それぞれの帰る場所
「おにーちゃーん!!」
涙目のミアが両腕を広げ駆け寄ると、俺はそれを抱き寄せた。
「間に合ってよかった……」
「――ッ……」
緊張の糸が切れたのか号泣していたミアは、何を言っているのかわからない。
ミアなりに頑張ったのだろう。わんわんと泣いているミアの頭を撫でてやりながら「よく頑張ったな」と声をかけ、その温もりを肌で感じていた。
ミアだけではない。後ろ足を引きずりながらも、カガリはその後を追うよう俺に頬を摺り寄せる。
その力強さたるや、バランスを崩してしまいそうなほどだ。
「カガリも無事で良かった……。ミアを守ってくれてありがとう」
「主も、よくぞご無事で……」
「ああ。カガリが俺に気付いて、武器屋裏の穴をぶち抜いてくれたおかげで間に合った。恩に着る」
未だ泣き止まぬミアを抱き上げ、周囲の状況を確認する。
村の東側にはまだ負傷者がいるのだろう。ソフィアは俺と目が合うと一礼して、他のギルド職員と一緒に東門へと向かっていった。
「ミア。まだ魔力は残ってるか? できればカガリを治してやってくれ」
「わがっだ……」
嗚咽にも似た声をなんとか絞り出したミアは、名残惜しそうに俺から離れると、なんとも酷い顔を見せた。
肩に付いた鼻水が糸を引き、涙と土埃に塗れた顔。それが可笑しくもあり、愛おしくも見えたのだ。
それもまた無事であったからこそであり、俺は深く安堵したのである。
ミアはそんな顔を袖でゴシゴシと拭うと、カガリの治療を始めた。
目先の脅威は去ったのだと確信した村人達は喜び、歓声を上げた。
そしてよみがえらせた老人達は家族との再会を喜び、熱い抱擁を交わし涙していたのだ。
正直、少しホッとした。人ん家の死体を勝手に使ったのだ。怒鳴られても当然の所業。
しかし、その様子は怒りよりも再会の嬉しさの方が勝っているといった雰囲気。
まあ、怒られても「緊急時だから」と言えばなんとかなるんじゃないかとも考えていたのだが……。
「九条殿。この度は誠に申し訳ないことをした。息子達を許してやってほしい」
巨大な狼が俺を見下ろし、首を垂れる。
とてつもない威圧感で、本当に謝罪しているのかと疑いたくなるほどだが、そもそもウルフ達は悪くない。
「操られていたんだから仕方ないさ」
「罪滅ぼし……になるかわからぬが、何か我らで出来ることがあれば言ってくれ」
「そうだな……。じゃぁ森のキツネ達と仲良くしてくれないだろうか? それと、村にも手を出さないでくれるとありがたいんだが……」
「承知した。……聞け! 我が息子達よ。今、この時から森のキツネ族と村には、一切の手出しを禁ずる! よいな!?」
「「御意!」」
これで本来の目的である、キツネ達とウルフ達のいざこざは解消するだろう。
カガリはミアの治療を受けながらも俺と目が合うと、恭しく頭を下げた。白狐にも良い報告が出来るはずだ。
「九条殿、我の命は後どれくらいだ?」
「日の出くらいまでだ。恐らく5時間が限度だろう……。すまない……」
「いいや、十分だ。我が恨みを晴らし、こうして息子達ともまた会えたのだ。これ以上求めるのは贅沢というものだろう……」
長老は元々老体だった。死期が近いことは覚悟していたのだろう。
ボルグの罠にかかり、死に場所を自分で選べなかったのが心残りなのだと語ったのだ。
「そうだ。心残りと言えばもう1つ。この中から次の族長を決めなければいかんのだ。本来であれば、1番の強者が族長になるのだが、今の我に勝てる者などいまい……」
全盛期であった頃の長老を前に、パタパタと喜びを見せていたウルフ達の尻尾の動きはピタリと止まり、不甲斐なさそうに頭を下げる。
「そこで九条殿。そなたが息子達の中から選んではくれぬか?」
「は? なんでそうなる?」
「今の我は、そなたに生かされていると言っても過言ではあるまい。そうなると決定権は我ではなく、そなたにある」
「そうは言っても俺はウルフ族ではないし、そんなの誰も納得しないだろ?」
「いいや、するさ。どんな形であれ、我は一度敗北しているのだ。我が選ぶことは出来ぬ……」
敗北した者には発言権はない。それがウルフ族の掟なのだろう。
不本意とはいえ俺も元の世界で1回死んでるから、ある意味敗北者なんですけど……。とは口が裂けても言えない。
しかし、やらないといけないことはまだまだあるのだ。皆には悪いが、適当に決めてしまおう。
「はぁ。文句は言わないでくれよ?」
綺麗に並ぶウルフ達。強者を選ぶと言われても、見た目での違いなんてわからない。
これは時間がかかりそうだ……と思っていたが、それは思いのほかすんなりと決まった。
「よし、次の族長は君だ!」
俺はそいつをビシッと指さすと、指名されたウルフに注目が集まる。
そのウルフは片耳が少し欠けていた。
「ほう、訳を聞いても?」
「彼が危険を冒してまで俺を助けてくれたんだ。牢の鍵がなければ俺はここにはいなかった。彼には未来を見据える力がある。それは族長としても重要なことだと思うんだが……。どうだろうか?」
最後の方はもっともらしい理由を付けてちょっと脚色したが、間違ってはいない。
そんな俺をジッと見つめている長老。正直怖いのでやめていただきたい。
「もしかして、ダメか?」
「あぁ、すまん。案外しっかりとした理由があって、驚いてしまったわ」
長老は軽く咳払いをすると、俺が指名したウルフを真っ直ぐ見据える。
「オホン。よかろう。その勇気を称え、次の族長はお前とするとしよう」
耳の欠けたウルフは前に出ると、長老へと頭を下げた。
「承りました。誠心誠意努めて参ります」
族長の拝命を宣言するとウルフ達はそれを受け入れ、遠吠えの大合唱が始まった。
それにビビり散らす村人達ではあったが、長老の横顔はどこか嬉しそうにも見えたのだ。
「さて、これで心残りもない。我は死に場所でも探しに逝こう。やっと安らかに眠れそうだ」
「そうか。色々と助かったよ」
「いやなに。助かったのはこちらの方だ。……おっと、次の予定があるようだし、我々はそろそろお暇しようかの」
長老の目線の先にいたのはソフィア。
俺達の話が終わるのを待ってくれているのだろうが、少々浮足立っているようにも見える。
「では九条殿。息災でな」
長老とウルフ達は小さく頭を下げると、闇の中へと消えて行った。
そして入れ替わりに駆け寄ってきたのは、ソフィアである。
「九条さん。ちょっとお話が……」
村の様子が一段落し、2階で今後の方針についての会合が行われるとの事で呼ばれたのだが、何故かソフィアは2階には行かず、ギルドの裏口に案内された。
お互いが向き合い、俺はソフィアの出方を待っているのだが、何故か俯いたまま黙ってしまっている。
あれ? この空気……。もしかして告白では!? 苦節30年。ようやく俺にも花が……などと、1人で舞い上がったりはしない。
「ごめんなさい!」
「……え? 何がです?」
「記憶……もどってしまいました……よね?」
「あ……あぁ……」
そういえばそんな設定で通していた……。
ソフィアは俺が死霊術を使ったのを見て、記憶が戻ったと思ったのだろう。
しかし、それを肯定することは出来ない。過去を聞かれれば必ずと言っていいほどボロが出る。
素直に閉じ込められたダンジョンで魔法書を拾って……と言おうかとも思ったのだが、この世界のダンジョンの立ち位置がわからない今「勝手に持ってきました」とも言えない。
もし、ダンジョンがギルドの管理下に置かれていれば、それは窃盗と同じこと。
それを防ぐ為に冒険者に担当を付けるようになったと聞いている。
それらを踏まえて都合よく考えた結果、出た答えがコレだ。
「死霊術の記憶だけ思い出したんですよ。ハハハ……」
ご都合主義にもほどがある。
こんなの通じるわけないだろう……と思っていたのだが、そうでもなかった。
「あっ、そーなんですね! ならよかった……」
不安に押しつぶされそうな表情のソフィアであったが、少しだけ笑顔が戻ったような気がした。
「いや、よかったって……」
ソフィアやカイルから見ればよかったのだろう。俺の記憶が戻れば、村から出て行ってしまうかもしれないのだ。
確かに俺の方も、記憶喪失の嘘がバレて色々聞かれるよりはマシではある。
今はひとまずこれで良しとしようではないか。
――――――――――
ソフィアは薄々だがわかっていた。
咄嗟のことで隠してしまってはいるが、九条は冒険者の最高峰とも言えるプラチナプレートなのだ。
本来渡すはずのプレートを隠し、カイルの予備プレートと取り換えたのである。
もちろん罪悪感もあった。だが、村の為を思うと見て見ぬふりは出来なかったのだ。
プラチナプレートの冒険者は、本部のある王都での活動を余儀なくされる。そうなれば村のギルドが潰れてしまうのは、火を見るよりも明らかだった。
今回の件ではっきりした。九条の記憶は戻っているのだろうと。だからこそ、会合の前に謝るつもりで呼び出した。
そして、ソフィアは九条からの罰を甘んじて受けようと決心していたのだ。
だが、九条はそうはせず、記憶は戻っていないと言い張る。ソフィアにはその真意がわからなかった。
(記憶喪失の方が都合がいい? 村の為? それともミアの為……?)
ソフィアはそこで考えるのをやめた。そんなことはどうでもよかったのだ。
ただ1つ言えることは、九条が村の危機を救ってくれた救世主であるということ。
その九条がそう言ったのであれば、いらぬ詮索はやめて、九条の望み通りにしようと考えを改めたのである。
――――――――――
俺とソフィアがギルドに顔を出すと、あらかたの村の代表が揃っていた。
ミアとカガリ、それとカイルによみがえった武器屋と防具屋の爺さんもだ。
村長は俺の前に来ると「村を救ってくれてありがとう」と涙ながらに一言。大体の流れは俺がよみがえらせた御老人達に聞いたとのこと。
「しかし、村の墓を暴くのはどうなんだ? やってることは墓荒らしと一緒じゃないか」
声を上げたのは、自治会の会計を務めている男だ。
まあ、言われるとは思っていたので、それほど気にはならなかった。
「助けてもらっておいて、それはないんじゃないですか?」
強い口調でそう言い放ったのはミア。何十歳も上の大人に意見するその気概は子供とは思えないほどに勇敢だ。
「助けてもらった事には感謝している。しかし他にやりようがなかったのかと言っているんだ」
「やり方なんかなんだっていいじゃないですか! おにーちゃんがいなかったら今頃私達はここにはいませんでした。違いますか!?」
ミアの剣幕に目を丸くした。こんなにも怒りを露にしているミアを見たのは初めてだった。
恐らくは、俺のことを思って意見してくれているのだろう。
「ありがとうミア。でも、いいんだ。……墓を暴いたのは事実。だが村を救う為、仕方がなかったんだ。許してくれ」
実際ダメなことだとは知っていた。だからこそ、使われる本人に許可を取ったのだ。
だが、それでも納得はしないだろう。それを早期解決させることのできる唯一の方法がカネである。
「なので詫びも込めて、ボルグの賞金である金貨300枚は、村の復興に充てる為寄付しようと思う。それと盗賊達が貯めていた財宝もだ。俺がボルグに勝てばもらえる約束だったからな。アジトの場所は縛っておいた傭兵の男にでも聞けばわかるだろう」
それを聞き、会計の男の目の色が変わるのがはっきりとわかった。その態度をガラリと変えたからだ。
わかりやすすぎて、滑稽である。
「そうか! えーと……名前は……」
「九条だ」
「そうだった、九条。ではさっそく復興資金の内訳を決めるとしよう」
会計の男はどこからか帳簿のような物を取り出し机に置くと、嬉しそうにペンをとる。
ミアは拳を握り締め、それをテーブルに振り下ろした。
「助けてもらっておいておにーちゃんの名前すら憶えてないなんて……。礼くらい言えないんですか!?」
ミアの言いたいことはもっともであった。
そもそも俺がカネを出す必要はないのだ。出したところで墓地の修繕費が妥当。
ちゃんと復興に使うかも怪しいものである。
「子供のクセに偉そうに……。自慢のおにーちゃんが強くて、さぞ鼻が高いのだろう」
座っていた椅子を倒してしまうほどの勢いで立ち上がるミア。
振り上げられた拳は小さなものであったが、それを止めたのは武器屋の爺さんであった。
呆れたような表情を浮かべ、大きなため息をついたのだ。
「やれやれ……。大の大人が子供相手に恥ずかしくないのか? それに九条殿の復興資金は、お前に預けるとは一言もいっておらんじゃろ?」
会計の男は不思議そうな顔で、武器屋の爺さんを見ていた。
「私は自治会で会計を担当しているんですよ。わかりますか?」
その真意を理解せず、帰ってきた答えは誰にでもわかる当たり前のもの。
ボケた老人にも優しく教えてやっているといったバカにした言い方である。
「いや、そういうことじゃなくてじゃな。村の復興に充てるとは言っていたが、村に寄付するとは言っておらんじゃろ?」
「村の復興に充てるんですから、村以外に寄付する所なんかないでしょう? ねぇ村長?」
会計の男は村長に同意を求めるが、村長は返事をしなかった。
それにしびれを切らしてか、俺に直接聞いてきたのだ。
「九条。村に寄付するんだよな?」
「……いいや、違う。俺が寄付するのは村のギルドだ」
「なッ!?。ギルドに寄付しても村の復興に使うかわからないじゃないか! 村に寄付して、会計の私がまとめた方が早い! なんで私じゃなくギルドなんだ!?」
その様子に溜息しか出なかった。まあ、こんなものだろう。結局はカネなのだ。
しかし、俺の言っていることがわかっていないようなので、ちゃんと教えてやった。
「ボルグと交渉していたのはソフィアだ。今この村の代表はソフィアなのだろう? 村の代表が管理するんだ。何か問題でもあるのか?」
そう、この件に関してはソフィアにすべて任せると村長が言ったのだ。
会計も含め、ギルドに避難していた全員がそれを聞いている。
「そ……それは……」
悔しさを顔に滲ませるも、何も言えなくなってしまった会計の男は、惜しみながらも帳簿を閉じた。
「異論はないな?」
「……はい……」
あっけにとられたような顔で俺を見上げていたミアに、得意気にウィンクをして見せると、その顔には満面の笑顔が戻ったのだ。
「さてと、話は終わりかな? そろそろワシ等の命も残り少ない。孫の顔を見たら天国に戻ろうとするかの……」
それには皆何も言えず、顔をしかめるしかなかった。
「これこれ。そんな暗い顔をするでないよ。九条さんのおかげで村も救えた。ワシらは自分達の手で村を守ったのじゃ、十分満足しとるよ」
「お゛どう゛ざ~ん゛」
武器屋の親父が泣きながら自分の父親に抱き着いた。少々大きいが、その様子はまさに親子である。
「やめんか。いい歳して皆の前でみっともない……。はぁ……。子供はいつまでたっても子供じゃのぉ」
「ありがとうございました皆さん。墓は責任を持って元に戻すので……」
「いやいや、そんなに気にする事はないさ。村に危機が迫ったら、またワシ等を呼び出すとええ。いつでも協力するからの」
「はい。その時は是非」
死者達の代表として交わした握手は、少々冷たかった。
それから1時間後。俺とミアは老人達と一緒に共同墓地へと向かっていた。魂を天へと帰す為である。
時間ギリギリまで生かすという選択肢もあったのだが、役目は終えたと全員が解放を望んだのだ。
自分の足で墓地へと向かって歩いていく老人達の後ろには、1人、また1人と参列者が増えていく。その様子はさながらハーメルンの笛吹き男。
墓地に着くと、家族との最後の別れを惜しみながらも、自ら棺桶へと入っていった。
「じゃぁ、やってくれ。九条さん」
「はい……」
袈裟ではないので違和感は否めないが、仕方がない。バサリと手術着を翻し、ゴツゴツの地面に正座する。
ゆっくりと目の前で手を合わせ、合掌。そのまま目を瞑り、深く頭を下げた。
そして読経を始めると、場の空気が一変したのだ。
その声は低く、怪しい呪文のようにも聞こえる。それは念仏と呼ばれるもの。葬送の儀式である。
死霊術で強制的に天へと返す方法もあった。しかし、それでは味気ない。礼には礼を尽くすという意味でも、ちゃんと送り帰そうと思ったのだ。
俺はそれが力のある言葉なのだと知っている。父の背を見て育ってきたのだ。幾度となく行われる葬儀で、天へと帰っていく魂を見ていたのだから。
闇夜に浮かぶ共同墓地。線香と焼香の代わりは、燃え盛る篝火の灯りだけ。
その景色に皆が一様に息を呑んだ。
恐らくは誰も見たことがないであろうそれは、独特な雰囲気を漂よわせつつも安穏であり厳かであった。
魂が解放されると、作られた肉体は塵と消え、残されたのは白骨化した身体と蒼白の輝きを見せる魂だけ。
その者達の声は、すでに俺にしか聞こえない。
辺りに漂う無数の魂が俺の周りに輪を作ると、ゆっくり天へと昇って逝く。
儚くも神秘的なその様子は、まるで天燈節のようにも見えた。
「きれい……」
――村を救った英雄達の旅路が心休まるものでありますように……。
皆が空を見上げ、それを願い続けたのである。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。




