スタッグギルド
次の日。朝食に呼ばれて食堂へと顔を出すと、そこにネストの姿はなかった。
セバスの話によると所用で出払っているとのことなので、暇になった午前中は散歩を兼ねて観光へと行こうと思う。
少しでもミアの気分転換になればいいのだが……。
「ミア! デートに行くぞ!」
「!?」
自分の口からデートと言うのは恥ずかしかったが、思いの外ミアは喜んでくれた。
ミアは、カガリに跨り街中を闊歩する。コット村ではそれが日常だが、王都ではそうはいかない。
カガリを見るたび立ち止まり、驚いた様子を見せつつ道を開ける街の人々。申し訳ないと思いながらも、その様子が滑稽に見えて頬も緩むというものだ。
ちょっとした食べ歩きをしながらの散歩道。活気のある市場に、馬車の往来が激しい大通り。目に映るもの全てが新鮮で心が躍る。
さすがにカガリを店にいれる訳にもいかず、買い物は露店が中心であるが、それでも十分に満足出来る散策であった。
2時間程度の外出で、巡回している警備兵に職務質問をされること3回。
こんなデカイ魔獣を連れていたら、そりゃそうなるだろうとは思ってはいたが、ギルドプレートとアンカース家のペンダントを見せるだけですぐに解放されたのには驚いた。……恐るべし貴族……。
長い間忘れていた感覚。誰かとする散歩なんて何時ぶりだろうか……。
元の世界では仕事以外で外に出ることは少なかった。
別にブラック企業に勤めていたというわけではない。実家は寺で、就職先が葬儀屋なだけ。
家を継いだのは兄で、自分は就職活動もろくにせず坊主として実家の手伝いをしていた。
近年の檀家の寺離れで家の経営が苦しくなってから、父親のコネで知り合いの葬儀屋に就職したのだ。
学生の頃の飲み友達は社会に出ると疎遠になり、そんな時間が長く続くと、慣れからか1人で居たほうが気楽に感じられた。
しかし、この世界に投げ出されミアと一緒に生活するようになってからは、それが一変したのだ。
正直最初はどう接すればいいのかわからなかったが、今ではミアがいない生活は考えられない。
隣で微笑みかけてくれるだけでいい。それだけで俺に元気を与えてくれるのだ。
口に出すのは気恥ずかしいが、こんな生活が続くのも悪くない……。本気でそう思っていたのである。
気分転換を満喫して屋敷に戻ると、ネストは俺達を待っていた。
「じゃぁ、行きましょうか」
王都にはギルドが2つ存在している。全てを統括している本部と、通常業務の支部だ。
本部は統括業務がほとんどで、帰還水晶やマナポーションなどの錬金製品の製造も担っているらしい。
帰還水晶でのゲート出口は、こちらの帰還魔法陣に転送される仕組みだ。緊急で使われることが多いため、医療班も常駐している。
今回案内されたのは、本部ではなく支部の方。
とはいえ王都の支部である。見上げるほどの大きさはベルモントのギルドよりも更にデカイ。
ネストが勢いよく扉を開けると、かなりの数の冒険者が目に付いた。
比較的少ないと言われる午後でさえ、この数だ。
中は広いが、基本的にはコット村のギルドと変わりない配置。受付カウンターに掲示板。それと冒険者の待機用だろう長椅子に、テーブルの数々。
何もかもが大規模で、依頼掲示板は見えるだけで3つも存在している。
そこにはコット村とは比べ物にならないほどの依頼書が、山のように張り付けてあった。
「おい……。あれ見ろよ。孤高の魔女だ……」
「ギルドに顔を出すなんてめずらしいな……」
どうやらネストは結構な有名人らしい。
まあ、ゴールドで貴族というだけでも知名度はかなり高そうではある。
「ちょっと支部長を呼んでくるから待ってて頂戴」
近くのギルド職員に声を掛けるネスト。数秒のやり取りの後、2人はそのままカウンター裏へと消えていく。
ひとまず言われた通り待っていようと最寄りの椅子に腰かける。
ミアはというと、カガリの上でうつ伏せ状態。顔を隠し、両手両足でがっちりホールドしているその姿は、カガリがリュックを背負っているようにも見えなくもない。
恐らく知り合いと顔を合わせたくないからなのだろうが、そんな小細工も虚しく、皆の視線はカガリに集中していた。
「おい、アレ見ろよ……。午前中に噂になってた魔獣だろ?」
「使役してるのは上に乗ってる奴か? 隣のカッパー――ってことはねぇよな?」
「上の奴動かないけど大丈夫か……?」
ミアのリュック擬態作戦は即バレしていた。
俺達を話題にするのは構わないが、出来れば聞こえないようにお願いしたい。
正直言って居心地が悪い。まるで常連客だらけの店に1人で入ってしまったかのような場違い感である。
「あれ? お前は……」
出来るだけ目を合わせないようにと俯いていたのだが、聞いたことのある声にふと顔を上げてしまった。
「ゲッ……」
俺はそいつを知っていた。インテリクソ眼鏡である。
俺が冒険者登録をした翌日、担当候補としてコット村を訪れていた3人のギルド職員の内の1人だ。
ソフィアに高圧的な態度を見せ、いがみ合いへと発展したのをよく覚えている。
「コット村のカッパーじゃないか。何しに来たんだよ? お前が受けれる仕事はここにはないぞ? 早く帰れよ」
「人を待っているだけだ」
相変わらず上から目線で話すのが気に入らない。
ギルドではプレートで優劣がつけられるのはわかるが、だからと言って年上にとる態度ではないだろう。
相手はどう見ても俺より年下。ネストやバイスは敬語ではないにしろ、普通に接してくれていた。
カッパーだからと見下すようなこともなく、後から貴族だと知って、逆に驚いたくらいだ。
「となりの従魔はお前のか? 獣くせぇから外に出しとけよ」
カガリは気にするそぶりも見せず知らんぷりを決め込んでいる。
カガリにビビらないのは、冒険者がギルド職員に対して手を出さないと分かっているからだろう。
「おい、死神。目の前に先輩がいるのに挨拶もなしか?」
ミアの身体がビクッと跳ねた。
抱きつかれているカガリには、はっきりと伝わっているのだろう。ミアが小刻みに震え、怯えているということに。
「主、この者の存在はミアにとって有害です。早めに処分することを奨めます……」
カガリに言われずともわかっている。俺がミアに関わるのをやめろと口を開こうとした瞬間だった。
出入口の扉が勢いよく開かれ、皆の気がそちらに反れたのだ。
「おっす九条! ネストはどーした?」
そこに立っていたのは、腰にショートソードを下げただけのラフな格好をしたバイスであった。
辺りを見回し、俺を見つけると笑顔を見せる。
険悪だった雰囲気も何処かへ吹き飛んでしまうほどの陽気さだ。
「バイスさんじゃないですか! ニーナが迷惑をかけたようですみません!」
バイスの突然の登場に、インテリクソ眼鏡は満面の笑みでバイスの前へと躍り出る。
正直言って助かった。おかげでインテリクソ眼鏡の意識がミアから逸れた。
「それでですね。ニーナの奴、バイスさんの担当外されるみたいなんですよ。なので次の担当は自分というのはどうでしょうか?」
インテリクソ眼鏡の変わり身の早さと言ったら……。
俺達の事は、すでに眼中にないらしい。
「いや、今のところすぐに依頼を受ける予定はないから、担当はまだ決める必要はないな」
バイスはインテリクソ眼鏡の肩を掴むと、邪魔だと言わんばかりにグイっと横に押しのけ、俺の隣にドカッと腰を下ろした。
「で? ネストはどーした?」
「え……ええ。支部長を呼んでくるとかで裏の方に行ったみたいで……」
「そっか。んじゃとりあえず待っとくか」
バイスが来たのは偶然ではない。最初から俺のプレート再鑑定に立ち会う予定だったのだ。
「おい……あのカッパー。バイスとも知り合いなのか……?」
「何者だ……あいつ……」
「弟子……とか?」
やはりというか、ゴールドプレートともなると、そこそこ名が知られているようである。
それでも諦めないインテリクソ眼鏡は、バイスの正面にぐるりと回り込むと、俺との会話を遮る勢いで喋り出す。
「バイスさん。失礼ですが、コイツとは知り合いですか?」
俺を指差すその表情と言ったら酷いものだ。まるで汚物でも見るような目つき。
「ああ、コット村で依頼を手伝ってもらったんだよ。なぁ九条?」
「ええ」
「こんな奴に手伝ってもらったんですか……?」
その言葉を聞いてバイスの眉がピクリと跳ねた。
明らかに不機嫌。眉を細め、睨みつけるような視線をインテリクソ眼鏡へと向ける。
「なんだてめぇ? それは俺の人選ミスだと言いたいのか?」
その凄みはさすがのゴールドプレートといったところ。貫禄が違う。
「いえ、そういう訳では……」
失言に気付き視線を泳がせたインテリクソ眼鏡だったが、その先にはミアがいた。
怒りのはけ口として丁度良かったのだろう。
「死神! 今僕のこと笑っただろ!? 先輩に対してなんだその態度は!?」
ミアは笑ってなぞいない。完全な言いがかりである。
勢いでミアに掴みかかろうとするインテリクソ眼鏡を、ただ黙って見ているつもりはなかった。
伸ばした腕を掴み、引き離す。
「貴様! 何の真似だ!? カッパーの分際ですっこんでろ!」
王都のギルドはみんなこうなのだろうか? 沸点が低すぎる。
少しでもミアに触れようものなら、カガリだって黙っちゃいない。そのままいけば、インテリクソ眼鏡はケガではすまなかっただろう。
それを止めてやったのだ。感謝してほしいものである。
「ミアは俺の担当だ。担当を守るのは冒険者の務めだろう? なんの問題がある?」
正論なだけに、尚更気に食わないのだろう。
我慢の限界を超えたインテリクソ眼鏡は、胸のプレートに手をかける。
それは、魔法を使用するという意思表示。
何が来てもいいように身構える俺に対し、声を上げたのは別の冒険者だった。
「やめろマルコ。そっちのカッパーも出しゃばりすぎだ」
「ロイドさん……」
俺達を止めたのは、ロイドと呼ばれた冒険者だ。
胸には、これ見よがしに揺れるシルバーのプレート。
スタイルのいい男性。女性ウケしそうなハンサムといってもいいだろう。整った顔立ちで歳はバイスよりも若く、20歳前後といったところか。
武器の類は持っていないが、筋肉の付き具合から見て物理系適性なのだろうことが窺える。
インテリクソ眼鏡の名前は、マルコというらしい。
マルコはプレートから手を離すと、ロイドに食って掛かった。
「何故、止めるんです!?」
「職員同士のいざこざなら裏でやれ」
その理屈はおかしくないだろうか? 裏でもやっちゃいけないことだと思うのだが、俺が間違っているのだろうか?
正直言って、どちらの印象もクズである。コット村に来ていた冒険者達とは雲泥の差だ。
「カッパー、お前もだ。職員同士の喧嘩に首を突っ込むんじゃない」
今のを見て喧嘩だと思ったのならロイドの目は節穴だ。
どう考えても一方的な物言いだった。ミアは一言も返していない。
ハタチ前後の男性が僅か10歳の女の子相手に喧嘩? いじめの間違いだろ?
「目ぇ腐ってるんじゃないですか?」
「……おい、カッパー。今なんて言った?」
カッとなってしまい、つい本音が出てしまった。
「カッパー。お前はわかってないようだから教えてやる。ギルドは実力こそ全てだ。わかるか? 俺はシルバー。マルコもシルバーだ。お前はカッパーだろ? カッパーはカッパーらしく先輩の言う事をよく聞くことだ」
「そんなこと、ギルドの規約には一切書いてありませんでしたよ?」
「てめぇ……」
握り拳を震わせ表情を歪ませるロイドだが、俺は間違ったことは言っていない。
ギルドの規約には、自分よりランクが上の冒険者の言う事を聞かなければならないとは記述されてはいなかった。
しかし、正論で殴ると怒らせてしまうということも、よくわかっているつもりだ。
大人しく謝っておけば収まっていたかもしれないが、それは何の解決にもならない。
結局はロイドもマルコと同じ、プレート至上主義なのだろう。
ならばこの場を治めることが出来るのは、ゴールドプレートであるバイスだけ。
この期に及んでバイスに助けを求めるのは虫が良すぎるとは思っているが、そのことについては後でいくらでも謝罪しよう。
そんな思いを胸にチラリとバイスに視線を移すと、バイスは笑いを堪えていた。
俺の視線に気付いたバイスは溜息を1つ。やれやれといった感じで重い腰を上げ口を開く。
「まあ、落ち着けよ。話し合いで決着がつかないなら、戦って勝った方の言う事を聞けばいいじゃないか。ギルドは実力主義なんだろ?」
「ほう……」
「……は?」
いやいやちょっと待て。バイスはどっちの味方なんだ?
名案だとばかりに満足そうな表情を浮かべるバイスだが、そうじゃない。
俺の味方になってくれるだけで良かったのだが、……どうしてこうなった?
「地下訓練場での手合わせ。模擬戦形式って事なら問題ないだろ?」
「おもしれぇ。やってやろうじゃねぇか」
すでに勝ち誇ったような顔で、両手の指をゴキゴキと鳴らすロイド。
こちらとしては、まったく面白くないのである。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。




