お仕事開始(こぶ付き)
次の日。天気はやや下り坂で風も強く吹いていた。と言っても、大荒れでもない限り世界樹の下が濡れることもなく、風も穏やか。これから街を出る身としては、出来れば晴れてほしくもある。
王宮の門の前に止まっている馬車は、俺達のお迎え用だ。その隣に立っているのはジョゼフ。見送りはないが、迎えに関してはありがたい。
「昨日は申し訳ありませんでした。どうやら情報が届いていなかったようで……」
イーミアルの言った通り、途中で予定が変わったらしい。ジョゼフはその報告を受けていなかっただけのようだ。
謝るほどの事でもないと思い「気にしないでくれ」と声を掛けると、ジョゼフはお土産にと神樹茶の茶葉を人数分用意してくれていた。
「昨日お約束してしまったので、もしお飲みになられていなければと……」
「……あ……ありがとうございます……」
一応は王宮で御馳走になったことを伝えると、味の感想を聞かれ当たり障りなく答えてしまった。
アニタならクソマズイとでも言い出しかねないと思ったのだが、何故か大人しくしているのはらしくない。
何かを考えるように、終始消沈しているのが気掛かりではあったが、騒がしいよりはマシかと気にしないことにした。
街を出てウッドエルフの森を抜けると、強い追い風に後押しされ、馬車は一層速度を上げる。
それとほぼ同時。馬車の天井をリズミカルにコンコンと叩く音。それは馬車の上で見張りをしている従魔達からの合図である。
走行中にも拘らず馬車の扉を開け放つと、風に飛ばされないようしっかり捕まりながらも顔を出す。
「何かあったのか? コクセイ」
「九条殿。イーミアルとかいう女に尾行されているようだが、どうする? 随分と遠いが、近づいては離れてを繰り返している」
「俺達がしっかり仕事をするかの監視だろ? 放っておけ。別に悪いことをしようって訳じゃない。敵対するなら相手になるが、可能性としては低いだろう?」
「そうかしら?」
その横からにょきっと顔を出したのはシャーリーだ。狭い馬車の出入口から無理矢理出てくるもんだから、その分身体も密着する。
「何してんだよ! はよ戻れ!」
「仕方ないでしょ! 中で話してたらジョゼフさんにバレちゃうよ?」
シャーリーの言う事も尤もだ。とは言え長い間こうしていても、不審に思われかねない。
「手短にな」
「スパイを疑われてるんじゃない?」
「スパイ?」
「だってそうでしょ? 監視だけならジョゼフさんだけで十分だし、国の重要な役職についてる人がわざわざ追いかけてくると思う? 九条に勝てるとすればプラチナしかいない。可能性はなくもないでしょ? それにこんなやっすい報酬の依頼なんかプラチナの冒険者は受けないし……。一応は注意しておいた方がいいと思うよ?」
確かに可能性としてはあり得る話。真っ向から否定すればとも思ったが、そもそもエルフ以外信じていないような者達だ。俺達が説明しても無駄なのはわかり切っている。
「……そうだな。警戒はしておこう……」
俺達がジョゼフを殺し、魔物にやられたと嘘をつくのは簡単だ。もちろんそんなことをするつもりは毛頭ないが、相手がそう思ってくれるとは限らない。監視をつけた上で、更に行動を注視しているといったところか……。
シャーリーに言われた通り、楽観的に考えるのは良くない。ハイエルフ達の街を出たからか、気が緩んでしまっていたようだ。
これからは見られていることを前提に動いた方がいいだろう。
「えっと……。お2人は一体何を?」
「モフモフの時間です!」
「は?」
「コクセイは甘えんぼなんです!」
「……それは、馬車を止めてからの方が……」
「大丈夫です! モフモフ団ですから!」
「そ……そうですか……」
ミアのよくわからない答えに戸惑うジョゼフは、苦笑いを浮かべながらもそれ以上は聞いてはこなかった。
陽が落ちると野営の開始。食事の準備は全てジョゼフがしてくれる。
ジョゼフと御者で馬車から運び出して来たのは、高さが50センチ、直径は30センチほどの丸太。その丸太には、十字の切り込みが入れられていた。元の世界ではスウェーデントーチと呼ばれていた物だ。
そもそも伐採が許されていないので、リブレスでは薪も持参するのが当たり前のようだが、午前中は天気が悪かった為、使えそうな枝も湿っているのが現状であった。
地面に置かれたその切り込みに火種を焼べると、小さな炎が徐々に勢いを増してゆく。
空気を求め、切り込みから溢れ出す炎は幻想的。その上に鍋が置かれると、調理開始だ。エルフ自慢の郷土料理を味合わせてくれるらしいのだが、それを聞いた途端、シャロンがぎょっとしたのを見逃さなかった。その表情がまた不安を煽るのだ。
郷土料理とは、その地域の食材を使い独自の調理法で作られた料理のこと。その根本は、お寺などで食べられる精進料理と似ているのだ。それは神仏や信仰、風習や気質などが結びついた独特な食文化に他ならない。
エルフ達が崇める神が世界樹であるなら、それに由来した料理が出て来るに違いないからである。
思い起こされるのは、あのお茶だ……。
「出来ました! 皆でいただきましょう!」
ジョゼフが鍋の蓋を開けると一気にあがる熱気と湯気。とは言え、その香りは悪くない。
中は至って普通の豆のスープ。実際の郷土料理では口に合わないだろうと味付けはジョゼフなりのアレンジを加えたらしく、皆が心の中でホッと胸を撫でおろしていた。
風が収まりつつある深夜。遠くで薄っすらと輝く世界樹を見上げ、暖を取る。
いわゆる見張りの真っ最中。皆は寝静まり、起きているのは俺とコクセイだけ。次に起きて来るのは順番通りであればアニタだ。
「イーミアルさんは、まだついて来ているのか?」
「ああ。悟られまいとかなり距離を開けているが、時折匂ってくる。恐らくは20キロほど後ろだ。それ以上離れられるとわからんがな」
「上出来だ。怪しい動きをしたら教えてくれ」
辺りは虫の大合唱。近くに急流の川があるのかと思うほどの騒々しさは、コクセイの声も聞き取り辛い。
子供の頃の夏休み。実家の田舎に帰った時の静まり返った夜の音。……なんて風情はここには存在しない。ただひたすらにうるさいだけである。だからと言って耳栓なぞしようものなら、魔物の接近にも気付かずにあの世行きだ。
パチパチと炎を上げるスウェーデントーチは3本目。
「コクセイは、アニタのことをどう思う?」
「そうだな……。肉は柔らかそうだし、美味そうだ。もう少し肉付きがよければ最高なんだが……」
「聞いた俺がバカだったよ……」
そんなことを話していると、そろそろアニタとの交代の時間。自分から起きなければ起こしに行かなければならないと腰を上げたその時、天幕が揺れ、中から寝ぼけ眼なアニタが姿を見せた。
「時間通りに起きて来るとは感心だな」
「冒険者なんだから当たり前でしょ……。ふぁぁ」
大きな欠伸を披露するアニタ。さすがにまだ眠そうだ。
「1人で大丈夫か? 怖くないか? 今度はおもらしする前に俺を起こすんだぞ?」
「うっさい! 皆の前でそれを言ったら殺すわよ!?」
「おぉ、怖い怖い……」
本気で睨みつけてくるアニタに怯える素振りを見せながらも、コクセイにそっと囁いた。
「食うなよ?」
「食わんわ!」
俺の冗談に牙をむくコクセイ。その顔をわしゃわしゃと撫で上げ、天幕に入ると横になる。
「2人ともおやすみ」
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