摂政殿下
スタッグ王国の第2王女であるグリンダが地下牢へと幽閉され、スタッグ国王が病に伏せる。
病と言っても精神的なもの。暫くお休みなられていれば回復するだろうと、誰もがそう考えていた。
実際それは、徐々にではあるが回復へと向かっていたのだ。
その間、国王としての公務を代行しているのは第1王子であるアルバート。
とはいえ、それは一時的。幼少のころから父を見て育ち、王になる為の教育も申し分なく受けてはいるが、優秀な父のおかげか急務な仕事など無いに等しい。
統治と行政に問題はなく、国防も急がねばならぬほどの状況には置かれていない。
やれることと言えば、外交と同盟形成。財務管理と司法権の行使くらい。
折角の代行である。アルバートは、何か出来る事があればと思案してはいるのだが、これと言ってやることもなく、端的に言えば暇であった。
「バイアス公。何か僕に出来る事はないか?」
玉座に腰を下ろし、呆けた顔でひじ掛けにもたれ掛かるアルバート。
年の頃は九条と同程度。爽やかな金髪は耳にも額にもかかっておらず、清潔感に溢れている。
王族にしては体格が良く、一見騎士の出のようにも見えるのは、しっかりと身体を鍛えているから。
剣の適性を持ち、冒険者であればシルバープレートに近い実力があるのではないかと噂されてはいるのだが、実戦経験はない。
若干おしいと感じる点は、最近になって伸ばし始めた口髭があまり似合っていないことだろう。
王の代理として威厳を――と考えてのことだが、それが出るにはまだまだ時間がかかりそう。
「そうですなぁ……。既に外交使節団として、リリー様をサザンゲイアへと派遣されましたし、それだけで十分なのではないでしょうか?」
そんなアルバートに、助言するのは第1王子派閥のトップであるバイアス公爵。
ヴィルヘルムほどではないが、ふくよかな体つきの50代男性。そのため運動は苦手だが、バイアスの神髄は別のところにある。
軍事がニールセンなら、政治のバイアス――と言われるほど公爵の中でも一目置かれている存在だが、両者が親密かと言われると、そうではない。
ニールセンはグリンダを、バイアスはアルバートを次期国王にと推していたのだから当然だ。
その結果、グリンダの失脚により跡継ぎ問題はバイアスに軍配が上がったと言っても過言ではなく、バイアスはこれ以上ないほどに勢い付いていた。
「折角のチャンスだというのに、こうやることがなくては実績を積むこともままならぬではないか……。なぁ、バイアス公?」
結果を出し、父親からも次期国王として認められたい。アルバートの逸る気持ちもわかるのだが、バイアスの心境はまったくの逆である。
ニールセンが台頭していた頃であれば焦りもしただろうが、もうその必要はないのだ。
(グリンダ様は失脚した。既に次期国王は決まったようなものなのに、実績作りを焦る必要が何処にあるのか……。ここは次期国王らしくどっしりと構えていてもらいたいものだが……)
とはいえ、アルバートが第1王子として何かを成したのかと言われれば、特にはないというのが正直なところ。
かと言って、何もしていなかったり、遊び惚けている訳でもない。最大の要因は、アルバートの性格にあった。
それは野心家でありながらも、不確定要素を嫌う傾向にあるということ。
故に、外交や交渉事は大の苦手。関心を寄せる公務と言えば、成功が約束された簡単なものばかり。
そのしわ寄せはエドワードとリリーが被ることになり、結果アルバートが霞んで見えてしまっていたのだ。
残念ながら、アルバートのアドバンテージは長男であるということのみ。
そんなアルバートの機嫌を取るという意味でも、バイアスは何かしらを見繕うべきかと頭を悩ませる。
「そうですなぁ……。ならば司法権を行使するのはどうでしょう?」
「というと?」
「罪人を裁くのです。もちろん法を無視するような突拍子もない判決を言い渡すのは言語道断ですが……何事も経験でしょう」
「僕はどうすればいい?」
「そうですね……。まずは手始めにグリンダ様と面会してみてはどうでしょう?」
「なぜ僕が今更あんな奴と……。あいつは国賊だぞ?」
「確かにそうなのですが、妹君には変わりない。気に掛けている素振りを見せておけば、陛下からの印象も変わるのではないでしょうか?」
「ふむ……一理あるな……。妹を心配する兄……悪くないシナリオだ……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるアルバート。
玉座に座っていたところで、特にやることもない。ならば、地下牢へと赴くのも一興かと立ち上がる。
王族故、地下牢に足を踏み入れたことなど一度もない。そこはアルバートにとっては未知なる場所だ。
王位継承権をなくしたグリンダに興味はないが、置かれている立場とその環境には興味があった。
ズラリと並ぶ鉄格子。照明は最低限で、自然光は殆ど入らず薄暗い。不十分な換気により、カビ臭さと錆びた拘束具の匂いが充満していて、それは奥へといくほど顕著になる。
ダンジョン探索をする冒険者の気分が味わえるかもしれないと、アルバートが期待に胸を膨らませ玉座の間を出ようとしたその時だ。
アルバートは、一人の男に呼び止められた。
「おぉ、アルバート王子。良い所に……」
ジュストコールに身を包んだトーマス伯爵は、王派閥に所属する者の一人だ。
国王が病床に伏せっていると聞きつけ、見舞いにやってくる貴族は多く、最近ではその光景も当たり前となってる。
「王子?」
「あぁいえ、失礼しました。アルバート摂政殿下」
アルバートが一瞥すると、トーマスは改めて頭を下げ言い直す。
「陛下が摂政殿下をお呼びで御座います」
「お父様が?」
アルバートとバイアスが顔を見合わせる。
どちらにも身に覚えのない呼び出しだが、断れるわけがない。
「わかった。すぐに向かうとしよう」
「あぁ、それともう1つ。リリー様はどちらに?」
リリーの名を聞いた途端に、顔色を変えたアルバート。
それに気付いたのか、バイアスがすかさずフォローに入る。
「リリー様は現在、公務によりサザンゲイアへと赴いている。それが何か?」
「ふむ……困りましたね……。摂政殿下同様に陛下が探しておられるのですが……」
「そうであったか。ならば、その件については私から陛下に説明しておこう」
「左様ですか。では、私はこれにて……」
恭しく頭を下げ背中を見せるトーマス。それが見えなくなると、バイアスは盛大な溜息をついた。
「大丈夫です、アルバート様。きっと良き判断であったと、陛下もお喜びになる事でしょう」
「……そうか?」
「そうですとも」
リリーをサザンゲイアへと送り出したのは、アルバートの一存であった。
リリーの評判は言わずもがな。それはアルバートも認めているところだ。
その魅力は他国にも影響を及ぼす程であり、リリーならすぐに同盟を締結して帰ってくると思っていた。
同盟を締結できれば自分の実績になり、失敗してもそれはリリーの責任。どちらに転んでも、アルバートに損はなかった。
しかし、陛下の裁可は得られていない。アルバートは功を急ぐあまり、報告をしなかったのだ。
それを、今更ながらに後悔した。そのことが陛下の耳に入り、呼び出されたのではと不安に駆られたのである。
賞賛か? 叱責か? それとも全く別の用事か……。
アルバートとバイアスは、胃の痛みを堪えながらも王の待つ寝室へと向かって行った。
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