一時の平和
「いってらっしゃい九条さん」
ソフィアに見送られ、俺とミアは盗賊達のアジトへと向かう。
ガラガラと精度の悪い荷車を引くのは、不貞腐れた傭兵の男だ。
「おにーちゃん。カガリはどーしたの?」
荷台に揺られながら俺を見上げるミア。
座布団代わりに敷いているのは、荷崩れ防止用の麻布を何重にも折りたたんだ物。
「カガリは白狐の所へ報告に行ったよ。多分すぐ戻って来るさ」
ウルフ達との和解が成立したのだ。もう争う必要はないのである。
それは人間側にも同じことが言えた。ウルフが村に迷惑を掛けないのなら、間引く必要もないだろう。
ソフィアにウルフ狩りの依頼を取り下げてもらえるよう交渉したところ、村の安全が確保できるならとギルド側の了承もしっかりと得ていた。
村の東門が見えて来ると、その修理に追われていたのは村の男衆。大きな丸太がごろごろと無造作に置かれているのは圧巻である。
東門の惨状を見るのは初めてだが、まあ派手に壊したものだ。全体が黒焦げで、片方の門扉は跡形もなく消失している。
「おう、九条。これから盗賊のアジトに行くのか?」
俺達に気付いたカイルは、持っていたノコギリを地面に置くと、丸太に座って一息ついた。
「あぁ、いってくるよ」
「じゃぁ、今夜は九条のおごりで盛大に飲めるな!」
「いやいや。寄付するって言っただろ?」
「えー? ちょっとくらいイイじゃんかよ~」
「ダメだ」
などと他愛のない冗談を交わしていたのだが、傭兵の男は立ち止まることなく東門を抜け、盗賊のアジトへと歩みを進めた。
「ここだ」
案内されたのは、村から歩いて2時間ほどの山奥にある洞窟だった。
外からは暗すぎて先は何も見えない。
「中はどうなってる?」
「1番奥に掘り広げた空間があるだけだ」
ぽつんとある木造の家屋だと思っていたのだが、まさか洞窟の中だったとは。
明かりになるような物は持って来ていない。
「うーん。スケルトンに様子見させるか……」
魔法書を開きその中に徐に手を突っ込むと、頭に思い描いた2本の骨をそこから取り出し地面へと放る。
「【骸骨戦士召喚】」
大地に描かれた魔法陣に飲み込まれていく2本の骨。その見返りに現れたのは2体のスケルトンだ。
錆びた剣とボロボロの丸盾を携えている白骨化した骸。盛り上がる土の中から這い出てくるそれは、お世辞にも華々しい魔法とは言えず、背徳的でみすぼらしい。
無機質な身体をカタカタと鳴らしながら、それは洞窟の奥へと姿を消した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
スケルトンが盗賊のアジトに突入してから数分。外まで聞こえる大きな悲鳴と、近づいて来る何者かの気配。
俺達は壁を背にして身を隠し、そいつが出て来るのを待った。
そして洞窟を出るであろう瞬間、片足をヒョイと出して相手の足に引っかけたのだ。
「――ッ!?」
全速力だったのだろう。盛大にずっこけると地面に顔面を強打し、そいつはピクリとも動かなくなった。
「おい! 起きろ!」
それから更に数分。数発の平手打ちとともに目覚めた男は、俺の顔を見て目を見張った。
「あっ……てめぇ!? 確か……。 なっ……なんだこれ!?」
そいつは俺を知っていた。もちろん俺も知っている。俺が盗賊に捕らえられた時に、見張りをしていた男だ。
自分が縛られ動けないことに気が付くと、必死に藻掻き始める。
顔に出来た無数の擦り傷とダラダラ流れる鼻血が少々不憫にも思えてしまい、わざわざ顔を拭いてやり、出来るだけやさしく接してやろうと思っていたのだが、相手があまりにもこちらの言う事を聞かなかったので、その考えはすぐに消えた。
そしてこちらの質問に答えたのは、丁度20回目の平手打ちが音を響かせた頃だった。
なんで身動きの取れない状態で強気に出れるのか……。それがわからない……。
「ふいまひぇん……。いいまひゅ……いいまひゅからゆるひて……」
少々腫れぼったい顔になってしまったが、コイツはただの見張り役だった。
昨晩からいつまでも帰ってこない盗賊団を待っていたと言うわけである。
「ボルグは死んだ。俺はボルグとの約束でここの財宝を取りに来ただけだ」
「ふぁ? かっひゃーひゅれーとに負ける訳が……」
なんとなくウザかったので、もう1発平手打ちをサービスしてやった。
「ホントだよなぁ?」
「ああ。嘘ではない……」
俺が振り向いた先にいたのは、覇気のない表情でむくれている傭兵の男。
「あんた……。傭兵の……」
ようやく理解したのか、見張りの男はその場で力を無くしたように項垂れた。
そいつの案内で洞窟に入ると、奥には松明が灯った大きな空間。纏めて置いてあったのは高級そうな調度品の数々と、見覚えのある箱。ボルグが座っていた物だ。
それら金目の物を荷車へと乗せていく。
「なんというか泥棒みたいで、いい気分ではないな……」
聞こえていたはずである。しかし、2人の男は何も言わず、黙々と荷車に調度品を運んでいた。
粗方を運び終えると、ミアがお尻に敷いていたほんのり温かい麻布を上から被せてロープで固定。
「よし。後は帰るだけだな」
ミアから傭兵の杖を受け取ると、それをスケルトンのあばら骨の間に差し込んだ。
それ自体に意味はない。ただ、地面に置いたら汚れそうだと思っていたら、丁度いい所に隙間を見つけただけである。
背中から杖が生えているように見えて少々滑稽ではあるが、スケルトンの両手は塞がっているので仕方がなかった。
「君達とはここでお別れだ」
「――ッ!? ま、待ってくれ。話が違うじゃないか!」
青ざめた顔で必死に食い下がる傭兵の男。
少し考えて、俺の言い方が誤解を招いたのだろうと訂正する。
「ああ、すまん。そういう意味じゃないんだ。俺達は先に行くが、このスケルトンは後1時間ほどで勝手に消滅する。そうしたら自由にしてくれて構わない。後ろからドカンとされても困るからな」
「ああ……。そういう……」
露骨に安堵の表情を浮かべる2人に苦笑しながらも、俺達は盗賊のアジトを後にした。
――――――――――
九条が重くなった荷車を引き、ミアがそれを後ろから押す。
傭兵の男を解放せず、帰りも運んでもらえばよかったのにとも思ったミアだが、2人きりの丁度いい機会であった。
「おにーちゃん。ちょっと質問してもいーい?」
「なんだ?」
「今日、支部長に呼び出されてたじゃない? 何のお話だったの?」
「ああ。救援に来るベルモントギルドへの報告内容のことだったよ。俺が倒したんじゃなくて、村で何とかしたってことにするらしい。賞金を寄付する手間を考えたら、俺を経由するのも面倒だろうしな」
「おにーちゃんはそれでいいの? 自分の手柄をあげちゃうことになるんだよ?」
「評価されたくて冒険者をやっている訳じゃないし、村でのんびり暮らしていければ、文句はないさ」
「おにーちゃんがそれでいいならいいけど……」
ミアはそれを聞いて、ほんの少しだけ安堵した。
少なくとも、九条とソフィアが一緒になって何かを隠しているということはなさそうである。
「ダンジョンで何かあったの?」
ミアは何気なく炭鉱内であったことを聞こうとしただけなのだが、九条は明らかに動揺していた。
徐々に荷車の速度が落ち、その足が止まる。
「おにーちゃん?」
「ミア……。もしかすると、俺の冒険者資格は剥奪されてしまうかもしれない」
どういった経緯でそうなるのかはわからないが、恐らくはその可能性を示唆しているのだろう。
ミアに向けられた九条の視線は、真剣であった。
「そのせいでミアにも迷惑がかかるかもしれないんだが、ミアはそれでも一緒にいてくれるか?」
「うん。私は平気だよ? おにーちゃんと一緒にいられればそれでいいもん。あとカガリも! ……どうしてそんなこと聞くの?」
「すまない……。今は言えないんだ。いずれ必ず話すと誓う。だから俺を信じてはくれないだろうか……」
「うん。わかった!」
悲しそうな表情で頭を撫でてくれた九条に、ミアは満面の笑みでそう答えた。
(待つのは得意だ。すでに5年も待っていたのだから……。おにーちゃんには、何か言えない事情があるんだろう……。死霊術のことだろうか? もしかすると記憶が戻っているのかもしれない……)
だが、ミアにとってはそんなこと最早どうでもよかった。
(おにーちゃんが裏切るはずないよね。前に言ってくれたもん。悲しむようなことはしないって)
ミアはそれだけで満足だった。それだけで信じることが出来たのである。
――――――――――
それから3週間が過ぎた。村の様子は平和そのもの。ほぼ村の復旧は終わったと言っていいだろう。
ソフィアが寄付金を使い依頼を出したところ、報酬を高めに設定したこともあり、別の町からも冒険者や職人達が集まり、あっという間に村は元通りになった。
しかし、全てが元通りという訳ではなく、そこには若干の変化も見られたのだ。
俺とカイルは村の復興の手伝いとして、忙しい日々を送っていた。
その間、ミアの護衛にとカガリを一緒に行動させていたのが、そもそもの原因であった。
「コット村のギルドに魔獣を操る職員がいるらしい。しかもまだ子供だそうだ……」
盗賊の襲撃から1週間ほどが経ったある日、そんな噂話を聞くようになった。
その真相を確かめるべく……もしくは好奇心で、近場はおろか遠方からも冒険者達が集まってきたのだ。
ソフィアはギルドで仕事を受けてくれる人が増えたことで大喜びなのだが、当の本人はたまったものではない。
ミアがカガリに乗って職員通用口から出てくると、冒険者達からは歓声が上がる。
「すごいな……。アレを手懐けるとはかなりの手練れだ……」とか、
「ギルド職員なのはもったいない……。いっそ冒険者としてやっていった方が稼げるんじゃないか?」とか、
「きゃーすごーい。さわってもいいですかぁ?」などなど、ミアの周りには男女問わず多くの冒険者達が群がっていた。
「ごめんなさい。仕事中なんで! 通してください! 通してください!」
遠慮がちなミアとは対照的に、カガリは人をかき分けぐいぐいと進んで行く。
掲示板に依頼を貼り出すだけの作業も、こうなっては一苦労。その光景はアイドルの出待ちかと思うほど。
カガリも色々な人に触られて不機嫌そうにしているが、ここでキレるとミアに迷惑がかかる為、我慢せざるを得ないといった状況にストレスが溜まっているだろう。
「九条……。ミア、凄い人気だな……」
「ああ……。正直ちょっと引くわ……」
カイルと2人で専属用の仕事待ちをしながら、冒険者達に囲まれているミアとカガリを見て、正直な感想を漏らす。
なんとか依頼を張り付け、職員通用口へと戻って行くミアとカガリ。そしてミアがカウンターから顔を出すと、そこに行列が出来るのだ。
「あのー……。こちらのカウンターでも依頼の受注は出来ますよー?」
隣のカウンターから聞こえて来るのはソフィアの声。悲しいかなそこには誰も並んでいない。
「かなり苛立ってるな……」
「そうか? 笑顔じゃないか」
「九条はまだまだ甘いなぁ。あれは営業スマイルだよ。右目の下あたりがピクピクしてるだろ? あれはかなり苛立ってる証拠だ。余計なことは言わない方がいい」
それはソフィアに聞こえていたようで、カウンター越しから鬼のような形相でカイルを睨みつけていた。
「ヒェ……」
隣でガタガタと震えるカイルを見て、ソフィアを弄るのは止めようと心に誓ったのだ。
ミアは全ての依頼受注作業を終えると、疲れ切った様子でカウンターに突っ伏した。
あの量をほぼ1人で捌いたのだ、時刻はすでに昼前。気が緩むのも仕方ない。
そして、ようやく俺達に声がかかった。
「えーっと、本日のお仕事はありません」
「「……は?」」
ソフィアの言葉に、俺とカイルは間抜け面で聞き返す。
「いや、だからないんですよ依頼。流れの冒険者さんがすべて受注していってしまいました……」
まあ、あれだけの冒険者が殺到すれば依頼もなくなるのは当たり前だ。ギルドから見れば嬉しい悲鳴なのだろう。
ミアには悪いが、たまの休みだと思って日々の疲れを癒そう……。そんな風に気楽に考えていたのだが、村の復興が終わっても仕事が割り振られることは無かった。
別にいいのだ。専属の冒険者は仕事がなくても少ないが安定した収入がある。
自分の求めているスローライフに一歩近づいたと思えばいいだけだ。
そして、今日もやることがなく、村の散歩に勤しもうとしたその時だった。頭の中に響く声が、俺の日常を奪ったのである。
「マスター! マスター! 聞こえますか!? 侵入者です!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。




