祭りの後
まだ村が目覚める前の早朝。ミアの誕生日パーティーから一夜明け、俺はというと食堂へと向かって歩みを進めていた。
なんと爽やかな朝だろうか。薄っすらとした霧の中、歩きながらも深呼吸。
自然の匂いが鼻孔をくすぐり、空気は美味い。
少々肌寒いと感じる気温も、グランスロードの極寒に比べれば可愛いものだ。
「お? 約束通りの登場だねぇ。感心感心」
鍵のかかっていない食堂の扉を開けると、奥のカウンターからレベッカが顔を出す。
寝ぼけ眼の俺とは違って、明瞭快活。その元気を少しだけ分けて貰いたいくらいだ。
「おはよう。レベッカは今日も早いな」
「まぁね。それよりも、本当に手伝わなくて大丈夫かい?」
「ああ。レベッカは食堂の開店準備で忙しいだろう?」
「それとこれとは話が別さぁ。報酬次第で一肌でも二肌でも脱いじゃうよ?」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
まだ陽の入らない食堂。ぐるりと辺りを見渡すと、昨晩の賑やかさが嘘のような静けさ。
壁一面を覆うパーティー用の飾りつけは、昨晩の余韻。祭りの後は、少々切ない。
「さてと……。やりますかぁ」
椅子に腰かけ、一息つきたい衝動に駆られるも、大きく背伸びをして気合を入れる。
何故、早起きしてまで食堂に赴いたのかというと、誕生日パーティーの片付けを誰もしていないからだ。
食堂は今日も通常営業。開店までに片付けるのが、レベッカとの約束だった。
「それにしても、プラチナの冒険者が片付けに精を出すなんて考えられないね。ギルドに依頼を出しちまった方が、楽できるんじゃないのかい?」
「そりゃそうだが、片付け程度に冒険者を使うのもな……」
確かに片付けるのは面倒臭い。レベッカの言う事も一理ある。
しかし、別に他の用事があるわけでもないのだから、出来る事は自分でやるのが俺の性分。
「そんなことより、レベッカはどうなんだ? そろそろ人を雇った方がいいんじゃないか?」
「ん? 私を心配してくれるのかい? ……まぁ、誰かさんの所為で毎日が忙しいからねぇ」
レベッカから向けられる視線が痛い。
これも、俺達がグランスロードに行っている間に起こった変化の1つだ。
村の東門が関所となり、商人たちの往来が増えた事により、食堂の利用者が爆発的に増えた。
そもそも村のお食事処と言えばここしかないのだから、当然と言えば当然だ。
閑古鳥が鳴いていた食堂も、今や満員御礼が当たり前。既に嬉しい悲鳴を通り越し、ガチの悲鳴と言っても過言ではない。
「まあでも、忙しい時は手伝ってくれる優しい奴等がいるから大丈夫さ。ほら、噂をすれば……」
レベッカが視線を扉に移すと、そこにいたのは他でもないシャーリーだ。
いつもの冒険者スタイルとは違い、ラフな格好。何処からどう見ても町娘。
腰の短剣は、護身用といったところか……。
「おはよう九条。ちゃんと片付けに来たのね。偉いじゃん」
「誰かと思えば、出禁ちゃん1号じゃねーか」
「出禁ちゃんってゆーなぁ!」
でも、事実である。
「で? 2号もレベッカの手伝いか?」
扉の前で頬を膨らませていたシャーリーの後ろから姿を現したのは、出禁ちゃん2号ことアーニャ。
「私は、アイスクリームの残りを処分しに来ただけだけど?」
タイミング的にレベッカの手伝いかと思ったが、どうやらシャーリーとは別件らしい。
自分の欲望に忠実と言うべきか……。残り少ないアイスクリームの競争率は高いだろうが、開店時間はまだ先だ。
「じゃぁアーニャ。お前、片付けるの手伝え。どうせ開店まで待つんだろ?」
「じゃぁって何よ。嫌に決まってんでしょ」
「そうか……。なら、残りのアイスは全部俺が食うから品切れだ。そして、今後一切アイスは作らない」
「ちょっと! そんなの横暴よ! ……レベッカも笑ってないで、なんとか言ってやってよッ!」
「アハハ。すまないね。仕入先には逆らえない運命なのさ」
お手上げとばかりに肩をすくめるレベッカに、悔しそうな顔のアーニャ。
「ぐぬぬっ……。わかったわよ! 片付けるだけだからね! やるからには、さっさと終わらせちゃいましょ!」
どうやらアーニャの中では、アイスクリームへの渇望の方が勝っていたらしい。
ちょっとした冗談のつもりだったのだが、人手が増えるのは大歓迎。
アーニャは、なんというか出会った頃に比べると、随分と垢抜けたような気がする。
遠慮がなくなったというべきか、本性を隠さなくなったと言うべきか……。
村に溶け込んでいる……とまではいかずとも、気兼ねなく話せるようになったのは、良い傾向と言えるだろう。
――――――――――
プラチナプレートにゴールドプレートが2人。コット村の最高戦力を集結させ、やっている事といえば食堂の仕込みとお片付けだ。
随分と贅沢な使い方だが、その甲斐あってかどちらの作業もあっという間に片付いた。
「ん~甘くておいしぃ~」
頭がキーンってなれ! という念をアーニャに送るも、どうやら不発。
朝一で腹に入れるのがアイスクリームという、お子様の妄想のような食生活は如何なものかとも思うのだが、それで機嫌が直るのだからなんとも単純な性格をしている。……勿論いい意味でだ。
2人のおかげで食堂の開店までは時間がある。折角手伝ったのに待たせるのは悪いからとレベッカの厚意に甘え、一足先に4人での貸し切りティータイムと相成った。
「で? なんでアイスクリームをメニューに入れないわけ?」
「そりゃ、製氷にはカイエンの力が必要だからだよ。従魔とはいえ、アイスの為に氷を作り続けろとは言えんだろ。たまにでよければ作ってやるから我慢しろ」
「そのカイエンはどうしてるの? 姿が見えないようだけど……」
「東の森に帰省中だ。……間違っても直接頼もうとするなよ?」
「わかってるわよ……。それで? いつ帰ってくるの?」
絶対わかっていない気がする……。
「さぁな。俺は放任主義なんでね」
規格外の大きさ故に新たな小屋の新設も検討していたのだが、カイエン曰く必要ないとのこと。
遠慮しているのか、そもそも狭い場所を好まないのかは不明だが、必要になったら言うとだけ言い残し東の森へと帰って行った。
107番ダンジョンに加え、仲間のブルーグリズリーたちの事も気になるのだろう。
最近はたまに帰ってきては、餌を要求して戻って行くというのを繰り返している。
「そういえば、九条のプレゼント。ミアちゃん、喜んでくれた?」
アーニャ同様、アイスクリームを頬張るシャーリーだが、食べる方が忙しすぎて、なんというか聞き方が少々おざなりだ。
「ああ。おかげさまでな」
「そう。なら良かったじゃない。空箱を贈るなんて言い出した時は、どうなる事かと思ったけど」
「ホントそう。九条から、あんなメルヘンなアイデアが出てくるとは思わなかったわ」
「メルヘンゆーな……」
それも、ある意味シャーリーとアーニャのおかげだ。
誕生日パーティーの開催は決まった。ならば次に必要となるのは祝ってくれる参加者だ。
何も言わずとも村人であれば集まるだろうが、それでは少し物足りない。
そこで手っ取り早く俺の名前で釣ってしまおうと、ミアにはバレないようこっそり告知していたのである。
村の門番をしている間、シャーリーが訪れる人々にパーティーの詳細を宣伝し、参加希望者はアーニャからパー券を受け取るシステム。
その間に、参加希望者からはプレゼントの内容を聞いていたので、何が贈られるのかはある程度把握していたのだ。
だからこそ、ジュエリーボックスという発想に行き着けた。
「それで? 結局パー券は、何枚発行したの?」
「70枚弱ってとこだな」
「じゃぁ、通行税70回分か……。大丈夫? おカネ足りる?」
「大丈夫だ。事後にはなるが、ネストさんにもちゃんと報告する」
俺がパーティーを主催すると言っても、全ての者が足を止める訳じゃない。
そんな商人たちを足止めする作戦として考えたのが、通行税割引システム。
ミアに誕生日プレゼントを贈ると、パー券として配った木板に自家製のスタンプを押す。
それを東門の関所に提示すれば、金額に応じて通行税が1回に限り、最大無料になるシステムだ。
「上手い事考えたわよね。面会の許可証がなくても九条とお近づきになれるチャンスだし、更に通行税が免除されるなら、多少予定を遅らせてでも待つもの」
勿論、差額は俺が補填するのだが、それほどの赤字は出ない計算だ。
通行税の一部は元々俺に還元されているし、そこから出せば十分補える額に収まるはず。
「ミアの為とは言え、商人たちに囲まれる九条は見ていて滑稽じゃったぞ?」
背後から突如聞こえてきたのは、老婆特有のしわがれた声。
そこには、不敵な笑みを浮かべたエルザが立っていた。
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