指名
侵入者を追い払ってから1週間程が経過した。あれから侵入者は1度も来ておらず、ダンジョンにも変わりはなさそうだ。
最近はギルドの仕事も入るようになった。というのも、宿屋が足りない為である。
冒険者が増え村の小さな宿屋は常に満室の状態で、新しい冒険者を受け入れることが出来なかったのだ。
その所為で無断でテントを張り、野営をしてしまう冒険者が増えたのだ。
冒険者同士で仕事を取り合うこともしばしばで、それにより治安の悪化が懸念された為、ギルドと村で資金を出し合い宿屋の増築をすることになったのである。
その手伝いとして冒険者が駆り出されることにより、仕事が増えたというわけだ。
もちろん、その中には俺やカイルも含まれている。
あまり得意ではない肉体労働だが、悪くはなかった。やはり体を動かしていた方が、時間の経過が早く感じる。
午前中の仕事が終わり、いつも通りカイルや他の冒険者達と談笑しながら昼食を取っていると、ギルドの方からソフィアが駆けて来るのが見えた。
「九条さーん!」
手を止め、切れた息を整えるソフィアを不思議そうに見上げる。
「なんでしょう?」
「九条さんに指名が入ったので、呼びに来たんですけど、今大丈夫ですか?」
「指名?」
「へぇ、指名依頼なんて珍しいな。九条なら死霊術関連か?」
「すいません。まだ詳しいことは聞いていなくて、呼んできてほしいとだけ……」
「あんちゃん死霊術適性なのか。じゃぁ今度俺の恋愛運でも占ってもらおうかな? ワハハ……」
そんな冗談を言い合えるほどフレンドリーな現場であったが、相手を待たせているとの事だったので食事は早々に切り上げ、皆に挨拶をしてからソフィアと共に小走りでギルドへと向かった。
途中、脇腹が痛くなったのは内緒である。
ソフィアは『関係者以外立ち入り禁止』と書いてあるドアを開けると、さらに奥へと進んで行く。
途中カガリに乗ったミアとすれ違い、小さく手を振り笑顔で見送ると、応接室と書かれている部屋へと通された。
いつになく真剣な顔でソフィアがドアをノックすると、中から聞こえてきたのは男の声。
「失礼します」
「どうぞ」
そこは10畳程の部屋。中央には膝と同じくらいの高さの長方形のテーブル。それを挟むように長いソファーが1つずつ。
片方のソファーには、冒険者と思われる男女が4人。その後ろには村のギルドでは見かけない職員の女性が2人。
その内の1人が俺を指さし、大声を上げた。
「あぁぁぁぁ! おまえは!?」
「なんだニーナ。知り合いか?」
「どうも……」
思い出した。俺が冒険者になるときに担当候補だった職員の1人だ。「妊娠するから見るな」と捨て台詞を吐き去って行った若い女性である。
そこでハッとした。ニーナという名前に聞き覚えがあったからだ。それを聞いたのはつい最近のダンジョン内。改めて見ると、人数もピッタリ。
だが、結論付けるには早計だ。この世界では広く使われている名前かもしれないし、同名なだけの可能性もある。
「いや、ちょっと前に担当職員選別で顔を合わせただけだよ。驚かせてごめん」
「そうか、まあいい。九条……といったか? 急な呼び出しで悪いが、こちらに座ってくれ」
ニーナのおかげで、物々しい雰囲気が解れたのを実感しつつ、言われた通り俺は反対側のソファーに腰掛けた。
「さて。いくつか質問したいのだが、いいだろうか?」
話しているのは恐らくリーダーなのだろう雰囲気の男。
20代前半の好青年。筋肉質な体つきはボディビルダーというより細マッチョ。恐らく体脂肪率はゼロだろう。
身に着けている物は普段着という感じだが、その首に掛けられているプレートはゴールドだ。
「ええ、かまわないのですが……。えーっと……なんとお呼びすれば……?」
「ああ、すまない。先に自己紹介をしておこう。俺の名はバイス。見ての通り冒険者だ」
確定である。ダンジョンに侵入してきた冒険者一行で間違いなさそうだ。
だが、一体何のために? もしかして俺の事がバレたのだろうか?
……あり得なくはない。この世界には魔法が存在する。心を読む魔法や、過去を探る魔法などがあるのかもしれない。
知識不足は否めないが、まだバレたと決まった訳ではない。
となれば、やることは1つ。動揺を表に出さないよう細心の注意を払いながらも白を切り通すことだ。
「隣の剣士がフィリップ。その隣、魔術師のネストとレンジャーのシャーリー。後ろの2人はニーナとシャロン。俺達の担当だ」
「はぁ。自分は九条です。よろしくお願いします」
何で呼ばれたのかわからないと、とぼけた感じを出しつつ慎重に答えを選んでいく。
「よろしく。それで聞きたい事というのは、西の山にある炭鉱跡の事なんだが……」
「ええ、知っていますが、それが何か?」
「そこが盗賊のアジトになっていた時、君が捕まっていたとギルドの報告書に書いてあるんだが、これは本当か?」
「はい。間違いありません」
「その……君が閉じ込められていた所はどんな所だった? もしかしてダンジョンのような所だったのではないか?」
何となくだが読めてきた。バイス達は封印の扉から先に入れなかったことで、別の入口がある可能性を調べている……といったところだろう。
ギルドか、何かの噂か、炭鉱がダンジョンと繋がっていると言う話を聞いて調べに来た……と言うならつじつまが合う。
「いえ……。あまり思い出したくはないのですが、岩肌は丸見えでダンジョンと言うより洞窟という感じでしたね。それがどうかしましたか?」
冒険者として盗賊に捕まるのは、汚点として捉えられても不思議ではない。
それは自分の評価が著しく低下する。思い出したくない記憶だから聞くなと暗に訴える。
どうにか誤魔化して、彼等を炭鉱から遠ざけねばならない。
「いや、今ウチのパーティはあるダンジョンの攻略を任されていてね。ちょっと手詰まりという状況なんだ」
もちろん知っているし、正直ちょっとウザイとも思っている。
「それで、この村で昔使われていた炭鉱がダンジョンと繋がったことによって放置されていることを耳にしてね。そのダンジョンが私達が攻略しているダンジョンなのかもしれないんだ」
まずは、自分の存在がバレていなかったことに安堵する。
ということは、このまま白を切っていればいいのである。
怪しくない程度にダンジョンとは繋がっていなかった……。というようなニュアンスを混ぜて話せば諦めるだろうか?
「すみません。ちょっと自分にはわからないですね。盗賊達がいない隙をついて慌てて逃げだしたもので……」
「途中でダンジョンの入口のような物は見なかったかい?」
「そうですね……。炭鉱の中は思いのほか暗くて……。特にそういう場所は見かけなかったと思いますけど、とにかく必死で……」
「そうか……」
少し残念そうに俯くバイス。当てが外れてしまい言葉を無くしてしまったといった様子。
会話が途切れ無言の時間が続く。正直言って居心地は最悪だ。尋問でも受けているかのような感覚である。
そんな中、1人だけがまったくと言っていいほど無関心を貫いていた。
やる気があるのかないのか。何やらブツブツと魔法書のような物を熱心に読みふけっている。
確かネストと呼ばれていた魔術師の女性だ。
扉の前に掛けてあるいかにも魔女が被っていそうな三角帽子は、彼女の物なのだろう。
知的というか聡明というか、顔は整っていてかわいいというより美人といった印象。肩よりも長い赤髪が、窓から入ってくる太陽の光でキラキラと輝いていた。
彼女が着ている黒いワンピースのローブは胸のあたりが大きく開いていて、強調された胸の谷間に挟まっていたゴールドプレートが良く見える。
魔法書を読む為、前かがみになっているので尚更だ。
「ん? 何? 魔法書に興味があるの?」
ネストはチラチラと見ていた俺に気が付くと、顔だけをこちらに向けた。
まさか、胸を見てましたとは言えない。
「あ、えぇ、まぁ……」
「君は何か魔術系の適性なの?」
「えっと、死霊術を少々たしなむ程度に……」
「へぇ、死霊術か。中々めずらしいわね」
「ええ。よく言われます」
「しかし残念。この魔法書には死霊術は載ってないわ。載っていれば見せてあげてもよかったんだけどね」
「いえ、そんな。ゴールドプレートの方が読むような魔法書なんて理解できませんよ……」
「確かにそうかもしれないけど、見識を広げることは悪い事じゃない。魔術系適性なら尚更だわ」
なんというか思っていたイメージとは違っていた。
相手はゴールドプレート。対してこちらは新人のカッパー。もっと見下してくるものだと思っていたのだ。
その雰囲気は、例えるなら面倒見の良い先輩という感じで、彼女からの威圧感はまったくない。
「なんだネスト。めずらしく良く喋るじゃないか」
「孤高の魔女が友達を作ったら、孤高じゃなくなっちまうな」
「うっさいわね! その名前で呼ぶのは止めてって言ってるでしょ?」
その言葉に悪意は感じない。気の知れた仲間だからこその冗談なのだろう。
ネストも本気で嫌がっている訳ではなさそうだが、俺は1人蚊帳の外である。
「えーっと……」
「ああ、すまないね。ネストは死霊術師が大好物でね」
「え!?」
驚いた俺の反応が面白かったのか、バイス達はゲラゲラと声を上げて笑った。
「卑猥な言い方は止めて! 私の祖先に死霊術師がいたからちょっと興味があるだけよ」
「そういうことでしたか」
「もういいでしょう?」
「ああ、そうだな。えーっと、九条だったか。今日はありがとう。もう行っていいよ」
「そうですか。では失礼します」
その場で立ち上がり、軽く一礼すると応接室を後にした。
廊下をわざと足音が聞こえるように強く踏み込み歩く。10歩ほど進んだところで周りに誰もいないことを確認すると、俺はその場でくるりと華麗なUターンを見せ、静かに部屋の前まで戻ると聞き耳を立てた。
「結局、手掛かりはなしか……」
「だから言ったじゃん。こんな村に来たって意味ないって」
「ニーナ。まあ、そう言うな。この辺ではめずらしい死霊術師と面識も出来たことだ。そう悪い事じゃないだろう?」
「面識? 私には高レベル冒険者達が低レベル冒険者をいじめてるようにしか見えなかったけど?」
「それはいいすぎだろうシャーリー」
「そんなことよりあのおっさん、ネストの胸めっちゃ見てたよ?」
「ニーナ、それは仕方ない。世の男性はどうしてもそこに視線がいってしまうように出来ているんだ」
「……どうしたネスト? 急に立ち上がって。あの死霊術師のおっさんのトコにでも行くのか?」
「違うわよ! 外の空気を吸って来るだけ」
俺は素早く応接室から離れ、宿屋の増設工事へと舞い戻った。
――――――――――
ミアはカガリと共にギルドの裏にいた。ネストに呼び出されたからだ。
ゴールドプレートにもなると、そこそこの権力がある。
依頼などで必要になるアイテムや備品をギルド職員に頼んだりするので、ギルド職員が呼び出されることは、そう珍しいことではなかった。
しかし、今回限りはそうではなかったのだ。
ネストがミアを呼んだのは、九条の担当だったから。九条の事を根掘り葉掘り聞いて来るネストに、ミアは警戒心を強めていた。
適性の事は、よく聞かれることだ。冒険者同士、適性を教え合ったりもする。しかしそれだけではなかった。
住所や年齢に始まり、村の滞在履歴。出身地や家族構成、果ては今まで受けた依頼の詳細などなど多岐にわたる。
公開されている情報は隠しても仕方のない事なので答えるミアであったが、しつこさが尋常ではない。
「じゃぁ次の質問ね。九条に大事な人……。つまり恋人や伴侶に当たるような人はいるの?」
「……え?」
ミアにはネストの真意が読めないでいた。
(それを知ってどうするの……? おにーちゃんが気になっているのはわかるけど、それって恋愛対象としてなの?)
しかし、そういう雰囲気は感じられない。どう答えようか悩んだ末、ミアの中で出した答えがコレである。
「私です」
「……は?」
「だから、私がおにーちゃんの恋人です」
この国は10歳からの結婚が認められている。それ以下でも働き始める子供は大勢いるのだが、所詮子供は子供だ。それが恋愛対象になることは限りなく少なく、基本的に結婚は独り立ちしてからが一般的。
ミアと九条。恋人というには、あまりにも歳の差がありすぎるが、ネストを牽制するという意味では最適な答えだとミアは思ったのだ。
「九条は……ロリコンなの?」
「そうです」
自信満々にハッキリと答えるミア。
今は違うかもしれないが、いずれはそうなる予定なのだ。だから多少暴論かもしれないが、嘘ではない。
「そう……。まずいわね……」
ぼそりと呟かれた言葉。それをミアが聞き逃すわけがない。
「何がまずいんですか?」
ミアは、ゴールドプレートの冒険者を相手に引いてなるものかと強気に出るも、それは九条の突然の登場により、一旦の落ち着きを見せた。
「ミア、ここにいたのか。ソフィアさんが呼んでいるが……」
「おにーちゃん!」
「やぁ、九条」
「あ、ネストさん……でしたっけ?」
「ええ、名前を憶えていてくれて嬉しいわ。えっと、ミアちゃん。時間をとらせてしまってごめんなさいね。最後に1つ、聞いておきたいんだけれど」
ミアの緩んでいた表情が、再び強張りを見せた。
「……はい」
「その隣にいる魔獣なんだけど、あなたが使役してるのかしら?」
「使役って言うのはやめてください。友達です」
これは九条と相談して決めたこと。
九条が一緒にいられなくても、カガリがそばにいてくれれば安心だということで、ミアが飼っているということにしているのだ。
魔獣をペットとして飼育しているのは物好きな貴族くらいのものだが、前例があるだけに、そう違和感はないだろう。
「どこで出会ったのかしら?」
「森でケガをしているところを助けてあげたんです。そうしたら懐いたみたいで……」
「ギルド本部に報告は?」
「してません。先程も言いましたが、獣使いとして使役している訳ではないので」
「それはまずいんじゃない? この魔獣が村人に危害をくわえるかもしれないでしょ?」
「それはありません。カガリは人間の言葉を理解しています。不必要に人を傷つけることは絶対にしません」
「へぇ……。じゃぁ私の言う事も聞いてくれるのかしら?」
「……多分……」
カガリはわかっている。人と一緒に暮らすには、人のルールに従わなければならないことを。
「まず最初にミアの周りを3周、その後私の周りを2周、九条の周りを4周したら全員の周りを1周して元の場所へと座りなさい」
ネストは、カガリが本当に言葉を理解しているのか試しただけ。
案の定、カガリは言われたことを忠実に遂行し、最後にミアの横で腰を落とした。
「これは驚いた……。本当なのね……」
ミアは何も指示を出してはいない。獣使いでないのは明らかだ。
しかし、それで終わりではなかった。
何を思ったのか、ネストは持っていた杖をミアに突きつけたのである。
「じゃぁ、もし私がミアに危害を加えようとしたら、お前はどうする?」
ネストがそれを言い終わった瞬間だった。
カガリから凄まじいほどの殺気が溢れ出た。もちろんその矛先はネストである。それは誰もが一目散に逃げだすだろう気迫。いや、腰を抜かして逃げ出すことすらできないかもしれない。
それに面食らっていたネストであったが、顔を引きつらせながらも耐えていた。そして、ゆっくりと杖を降ろしたのだ。
「試すような真似をしてごめんなさい。怒りを鎮めてちょうだい……。私が悪かったわ」
歯を剥き出しにして唸るカガリは殺気を押さえたものの、警戒は解いていない様子。
何故そんな質問をしたのかと理解に苦しんでいたのは、それを黙って見ていた九条だ。
「ネストさん。俺が言える立場ではないですが、そういう冗談はよした方がいい」
「私の身を案じてくれるの? 九条はやさしいのね。肝に銘じておくわ……」
ネストの表情からは何も読み取れない。笑っているようにも見え、何かを疑っているようにも見えた。
「まぁ、でもこれなら大丈夫でしょう。邪魔をしたわね」
そう言うと、ネストは小さく手を振って宿屋の方へと消えて行った。
その夜。九条は、ミアからネストの一部始終を耳にし、"おっぱいの大きい魔術系冒険者の先輩"という認識から、"おっぱいの大きい要注意人物"に考えを改めたのである。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。