誕生日パーティー
夕陽がゆっくりと西の空に傾いていく頃、全員との挨拶を終えると、ようやく自分の思い描いたパーティーが開かれた。
会場はいつもの食堂だけど、今日は貸し切り。代り映えしない殺風景なただの壁も彩り豊かな装飾が施され、テーブルに並んだ美味しそうな料理に誘われた人々が、数多く集まっている。
騒がしいほどの会話と楽しそうな笑い声。その様子は、第1王子の使いの騎士さんを追い出した後に行った宴を思い出す。
「ホラ! みんな、どいたどいたぁ!」
厨房から聞こえてきた大きな声。そこから出て来たのは、大きなケーキを両手に抱えるレベッカさん。
それは、遠目から見てもわかる特別製。見た事のない造形は美しく、皆がそれに見惚れてしまうほどである。
大勢の人の間を縫うようにして運ばれてきたそれは、慎重かつ丁寧に目の前のテーブルへと置かれた。
「どうだい? この大きさ! しかも、アイスクリームのオマケつきだぁ!」
「すごい……。これはレベッカさんが?」
「いや、まぁ作ったのは私だけど、レシピはおっさ……九条の考案さ。まさか、ケーキの上にケーキを重ねろだなんて言われるとは思わなかったよ。流石プラチナになる奴は、発想も違うわ」
周りから上がる感嘆の声に、おにーちゃんは照れるでもなく苦笑い。
純白のドレスを身に纏ったかのようなホールケーキ。しかも、それが3段重ねともなれば、圧倒的存在感だ。
色とりどりのフルーツが各層に盛られ、天辺には王都でしか食べられないアイスクリームまで添えられている。
「アイスクリームの為に、王都にまで行ったの?」
「いや、自家製だ」
腕を組み、得意気に話すおにーちゃん。
それもそのはず、アイスクリームは滅多に食べられない高級品。
「作ったの!? 氷は!?」
「ワダツミとカイエンがいれば、氷はいくらでも精製できるからな」
「――ッ!?」
盲点だった。確かにおにーちゃんの言う通りだ。
アイスクリームの材料は、牛乳、卵黄、生クリーム、砂糖の4つ。砂糖以外の物は、全て村で手に入る。
最大の問題点は氷の調達の難しさ。冬の内に沢山作って保存しておくのだが、氷室なんて一部の大規模商会くらいしか持ってない。
貴族くらいのお金持ちなら、魔術師を雇って氷を作らせるんだろうけど、効率は悪く当然コストもかかる。
しかし、ワダツミとカイエンに頼めば、その氷がすぐに手に入る。
ということは……。
……これからは、アイスクリームが食べ放題――ってコト!?
とは言え、ロウソクの灯りに照らされたそれは最早立派な芸術品。ケーキというより小さなお城だ。
「本当に、食べちゃってもいいの?」
「当たり前じゃないか。ミアの為に用意したんだ」
「でも……」
目の前に広がる甘い香りは、これでもかと食欲を刺激してくるのだが、フォークを入れるにはやや抵抗がある。
食べたいんだけど、もったいない……。そんな私の葛藤をよそに、おにーちゃんは容赦なくケーキにフォークを突き立てた。
そして艶々と輝くぶどうが乗った部分を器用に切り取ると、あろうことか、おにーちゃんはそれを私の口元へと運んだのである。
「ほら、あーん」
「――ッ!?」
まさかの出来事に、顔がすごく熱くなった。こんなに積極的なおにーちゃんは久しぶりだ。
2人だけの時なら素直に喜べたかもしれないのに、今は皆に見られている。
しかし、悠長に悩んでいる暇はない。
差し出された銀色のフォークからは、今にも生クリームが零れ落ちそう。
「……あ……あーん……」
ぎゅっと目を瞑り、勇気を出して口を開けると、舌が押し戻される感覚とともに襲ってきたのは濃厚な甘味。
それは想像の倍以上。感動のあまり、目を輝かせてほっぺたを押さえてしまうほど。
「はうぅ……」
言葉にならない美味しさ。口の中に広がるフルーツの甘さと、クリームの滑らかさが奏でるハーモニー。
その味わいは、おにーちゃんの優しさも一緒になって口の中に溶け込んでいくかのよう。
「どうだ? 美味いか?」
「うんッ! ……でも、一人じゃ食べきれないから、みんなで食べよ?」
そんな私に満足したのか、おにーちゃんはホッと安堵の表情を浮かべ、ケーキひとくち頬張った。
「さぁみんな! ミアからのお許しが出た! ケーキを食いたい奴は切り分けるから一列に! それ以外は、酒でも飲んでろッ! 今日は全て俺のおごりだッ!」
「「おおおおッ!」」
こうして、誕生日パーティと言う名の大宴会が幕を開けた。
参加人数が多すぎて、外で飲み始める人も出ちゃって大騒ぎ。レベッカさんだけじゃ回しきれずに、ギルドの皆が厨房を手伝ったくらい。
私だけがサボってるみたいで、ちょっとだけ悪い気もしちゃう。
普段とは違う一面を見せる食堂。笑い声と歓声が交じり合う光景を前に、少しだけ目頭が熱くなった。
美味しそうな料理を口いっぱいに詰め込む人もいれば、その背中を叩く人。
お酒を飲み、何かを熱く語る人もいれば、その話に耳を傾ける人もいる。
それぞれの表情や仕草から、人々が互いに寄り添い楽しさを共有している様子が直に伝わってきた。
今までは、ただそれを外側から眺めているだけだったのに、今日は違う。
共にその雰囲気に溶け込んでいる一員であるという感覚は、何ものにも代え難く、特別な何かを感じられたのだ。
「「ハッピーバースデー、ミア!」」
周囲の温かな愛情に包まれて、心から幸せな気持ちでいっぱいだった。
そのお返しになればと、自分が思う最高の笑顔を振り撒いたのだ。
「みんな、ありがとう!!」
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