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生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない  作者: しめさば


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老人会

 ギルドから出て来たのは大きな麻袋を背負ったミア。


「マジかよ……。お前があのデケェキツネを使役してんのか?」


「……」


「だが、帰ってこねぇ所を見ると、範囲外に逃がしたのか?」


「……」


 ミアは答えない。憎しみを込めてボルグを睨みつけていた。

 反抗的な目。ギルド職員とは言えまだ子供。それが、ボルグよりも質のいい魔物を使役しているのだ。

 ボルグがミアに劣等感を覚えてしまうのも仕方ない。


「チッ。気が変わった。お前も担保にする。アジトに帰ったらあのキツネを呼べ。俺が貰ってやる」


「ちょっと待ってください! 話が違います!」


 抗議の声を上げるソフィアだが、相手がそんなことを聞くはずがない。


「フン、知った事かよ。……よし、お前等ずらかるぞ! そこの女と子供を縛れ」


 ボルグが背を向け、盗賊の1人がロープ片手に近づこうとしたその時だ。松明の光が届かぬ暗がりから、何者かが駆けて来る足音が聞こえた。

 徐々に大きくなる不規則な足音は複数。それもかなりの数である。

 状況から見て、ベルモントからの救援が到着したのだと考えるのが妥当。それに焦ったボルグは、暗がりを凝視する。


「村を守るのじゃぁ!」


「「おぉー!!」」


 気の抜けるような声と共に闇の中から姿を現したのは、老人の集団だった。

 武器を携えているところを見ると、捨て身の攻撃にも見えなくもないが、それは今にも他界しそうなご老体ばかり。

 まずはベルモントからの救援でなかったことに安堵の表情を見せるボルグであったが、それはすぐさま怒りへと変化した。


「脅かしやがって! 野郎ども! ぶっ殺してやれ!!」


「おぉぉぉぉ!」


 どこからともなく現れた老人達と盗賊達がぶつかり合う。

 常識的に考えて80歳を超えるであろう、歩くことさえもおぼつかない老人達だ。盗賊達に敵うはずがないのは、誰の目から見ても明らか。

 しかし、剣を交えた違和感に、盗賊達は動揺を隠せずにいた。

 ちょっと押せばバランスを崩し倒れてしまいそうな華奢な手足は、見た目とは裏腹に剛腕剛脚。

 まるで大地に根を張っているのではないかと思うほどビクともせず、鍔迫り合いも押し負ける。


「クソッ……! なんだこいつら……!?」


「ウルフ共は何してる!」


 もちろんウルフ達も果敢に立ち向かっていた。

 足や腕に必死に咬みついてはいるものの、老人達はそれを振り払おうともせず、引きずりながら戦っているのだ。

 両者とも血だらけ。しかし、老人達についている血はその全てが返り血だ。

 程度はどうあれ傷は増していくのだが、そこから血は1滴たりとも流れてはいない。

 必死に抵抗する盗賊達は、それにすら気付けないほど余裕がなかった。数は互角だが、圧倒的に老人達の方が勢いがあったのだ。


「おい、傭兵のダンナ! 黙って見てねぇで手ぇ貸せ!」


 深く被ったフード付きのローブから見えるのは口元だけ。

 小さな舌打ち。そこから読み取れるのは迷いだ。


「味方も吹き飛ばしちまうことになるぞ!?」


「いいからやれ!」


 負けてしまっては元も子もないと判断したボルグ。

 魔術師(ウィザード)の男は、仕方なく味方の少ない所に狙いを定める。


「【業火炎弾(ファイアボルト)】!」


 炎の塊は光跡を残しながらも老人達に向かって一直線に飛翔し、それは着弾と共に激しく破裂。爆炎が辺り一面を吹き飛ばす。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 上がる悲鳴に呻き声。にも拘らず、老人達だけが何事もなかったかのように起き上がる。

 その様子はまるで不死身。爆発の影響で体中真っ黒だが、傷らしい傷は負っていない。

 さすがのボルグもそれには畏怖を感じ、プライドを捨てギルドへ向かって駆けだした。


(人質を取ればッ……)


 それを阻止したのはカガリだ。ミアとソフィアの間に割って入ると、ボルグを睨みつけ唸り声を上げる。


「カガリ!」


 ミアは戻って来てくれたカガリを見て目頭が熱くなった。

 そのカガリの後ろ脚には、拙いながらも包帯が巻かれていたのだ。

 それは誰かがカガリを治療した痕跡であるが、赤く滲むそれが完治には至っていないことを物語っていた。


「バカめ! 今更戻って来て何になる!? 貴様は俺の支配下に入れ!」


 ボルグはカガリへと手をかざした。それは獣使い(ビーストテイマー)のスキル”服従”。弱らせた獣を支配下に置き、隷属させるというものだ。

 カガリの支配権を奪うことが出来れば、形勢逆転も夢じゃない。

 ミアはギルド職員とは言え子供。ボルグには、その支配権を奪う自信があった。


「……何故……なんでだ! てめぇの方が俺より上だってのか!?」


 カガリを服従させることが叶わず苛立ちを隠せないボルグは、ミアを睨みつけ怒鳴り声を上げる。

 そもそも前提が間違っていた。ミアがカガリを従えているわけではないのだ。

 例えミアが使役していたとしても、スキルレベルの差という話ではない。

 ”獣使い(ビーストテイマー)”ではカガリを使役することがそもそも不可能。カガリは魔物ではなく魔獣。

 ”獣使い(ビーストテイマー)”と”魔獣使い(ビーストマスター)”の適性は全くの別物。根本的に違うのである。

 そうこうしている内に、盗賊達の防衛網を2人の老人が突破した。


「お主のその剣、特注か?」


「コレか? これはワシが死んだときに、息子が打って棺桶に入れてくれたんだわ。ええじゃろ?」


「えぇのぉ。ウチの息子はそんな事してくれんかったわ……」


 まるで戦闘中だとは思えない緊張感のなさである。


「ふむ……。見た所、盗賊の長はあのキツネが相手をするようじゃの……。じゃぁワシらはあのフードの男をやろうかのぉ」


「まさか死んでからコンビを組むことになるとは……。いやはや、わからんもんじゃのぉ武器屋の」


「ほっほっほ。まだまだ若いもんには負けんよ、防具屋の」


 2人の老人はそう言うと、魔術師(ウィザード)の男めがけて駆けていく。

 明らかに老人とは思えない、強靭な足腰。その素早さ故に傭兵の男は防戦一方だ。


「あの剣……俺の打った……」


 それに気付いたのは、ギルドの小窓から外の様子を窺っていた武器屋の親父。

 老人の振るう一振りのショートソード。それは武器屋の親父が父親の葬儀で餞別にと棺桶に入れた物であった。

 それを携え、目の前で死んだはずの父親が、意気揚々と戦っているのだ。

 しかも、その隣にいるのは仲の悪かった防具屋の爺さんである。

 その動きは素人のそれだが、2人は本当に仲が悪かったのかと思う程の連携を見せていた。


「クソッ……!【浮遊術(レビテーション)】!」


 傭兵の魔術師(ウィザード)が、なんとか隙を見つけて唱えたのは、空中浮遊の魔法。


「あっ! 逃げるとは卑怯じゃぞ! 降りてこんかい!」


 それを見上げて騒ぎ立てる2人であったが、その声も虚しく傭兵の男は闇の中へと消えていく。


「【呪縛(カースバインド)】」


 突如、暗がりから聞こえた声と共に出現したのは無数の小さな魔法陣。そこから伸びた黒い鎖が、宙に浮かぶ傭兵の男を瞬時に拘束し引き寄せる。


「ぐっ!」


 勢いよく落下した傭兵の男は、地面に叩きつけられるとそのまま意識を失った。


 気が付くと盗賊達の殆どが倒れ、残るボルグだけが老人達に取り囲まれていたのだ。


「なんなんだ、お前ら!」


「防具屋の。ワシ等は一体なんなんだろうなぁ?」


「難しい質問じゃが……。強いて言うなら『地獄からの使者』と言ったところかのぉ武器屋の」


「死者だけにってか? ちげぇねぇ。かっかっか……」


 嬉しそうに笑顔を見せる武器屋と防具屋の先代。


「それにしても、さすがじゃのぉ。空を飛んでも逃さぬとは」


「うむ。これなら村も任せられるというものじゃ。のぉ九条さん」


「いえいえ。買い被りすぎですよ」


 武器屋の先代が、顔を向けた暗がりからゆっくりと姿を現したのは、怪しい魔法書と金属製のくたびれたメイスを持った九条である。


「てめぇ! どうやって出てきた!?」


「おにーちゃん!」


「九条さん!」


 ミアとソフィアは何が起きたのかを理解した。九条が姿を見せたことにより、死霊術が関係しているのだろうと頭の中で紐づけたのだ。

 この老人達は村で亡くなった者達を、九条がよみがえらせたもの。スケルトンやゴーストなどでは村人達がパニックになる恐れがあったからだ。

 もちろん九条が操作している訳ではない。よみがえらせた死体の中には本人の魂が込められている。

 九条は魂を呼び、村が襲われていることを知らせ、納得した者のみをよみがえらせたのである。

 それは蘇生とは別であり、あくまで完璧な肉体をもったゾンビなのだ。故にその身体の維持には制限時間も存在する。九条の魔力でも精々5時間程度が限度だ。

 そして九条は、彼等にありったけの強化魔法をかけたのである。


「さて、降参するか?」


「もう勝った気でいるのか? 俺にはまだコイツ等が残ってる!」


 ボルグはまだまだ強気な様子。九条を強く睨みつけると、唸りを上げるウルフ達。


「俺とサシで勝負しろ!」


「やだよ。このまま全員でかかれば、こちらの勝ちは確定してるだろ?」


「ビビってんのか? 腰抜けめ」


「その提案を受けるメリットは、俺にはない」


「じゃぁ、俺に勝ったらアジトの財宝を全部くれてやる」


「……よし、乗った!」


「おにーちゃん!?」「九条さん!?」


 ミアとソフィアは、抗議の声を上げた。九条が、ボルグの挑発に乗ったと思ったのだ。

 盗賊の言うことなど、聞く必要はないと思うのは当然である。

 しかし、九条は別の事を考えていた。村のあちこちで上がる火の手は相当な被害。

 村の復興にはお金がかかる。その費用を盗賊達に負担させようと考えていたのである。

 九条は、盗賊達のアジトに保管してある財宝を目にしていた。いくらになるかは不明だが、損害賠償請求は被害者側の当然の権利。言質を取る為、ボルグだけを残したのだ。


「で? 勝負の方法は?」


「もちろん一騎打ちだ。己の力のみの勝負……。シンプルだろ?」


「わかった。じゃぁ、そう言うわけなんですいません。ご年配の方々はしばらく休んでいてください」


「やれやれ、律儀に言うことなぞ聞かずに、全員で囲んじまえばええのにのぉ」


「まあ、そう言うな武器屋の。これも若さゆえよ」


 老人達は武器を置き、腰を下ろすと井戸端会議。それを見たボルグは余裕の表情を見せた。


「開始の合図はそっちに譲ってやるよ」


 不敵な笑みを浮かべるボルグであったが、その考えは手に取るように読めていた。

 九条の恰好は、薄青のローブに腰のメイス。それと手元の魔法書だ。そこから連想される適性は、神聖術である。

 ボルグは老人達を死者だとは気付いていない。ならばその強靭な肉体は神聖術で強化していると見るのが妥当。

 それは、九条が最後まで姿を現さなかった裏付けにもなっていた。強化魔法をかけた者が倒されてしまえば、その効果が切れてしまうからだ。

 神聖術のセオリーは、まず強化魔法をかけるところから始まる。逆を言えば、それさえ防いでしまえば相手はただの人間だ。ボルグにだって勝機はある。


(恐らく、開始前にウルフ達をけしかけて来る。真面目に一騎打ちをする気なんて微塵も感じない……。だって、めちゃめちゃ顔に出てるもん……)


「ソフィアさん。開始の合図をしてくれますか?」


 急に名指しされたソフィアは、驚きのあまり身体が跳ねあがった。


「わ……私ですか!?」


 慌てふためく様子のソフィアであったが、深呼吸して落ち着きを取り戻す。


「わかりました」


「おにーちゃん……」


 皆が心配そうに事の行方を見守る中、老人達だけが早く終わらないかなぁと上の空で、心ここにあらずな様子。

 それは薄情なのではない。結果を知っているからだ。


「では、いきます」


 ボルグは斧を構え、九条は開いた魔法書を下に構える。


「5秒前! 4、3……」


「ヒャッハー! 行けぇウルフ共!!」


 開始の合図より前に襲い掛かるウルフ達。それは毛の色も相まって、小さな津波のようである。

 だが、九条にはわかっていたことだ。落ち着いて距離を取り、魔法書から角のついた頭蓋骨を取り出すと、向かってきたウルフ達に投げつける。

 それはあっさりと躱され、無残にも地面へと転がった。すると、ウルフ達は何故かその足を止めたのだ。

 その視線の先にあるのは、地面に横たわる頭蓋骨。どこか懐かしさを覚える匂いに、本来の目的を思い出したのである。


「何してる! 行け! 殺せ!!」


 そんなボルグの声も虚しく、ウルフ達は動かない。その頭蓋骨を見てしまった時点で、もう何者にも縛られることは無いのだから。


「【死者蘇生(アニメイトデッド)】」


 真紅の光が魔法書を包み、角のついた頭蓋骨の周りに大きな魔法陣が出現すると、それは生前の姿を取り戻していく。

 骨格が作られ肉が付き体毛が生えそろうと、銀の瞳が命を宿す。

 そこに具現化したのは、ウルフ達が探していたであろう長老と呼ばれる者である。

 青白い毛並みに聳え立つ1本の角。銀の瞳から発せられる眼光は鋭く光り、その体格は象と同等か、それ以上。

 長老とは思えぬほどの躍動感に満ち溢れ、それはウルフ族の王と呼ぶに相応しい。

 ダンジョン内で見かけた人魂は、ボルグの卑劣な罠により閉じ込められ、その生涯を終えてしまったウルフの王たる魂であったのだ。

 ボルグを倒すために協力を求めた九条に対し、怒りと憎悪に染まった魂は、その恨みを晴らす為、2つ返事で協力を約束したのである。


「……よもや全盛期の姿でよみがえることが出来ようとは……。九条殿……感謝する」


「「長老!」」


 その雄々しき姿を見てウルフ達はその場にひれ伏し、長老と呼ばれた狼は、ボルグを頑として睨みつける。


「さて、ボルグと言ったか……。貴様よくも我を騙し、幽閉したな。覚悟は出来ているのであろう?」


 ボルグは狼狽し、何かを言おうとしていたが、恐怖からか声は出ていなかった。

 膝はガクガクと震え、立っているのがやっとといった状態。凄まじい威圧感は、正面に立たずとも萎縮してしまうほどの迫力だ。


「そういえば貴様は一騎打ちが望みだったな。我が九条殿の代わりに相手をしてやろう。かかってくるがいい」


 ボルグは震えた手で斧を構えるも、腰が引けてしまっていた。

 ウルフの長老が何を言っているのかは、わからない。だが、ここで死ぬのだろうということだけは、誰の目から見ても明らかであった。


「あ……あぁ……ぁ……」


「なんだ? 来ぬのか? ……では、こちらから行くぞッ!!」


 恐怖と絶望に染まるボルグの表情。カガリのふさふさの尻尾がミアの顔を覆うと、ボルグの断末魔が村中に響き渡った。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。

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