コット村到着
ミアは九条に抱きかかえられながらも、コット村を好きでいてくれて良かったと心の底からそう思っていた。
これはまだ内緒の話だが、村では次の村長は九条に……。なんて話もチラホラ出て来るようになった。
確かにそれは村の利益に繋がるだろう。プラチナプレート冒険者としての知名度。それに領主であるアンカース家とも親しく、王族にも顔が利く。
しかし、九条の性格からそれは100%断ることは明白である。
ソフィアとカイルは、それをやめるようにと言い聞かせてはいるのだが、村の自治会との話し合いは水面下で継続中。
村の自治会もギルドに相談なんかせずに、九条に直接持ち掛ければいいのに、断られるのがわかっていてギルドを味方にしようと画策しているのだ。
ギルドが言えば断れないと思っているのだろうが、ギルドとしては反対の立場である。
王国唯一の戦闘型プラチナプレート冒険者を、一介の村の村長などに推せるわけがないのだ。
ギルドも九条の性格を、ある程度理解するようにはなってきた。それと言うのも、ミアがグリムロックギルドでの出来事を報告したからだ。プラチナプレート冒険者担当ギルド職員としての正式な抗議である。
本人の了解を得ずに国跨ぎの所属変更を押し通そうとした件についてだ。本部が調査を行い、グリムロックギルドの支部長には何かしらの処分が科せられた。
正直言って遅いくらいだが、上層部は九条がプラチナだからこそ、重い腰を上げたと言っても過言ではないだろう。
スタッグ王国ギルド本部としては、もうプラチナの冒険者を失う訳にはいかないのだ。
とは言え、元々はギルドがノルディックに好き放題させていたのも原因の一端である。
これからは心を入れ替え、誠心誠意対応していく……、などというテンプレ謝罪を受けたミアだが、本当にそう思っているのかは疑ってかかるべきだと思っていた。
そしてもう1つ。ミアにとってはこちらの方が重要であった。
グリムロックへと遠征していてわかったことがある。それは、九条の記憶が戻っているのではないかということだ。
バルバロス船長とその娘のイリヤスを弔った時、それに気が付いた。初めて見たのは村のご先祖様を送り出した時である。
見たこともない不思議な儀式。最初は死霊術の一種なのだろうと思っていたが、バルバロスとイリヤスに付けた新たな名前は、この国の言語ではなかったのだ。
記憶が戻ったことは大変喜ばしいことだが、九条はそれを口にしない。
九条の過去が気にならないと言えば嘘になるが、それだけの力を持っているのだ。恐らく故郷でも重要な人物であったのではないかと勘繰ってしまい、ミアの口からはとてもじゃないが聞けなかった。
もちろんギルド担当が詮索していい事ではないのは百も承知だが、それを聞いてしまうと、九条が何処か遠くへ行ってしまいそうで、憚られたのだ。
過去の自分と一緒で、掘り返してはいけない記憶や思い出があるのかもしれないと推し測っていたのである。
(これは私の心の中に仕舞っておけばいいこと。無理に聞き出す必要はない……。今はただ、おにーちゃんに抱かれながら頭を撫でてもらうだけで十分幸せなのだから……)
――――――――――
多少の遅れはあったものの、魔法学院の一行はコット村へと到着した。
入口の西門には、例の看板。カイルが見張りをしている物見櫓からは紙吹雪が撒かれ、街道の両脇には村人達がこぞって一団を祝福していた。
手にしているのは小さなスタッグ王国の国旗。まるでマラソンランナーを応援する沿道の観客を見ている気分である。
「恥ずかしいね、おにーちゃん……」
「うむ……」
歓迎してくれるのはありがたいのだが、少々やり過ぎ感が否めない。生徒達も空気を読んで遠慮がちに手を振ってくれてはいるが、その表情はぎこちなく、苦笑気味といったところだ。
後でこれは俺が企画した事ではないとハッキリ言っておこう……。
「あの狼やキツネ達もアイアンプレートを付けてますが、もしかして全て従魔として所有してらっしゃるのですか?」
門を潜るとズラリと並ぶ獣達。それを初めて見る生徒達は興味津々で、どうすればあんな数の獣達に言う事を聞かせられるのかと不思議に思うのは当然のこと。
ざっと見ても50匹以上はいるであろう獣達を同時に使役する獣使いなんて聞いた事もない。
魔術系である為、物理系適性には疎い生徒達でもそれくらいのことは理解しているようだ。
「ああ、そうだ。みんなが村で生活している。ギルドの隣に従魔達用のデカイ小屋があるんだ」
「村人は恐れたりしないのですか?」
「もうみんな慣れているよ。むしろいい関係が築けていると思う」
「いい関係?」
「まぁ、しばらくこの村で暮らすんだ。それもおいおいわかるさ」
合宿施設に着くと各自部屋割りが発表され、生徒達は荷物を自分の部屋へと運ぶ。
個室であるが、風呂は共同。と言っても大浴場は温泉だ。もちろん男女別である。
食堂も完備されており、至れり尽くせり。ちょっとした高級旅館を彷彿とさせる佇まいだ。
明日は自由行動。主に環境に慣れる為ではあるが、それは建前。生徒達とは別に、俺と教師達はやらなければならないことがあった。それがダンジョンの最終確認である。
万一にも危険があってはならない。いや、危険があるのは問題ないが、生徒達がそれを乗り越えられるかが問題なのだ。
即死するようなトラップの類があれば、試験どころの話ではない。本来はもっと前にやらなければならない事なのだが、俺がそれを断っていたのだ。
「じゃぁ、出発しましょうか」
「え? 馬で行くのではないんですか?」
村の西門に集まっているのは俺とミア。それにネストとロザリー。そして4匹の従魔達。
もう1人の教師、錬金術師のマグナスは生徒達の監視の為、村で留守番である。
「馬じゃ遅すぎるんで、ウチの従魔に乗って下さい」
「ええぇぇぇ!?」
ロザリーが驚くのも無理はない。ダンジョンと言っても炭鉱の入口から入るわけではなく、正規の入口を目指す。
なので1日で返ってくることを考えると、馬では少々遅すぎるのだ。
炭鉱は天然の迷路。何人たりともその道順を教えるつもりはない。知っているのは俺とミアと従魔達。それとシャーリーだけなのである。
そこに地図なしで入って、ダンジョンまで到達できる生徒達がいるとは思えない。そもそも生徒達にはハードすぎる。
「ミアはカガリ。俺はワダツミに乗るんで、2人の重い方がコクセイに乗って下さい」
「ちょっと九条! 女性に対して失礼なんじゃないの?」
「じゃぁ、ネストさんの方が重そうなんでコクセイに」
「なんでよ!?」
正直どっちも変わらなそうだが、知り合って数日のロザリーに失礼な事を言う訳にはいかないだろう。
ブツブツと文句を言いながらもコクセイに跨るネスト。それをお手本にロザリーが白狐に跨ると、4匹の従魔達は馬よりも早い速度で森の中を駆け抜けた。
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