表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/715

忘れ難き過去

 ミアは高鳴る鼓動を抑えようと、両膝の上でこぶしをぎゅっと握り締めた。


(ネストさんとバイスさんは、私の過去を知っている……。どっちだろう……。真実か……、それとも偽りか?)


 ほんの数秒の時間が、ミアには永遠のようにも感じられた。


「ミア、話したくなければ無理に話さなくてもいい。人には多かれ少なかれ秘密がある。俺はそれを無理に聞こうとは思わない」


 ミアが顔を上げると、そこには真剣な眼差しで自分を見つめる九条の姿があった。


(いつもやさしく微笑みかけてくれるおにーちゃん……)


 その表情はいつもとは違っていた。戸惑いの色を隠しきれてはいなかったのだ。


(おにーちゃんはやさしい。その声を聞くだけで、波立つ心も自然と落ち着く……)


 このまま黙っていれば、自然と昨日までの生活に戻れるのだ。予定通り適性試験を受けて、コット村へと帰るだけ。


(おにーちゃんに心配を掛けたくない……)


 だが、それは偽りの日常だ。たとえ元の生活に戻れたとしても、過去のわだかまりは消えやしない。


(それを隠し続けたままの生活に意味があるのか? 本当にそれで満足できるのか?)


 ミアは自問自答を繰り返す。


(おにーちゃんが真実を知った時、私の事を信じてくれるだろうか? もし、信じてくれなかったら……)


 ミアの中に込み上げてくる不安。それは小さな胸が押しつぶされてしまいそうなほど。


(おにーちゃんに嫌われたくない。もう一人ぼっちは嫌だ……)


「大丈夫だミア。ゆっくりでいい」


 そんなミアを見かねて、九条はいつものようにミアの頭をやさしく撫でた。

 それだけだった。たったそれだけの事なのに、ミアはこれ以上ない位に安堵したのだ。

 ここが自分の唯一の居場所であり、拠り所なのだと悟ったのである。


(おにーちゃんは私を守ってくれると言ってくれた。きっと大丈夫……。おにーちゃんになら話せる。隠し続けて後悔するよりずっといい……)


 ミアは勇気を奮い立たせ覚悟を決めると、開けるつもりはなかった記憶の扉に手を掛ける。

 そして、ゆっくりと言葉を紡いでいった。


「私の最初の担当がロイドさん……。ロイドさんのパーティと一緒にダンジョンに巣食うミノタウロスの討伐をするっていうのが担当としての初仕事だったの。地下6層までは難なく辿り着けた。でも、ミノタウロスには手を出さなかった。そこで持ち掛けられた話が、別の街で買ったミノタウロスの角を討伐の証としてギルドに納品するって話……」


 ミアは感情を押し殺し、当時の情景を思い出しながらも淡々と語っていく。

 九条には、公平な立場で聞いて貰いたかったのだ。


「私は不正は良くないって言ったの。そうしたら、お前が報告しなければバレないって脅されて……。拒んだ私は、装備と荷物を奪われてダンジョンに置き去りにされた……。一生懸命走ったの! だけど、追い付けなかった……。周りには魔物の群れ……。私にはどうすることもできなくて、帰還水晶を使った……」


 ミアは、今でもふと迷うことがある。どうしてあの時の自分は上手く動けなかったのだろうと……。

 あの時不正に加担していれば、こうはならなかったんじゃないかと……。


「ギルドにはちゃんと報告した……。討伐しなかった事。不正しようとしている事……。それから数時間でロイドさんのパーティがギルドに帰ってきた。……報告は……わたしが……パーティを……見捨てて……逃げたって……」


 ミアの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

 感情を抑えているはずなのに、込み上げてくるそれを必死に耐えた。


「……ホントなのに……誰も……信じて……ぐれなぐで……わだじ……わだじは………ッ」


 ミアの瞳から一粒の涙がこぼれると、握った拳に滴り落ちる。

 それを皮切りにボロボロと溢れ出てくる涙は、既にミアには止められなかった。


(ダメだ。しっかりと最後まで話さないと……。これでは泣いて同情を買っているみたいにみえちゃう……なのに……)


 そんな思いとは裏腹に、声が思うように出てくれない。

 もう誰にも話すことはないと思っていた過去の記憶。思い出せば思い出すほど悔しくて涙があふれる。

 当然と言えば当然なのだ。ロイドはガンガン力を付けていて勢いもあり、この辺りではかなり名の知れたパーティ。

 対してミアは、担当選別を拒否し続けてきた不真面目なギルド職員。

 どちらを信用するかなんて最初から決まっていたのだ。


 泣きながら、それでも必死に話そうとしているミアを九条は静かに抱き寄せた。

 ミアから出て来る声は嗚咽ばかり。これ以上は聞けなかったのだ。

 辛く悲しい過去の記憶。それだけでも後のことは十分想像が出来る。


「ミア、もういい。お前は悪くない……」


 九条はミアを抱きしめながら背中をさすり、泣き止むまでそうしていた。


(やはり連れて来るべきではなかった……。そうすれば辛い過去を思い出させることもなかった……)


 自責の念にかられ、唇を強く噛みしめる。


「九条。ここからは俺とネストが話す。最初に言っておくが、ミアちゃんの為に調査をした訳じゃない。俺達は俺達なりの目的があった。結果としてミアちゃんの言っていることが真実だった。ということだ」


 バイスとネストは顔を見合わせると、無言で頷いた。


「ロイド達はギルドに6本の角を納品した。それはちょっとした話題になった。僅か8時間足らずで6体のミノタウロスを倒すのは至難の業だ。それをやり遂げた。ギルドは大いに沸いたし、その功績を称えロイド達には臨時報酬が出たほどだ」


「でも、それは無理なのよ。ダンジョンのあるアンカース領はウチの領地。ダンジョンの魔物が地上に出てこないようにする為に、定期的に討伐依頼を出すわ。その依頼をロイド達が受けた。アンカース領は馬で駆けてもここから2時間。小型のダンジョンだけど6層まで進むのに2時間。残り3時間で討伐対象6体を倒し、来た道を戻る。出来るはずがないのよ」


 ミノタウロスは牛の首を持つ人型の魔物だ。

 身長は小さい者でも2メートル。大きな斧を武器として使用することで知られている。

 地下5層から10層程度を縄張りとしていることが多く、軽くて丈夫な角が武器や防具に使われることがある為、定期的に討伐依頼が出されている。 


「おかしいと思った俺とネストは、すぐにダンジョンへと潜ったが、ミノタウロスの死体は1体も確認できなかった。ロイド達の不正を確認したと同時に、ミアちゃんの言っていることが嘘じゃないということがハッキリしたわけだ」


「じゃぁ、それをギルドに報告すればいいだろ」


 それは、九条がどれだけ憤っているのかが理解できる程に荒い口調だ。


「もちろんしたとも。ギルドはアンカース領の領主。つまりネストの父親に依頼料を全額返金した。にも拘らず、ロイドが不正した事実は公表しなかった。勢いのあるロイド達の評判を落としたくなかったのか、ロイド達に買収されているのかはわからないが、依頼料を全額返金されていることもあって、こちらからはもう口出しできないんだ」


 目の前の小さな女の子1人救えない無力感に打ちひしがれ、奥歯を噛み締めるバイス。それはネストも同様であった。


「最初に言ったが、ギルド内部の事までは冒険者が何を言っても意味がない。だからここで九条は勝て。そうすればギルドはロイドを持ち上げるのを止めるだろう。カッパーに負けたシルバーなんか持ち上げても意味がないだろ?」


 徐に立ち上がったカガリは、ウロウロと落ち着かない様子を見せていた。


「主、お気持ちは分かります。しかし気を落ち着けてください」


 それは九条の耳に入らない。ミアを撫でながらも、負の感情が沸き上がって来るのを押さえきれなかったのだ。


「……模擬戦中にロイドが死んだら、事故扱いになりますか?」


 その声は低く、憎悪に満ち溢れていた。


「いや、待て九条! 事故じゃ済まない! 気持ちはわかるが落ち着け!」


「そ……そーよ九条! 落ち着いて! 殺しちゃったら真実も闇の中だわ。殺さずに勝ってロイドの口から真実を話してもらいましょう。それがいいわ!」


 バイスとネストは必死になって九条を止めた。それだけの実力があることを知っているのだから当然である。


「九条が本気を出したらギルドが潰れちまう。……いや、ギルドなんてどうでもいいが、そんなことで九条を罪人にはしたくない!」


「九条。あなたなら私達をダンジョンで殺すことも出来た。けど、そうしなかったのは、あなたが悪人じゃないからよ。ロイドのしたことは許せることじゃないけれど、あなたの人生を懸けるほどの相手じゃない。よく考えて!」


 落ち着きを取り戻したミアは、ぐちゃぐちゃになってしまった自分の顔を袖で拭うと、憎悪に満ちた九条の鋭い瞳を見つめ笑顔を見せた。


「おにーちゃん。私は大丈夫だから……。おにーちゃんが捕まっちゃったら一緒にいられなくなっちゃう……。私はおにーちゃんがいればそれでいい……」


「ミア……」


 ミアの笑顔は、無理に作ったぎこちないもの。九条を掴む手は小さく非力。

 そんな年端も行かない子供を騙し、貶めようとしたのだ。


(到底許すことなぞ出来やしないが、それで俺がミアの傍に居れなくなるのは不本意だ……)


 九条はミアの為にと、ほんの僅かばかり溜飲を下げた。

 しかしそれでも尚、九条がロイドに怨嗟を覚えたのは事実であり、2人が争うには十分な理由であったのだ。


――――――――――


 スタッグギルド地下訓練場。すり鉢状で大きさは小さな体育館くらいはあるだろうか。

 その中心には10メートル四方の舞台。その周りには観客席とは名ばかりの雛壇。

 壁にはレンタル用だろう武器や防具が並べられていて、どれも年期が入っている。

 さすが王都のギルドだけあって、その種類も豊富。

 ステージの中央には、既にマルコとロイドが立っていた。


「逃げないでよく来たな。褒めてやるよカッパー」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるロイド。

 キラキラと輝く値の張りそうなフルプレートアーマーは、まるで新車のような輝きだ。

 バイスの鎧は質実剛健といった性能重視な物に対して、ロイドの物はデザインを重視したかのような作り。

 フルフェイスの兜を左手に持ち、忙しなく上下に動かしているのは筋トレのつもりだろうか?

 ロイドが使うであろうショートソードとタワーシールドを持っているマルコは、荷物持ちのクセに何故そこまで勝ち誇った表情でいられるのかが理解出来ない。


 それとは別に訓練場には多くの冒険者が集まっていた。

 その一角にある小さなテーブル。木箱が置かれ、中には溢れそうなほどの金貨が入っている。

 その隣で必死にペンを走らせているのが、賭けの元締めなのだろう。

 シルバー対カッパーなんて賭けが成立するわけがない。俺が負ければ大赤字だろうに、物好きもいたものである。

 その顔を拝んでやろうと目を凝らすと、どことなく感じる違和感。

 それに真っ先に気付いたのは、ミアであった。


「あっ……。あの人……傭兵の……」


 思い出した。ボルグ達に傭兵として雇われていた魔術師(ウィザード)だ。

 その声に反応を見せた男は、ようやく俺の存在に気が付いた。


「お……落ち着いて聞いてくれ……九条さん! 俺はもう傭兵稼業を辞めて、今はまっとうに冒険者をやってるんだ。悪い事は何もしてねぇ!」


 別に咎めるつもりはなかったのだが、そのビビりようは半端じゃなかった。

 元の世界と違って賭博は禁止されていない。ネストもバイスも乗っかっているのだ、悪いことではないのだろう。


「はぁ……」


 俺が溜息をつくと、その男は耳元で声を潜めた。


「ネストとバイスはお前の強さを知ってんだろ? 俺も知ってる。大丈夫だ。お前のことは誰にも喋ってねぇ。お前に賭けてる奴は俺とその2人だけだ。お前も自分に賭ければ丸儲けだぞ?」


 極悪人が悪だくみをする時に浮かべるような、汚い笑顔を浮かべる男。

 俺の強さを知っているこいつなら、賭けが成立するのも頷ける。

 腰の革袋の中に入っているのは金貨15枚。俺はそれを無言でテーブルへと置いた。


「へへ……。そうこなくっちゃぁ」


 その男は紙に俺の名前と金貨15枚を支払った事を書き込むと、そこから1枚の金貨を取り上げ、俺へと差し出した。


「これは?」


「とっとけよ。リンゴ代だ。美味かったぜ?」


 今度は極悪人とは程遠い、さわやかな笑顔。

 突然のことで目を丸くし、ワンテンポ遅れてそれを受け取った。

 案外いい奴なのだろうか?


「よし、そろそろ始めるぞ! ルールの説明をする」


 舞台の上でパンパンと手を叩き、注目を集めたのはバイスだ。模擬戦の審判を買って出たのである。

 こちら側有利の審判ではあるが、ゴールドプレート冒険者が不正なぞしないことは皆理解している。

 シンと静まり返る場内。両者が舞台へと登り、お互いが対峙すると会場内は拍手と歓声に包まれた。


「ルールは戦闘講習と同じ。防御魔法が先に消失した方が負けだ」


「俺はデスマッチでもいいが、それじゃカッパーがかわいそうだからなぁ。それで勘弁してやるよ」


 ロイドが俺を見下し、ニヤケ顔を晒すと会場の何処からかヤジが飛ぶ。


「カッパー相手にイキってんじゃねぇよ!」


 もっともだ。会場内に笑いの渦が巻き起こる。


「チッ……」


 舌打ちするロイド。

 見学している冒険者達の全員がロイドの味方というわけではないようだが、賭けのレートはロイドの方が圧倒的に優勢だ。


「で、勝負の回数は……どうする?」


「カッパー。お前に決めさせてやるよ」


「じゃぁ、5回3本先取でお願いします。強い先輩と出来るだけ長く戦って、多くのことを学びたいので!」


「ほう、殊勝な心がけじゃねぇか……」


 ロイドは少々面食らっているようだが、俺はもちろんそんなこと微塵も思っておらず、1発でも多くぶん殴ろうとしか考えてない。

 バイスは俺の言っている意味がわかったのか、一瞬不安そうな表情を浮かべた。


「お互いに条件は?」


「あるに決まってるだろ。カッパー、お前は俺をバカにしたんだ。その償いとして負けたらギルドを引退しろ」


「だから、カッパー相手にイキんなっつーの」


 またしてもロイドに対するヤジで、会場から笑いが起こる。


「わかりました。そのかわりこちらが勝てばミアに謝ってもらいます。そして真実を公表してください」


「ミア……真実……? あぁ、あのことか。いいぜ。負けるわけないからな」


 不敵な笑みを浮かべるロイド。

 目が合ってしまったミアは、カガリの影へと隠れた。


「よし、じゃぁそれぞれ使う武器をステージに用意しておけ」


 ロイドはマルコから装備を受け取り、俺はレンタル用の武器棚からハンマーを4本取り外すと、それを抱えて舞台へと戻る。

 コット村で借りた物とほぼ同じ、片手用のスレッジハンマーだ。

 使い込まれているので細かいキズが所々に見受けられるが、使用には問題ないだろう。

 手加減なぞしない。ぶっ壊す覚悟でいこう。どうせ勝てばカネが手に入るのだ。弁償はいくらでもできる。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


よろしければ、ブックマーク。それと下にある☆☆☆☆☆から作品への応援または評価をお願い致します。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ