雰囲気だったのに」
「おにーちゃんの担当になれたから!」
「ふーん。こんなおっさんの何処がいいのかね……。ちゃんとミアのこと守ってやれよ? おっさん」
「ああ」
レベッカはすべての料理をテーブルに置くと、ソフィアとミアの前に伝票を置いてキッチンへと戻っていった。
「そういえばこの後、戦闘講習だと聞いたんですが……」
木製のスプーンで熱々のスープを口に入れようとしていたソフィアの動きが、僅かに止まった。
「え……えぇ。そうですね」
「講師がいないと聞いたんですけど……」
「えーっと、講師はカイルさんにやってもらおうと思ってたんですけど、出来るかどうか……」
「支部長? カイルさん、急ぎの依頼とか入ってましたっけ?」
「いえ、そういう訳では……」
ソフィアは明らかに動揺していた。
その様子に、俺とミアは顔を見合わせ首を傾げる。
良くはわからないが、ソフィアからは満足な回答が得られなそうだと、その矛先をミアへと変えた。
「戦闘講習ってどんなことするんだ?」
「講師さん……カイルさんと戦うんだよ?」
「え、マジですか? 魔法とか使えないんですけど……」
「あ、それは大丈夫です。魔力欠乏症状態で魔法を使わせるようなことはしませんから」
取り繕った笑顔で答えるソフィア。
「大丈夫だよ。武器は貸りれるし、ケガしないように防御魔法もかけるもん」
「ま……まぁ、講習といっても実力測定みたいな形式上のことで、結果がどうであろうと、冒険者をクビになったりはしないので……」
正直、体力にはあまり自信がない。
格闘技の経験もなく、あるのは学生の頃授業でやらされた剣道や柔道くらいで、柔道に至っては受け身くらいしか覚えていない。
不安で仕方ないが、本当に大丈夫だろうか……。
食事を終え一息ついていると、武器屋の親父が迎えに来た。
村のギルドは規模が小さい為専用の訓練施設はなく、武器屋の裏庭を借りて講習をしているらしい。
そこは、村と森との境界線に存在する小さな空き地。村の外壁からは圧迫感を感じるほど。
申し訳程度に囲っている柵はまるで小さな牧場で、そこには武器という武器がズラリと立てかけてあった。
短剣、曲剣、直剣、両手剣、槍、片手斧、両手斧、鞭、弓、棍棒、メイス、ハンマーなどなど。
基本は全て押さえてあるとでも言いたげな品揃え。
この中から好きな物を使って、講習を行うとのこと。
「気に入ったら買っていってくれ」などと言われ、商魂逞しいおっちゃんだなぁと思う反面、残念ながらカネはなく、ない袖は振れないのだ。
暫くするとソフィアとカイル、それと1人の若者がやって来た。
あれは確か防具屋のせがれだ。昨日の飲み会に顔を出していたのを覚えている。
一緒になってついて来たのは、大勢の村の子供達。
ソフィアの周りに集まっているところを見ると、それだけ人気があるのだろう。
優しそうな笑顔がそれを裏付けている。
「すいません。危ないからついてきちゃいけないって言ってるのに……」
断り切れないのは相手が子供だからか、それとも意志の弱さ故か……。
「だって、カイルのにーちゃん戦うんでしょ? 見たいもん」
「「ねー?」」
どうやら、子供達のお目当ては戦闘講習の見学のようだ。
カイルは広場の中心に、担いでいた先の尖った細い丸太をドスンと勢いよく突き刺した。
それを両手持ちのハンマーで、ガツガツと地面へと打ち込んでいく。
その後、防具屋のせがれから金属製の盾を受け取り、革紐で丸太にぐるぐると括り付けた。
「よし。子供達には悪いが今回は手合わせじゃない。これを相手にしてくれ。手合わせしたいのは山々なんだが、ちょっと体調が悪くてな……」
丸太に括り付けた盾をコンコンと叩くカイル。しかし、その表情は笑顔。正直体調が悪いようには見えない。
「「えー……」」
子供達からは非難の声が上がる。
「だから来る途中に言ったろ? 模擬戦をするわけじゃない。見世物じゃないんだ。ほれ、帰った帰った」
「なーんだ、いこーぜ」
お目当ての物が見れないと知るや、子供達の半分はどこかへ行ってしまった。
残った半分の子供達はソフィアが目当てのようで、まだ帰る気はなさそうだ。
「で、俺はどうすればいいんですか?」
「はい、お好きな武器で盾に攻撃していただければ大丈夫です」
ゲームセンターにあるパンチ力測定マシンみたいな事をやればいいのか。
「えっと、盾とか傷ついちゃうと思うんですけど、いいんです?」
「大丈夫です。傷つかないように、盾には防御魔法をかけますから。あと、先程も申し上げました通り、形式上やるだけですので小突く程度でいいですよ?」
それに異を唱えたのは武器屋の親父。職人魂に火が付いたのだろう。
「何いってんでいソフィアちゃん。俺の店の武器を貸してやるんだ、どうせだから思いっきりやっちまえ!」
「そーだよ。ウチの盾がこんなもやし武器で壊れるわけないから、おもいっきりやっちゃいなよ」
それを聞き逃してはなるものかと武器屋の親父は、防具屋のせがれに詰め寄った。
「……おい、防具屋。てめぇ今なんつった?」
「ウチの防具は、こんなもやし武器じゃ壊せないっつったんだよ!」
「あぁん!?」
「あわわ……。ここは穏便にいきましょう、穏便に……」
ソフィアは武器屋と防具屋の意地の張り合いに割って入るが、どちらもやる気は満々だ。
自分の店の商品に自信があるのだろう。
「ほっといていいんですか?」
「やらせとけ。武器屋と防具屋は昔っから仲が悪いんだ」
カイルがそう言うなら、その間に武器を選んでおこうと近くにあったロングソードを手に取ってみる。
「ぐっ……おっも……」
片手で持てなくはない……。持てなくはないが、振り回すというより、振り回されてしまうだろう重さだ。
ロングソードは諦めてショートソードを手に取るも、こちらもやや重い。――が、一応振ることは出来そうだ。
「おにーちゃんは適性なんだったの?」
「死霊術と鈍器らしい」
「ハイブリッドなんだ。めずらしいね」
「あぁ、そうみたいだな」
「死霊術は戦闘向きじゃないし使えないだろうから、鈍器から選んだ方がいいよ?」
わかってはいた。しかし、誰もが1度は憧れる武器だと思ってロングソードを最初に手に取ったが、確かにこの重さの物を片手で持ち、なおかつ戦わなければならないとなると現実的ではない。
というわけで剣は保留。ミアに言われた通り鈍器の中から軽そうな棍棒を手に取った。
当たり前だが金属でない分、剣よりは全然軽い。これなら使えそうだ。
「それにしても、棍棒って生ハム原木に似てるな」
「ぷふっ」
それを聞いて、クスリと笑顔を見せるミア。
生ハム原木で通じるということは、この世界にもあるのだろう。見れば見るほどよく似ている……。
「おにーちゃん、これにしようよ。強そうだよ? んむぅ……」
ずるずるとミアが持ってきてくれた――いや、引きずってきたのはハンマーだ。
先ほどカイルが使っていた物より小さい片手用の物。
片手用と言ってもDIYで使うようなトンカチではなく、長さ的にはメイスやショートソードと同じく60センチくらいでその頭はネイルハンマーに近い形状。
打撃面はより大きく平らで、その反対側は尖っていて先端はより鋭利になっている。
「危ないぞ、ミア」
重量のバランスが先端にある為、威力は高そうだが剣より扱いにくそうだ。
――と思っていたのだが、それを手にすると意外にもひょいと持ち上がる。
見た目に反してとても軽い……。プラスチック……ってことはないよな……。チタン製だろうか?
どう表現したらいいかわからないが、感覚的には金属の塊とは思えない重さ。体感だと2リットルのペットボトルより軽い。
「どお? おにーちゃん。使えそう?」
「あぁ、軽い。軽すぎて逆に痛くなさそうだ」
「それはきっと、適性が効いてるからだよ。おにーちゃんの適性ランクはカッパーだけど、いっぱい使って適性が成長すれば、もっと使いやすくなるよ。プラチナプレートの剣士さんは、剣で岩をバターみたいに切るんだって」
元の世界で木魚を叩きまくってたから、その経験が適性として現れているのだろうか。
木魚を実際に叩いたことがある人はそういないだろうが、あれは結構力を入れなければいい音は出ない。
最近の物は、それほど力を必要としないと聞いているが、実家にあったのは結構な年季物だった。
「よし。じゃぁ折角ミアが選んでくれたことだし、これでいこう」
まずは素振り。危ないので、ミアには少し下がってもらい、それを片手でぶんぶんと振り回す。
それを見ていたソフィアとカイルの顔色は何時になく悪い。
カイルは体調不良のようだが、ソフィアも大丈夫だろうか?
「うん、いい感じだ。とりあえず武器はこれでいこうと思うんですけど……」
「そ……そうですか……」
「じゃ……じゃぁ防御魔法を展開するので、なるべく穏便にお願いしますね?」
「おもいっきりやったれ兄ちゃん! ガハハ」
ソフィアには悪いが思いっきりいこうと思う。
この世界では、俺よりミアの方が先輩だ。ここで俺の実力を測ってもらえば、今後受ける依頼の選別もしやすいだろう。
身の丈に合わない依頼を受けて、死んでしまうのは御免である。
「じゃぁ皆さん、柵の外に出て下さい」
「おにーちゃん、がんばってねー」
ミアの応援に、片手を上げて答える。
「じゃぁミア。あなたは外側の防御魔法お願い」
「え? 私が外側担当するんですか? 支部長の方が、高度な魔法使えるんじゃ?」
「私は盾にかけるから。念の為……」
「はぁ。わかりました」
ミアはあまり納得できない様子。
しかし、それが上司の指示であればと、言われた通り魔法をかけた。
「【範囲防御術(物理)】」
盾を中心に広がるドーム状の薄い膜が全体を覆い、その内側に俺だけが取り残された状態。
「【強化防御術(物理)】」
続いてソフィアは丸太に括り付けられた盾へと魔法をかけた。
盾が輝き出し、表面が緑色の膜に覆われる。それは肉眼でハッキリ見えるほどの厚みだ。
「え? 強化!? 支部長、そんなに強い魔法展開するんですか?」
「え……えぇまぁ……。一応予備として……。念の為……」
「きれいですね……。これちょっと触ってみてもいいですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
暑くもなく冷たくもない透明な膜が、盾に貼り付いているといった感じ。
触り心地はガラスやアクリルに近いツルツルだ。
「よし、じゃぁいきますよ?」
「おにーちゃん、がんばれー」
軽く深呼吸して気持ちを整えると片足を上げ、ハンマーをバットのように振りかぶる。
「せーのぉ……」
最大限の空気を肺に溜め込み、足で地面をガッチリ掴む。
そして可能な限り全体重を乗せた力で、ハンマーを一気に振り抜いた。
それは渾身の力を込めた奇跡の一撃。
「おりゃぁぁぁぁ!」
それが盾にインパクトした瞬間、激しい金属同士の擦れで火花が上がり、耳を塞ぎたくなるような轟音が辺りに響いたのだ。
2人が張った防御魔法はどちらも粉々に砕け散り、バラバラになった盾の破片が魔法の残光を反射して、キラキラと輝き辺りに舞い上がる。
持っていたハンマーの頭部はポッキリと折れ、村と森とを分け隔てていた木製の壁には、大きな穴が開いていた。
皆、理解が追い付かず、口を開け固まっていたのだ。
何より1番驚いていたのは、それをやった本人である。
「……そうはならんやろ……」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマーク。それと下にある☆☆☆☆☆から作品への応援または評価をお願い致します。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。