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盗賊団

 樹々の間を通り抜ける穏やかな風。囁きにも似た葉音と共に、肌を優しく撫でていく。

 目の前には大自然。うららかな陽気でピクニックにはもってこいの晴天なのだが、現在向かっている先はそれとは無縁の炭鉱跡地。

 白狐曰く、そこにウルフ達が棲み付いているとのこと。これからウルフ達と一悶着あるかもしれないと思うと気が滅入る。

 こんなことならついでに『炭鉱調査』の依頼を受けておけばよかったと少し後悔した。

 そんな俺の気持ちをよそに、意気揚々とカガリの背に跨るミア。

 ギルド職員とはいえまだまだ子供。その足で森の中を長く歩くのは流石に骨が折れるだろう。

 その顔に疲れが見え始めた頃、休憩しようかと提案するも、ミアは強気な様子で大丈夫だと言い張った。それに見かねて、カガリが自分の背に乗せたのだ。

 魔獣と呼ばれる獣の背に乗れる機会なぞ滅多にないことだろう。今やミアの疲れはどこかへ吹っ飛び、ご機嫌である。

 俺も乗りたいと言ったら、大人の男性は無理だとやんわり断られた……。


「主様。そろそろ……」


「ああ」


 カガリが何かの気配を感じ、茂みに隠れながら炭鉱入口の様子を窺う。

 そこにいたのはウルフではなく、厳ついゴロツキ風の男が1人。腰にはショートソードをぶら下げている。

 恐らくは見張りだろう。入口横の壁にもたれ掛かり、暇そうに欠伸をしていた。


「盗賊だ……」


 小さな声でミアがそう言うと、俺は心の中で笑ってしまった。

 初めて見た盗賊が、まさにイメージ通りだったからだ。むしろ盗賊以外の何者にも見えない。


「ミア。盗賊というのは、こちらからいきなり殴りかかってもいいのか?」


 至極もっともな疑問である。

 もしかすると盗賊のコスプレをした一般人かもしれないし、盗賊になったばかりでまだ悪事を働いていない新人かもしれない。


「賞金首とその仲間。後は現行犯なら大丈夫だけど……」


「ギルドに炭鉱が盗賊達の隠れ家になっているかもしれないと報告すればどうなる?」


「多分調査隊が組まれると思う。コット村のギルドは規模が小さいからすぐには無理だけど、隣町のギルドから遠征してくれると思うから明日には来てくれるはず……」


 そういう事ならここは一旦引いて、ギルドに報告するのが得策か。

 相手の人数もわからずに突撃するなんて愚の骨頂。ミアを守りながらであれば、尚更無理は出来ない。


「よし、じゃぁ1度戻ってギルドに報告しよう」


 ミアとカガリが無言で頷いたその時だった。炭鉱跡から1匹のウルフが出て来るのが見えたのだ。

 ナイスタイミングだと思った。彼らが争ってくれれば、この場を去るのは容易い。

 しかし、その予想は大きくはずれた。2人は争う様子を見せるどころか、お互いが無関心であったのだ。

 一体何故……? などと考えている暇はなかった。

 天を仰いだウルフは鼻先をヒクつかせると、瞬時にこちらに向き直り激しく唸り声を上げたのである。


「そこに誰かいるのか!?」


 それに気が付き、ショートソードを抜く見張りの男。

 警戒しながらも、ゆっくりとこちらに近づいて来る。


「ミア、先に行ってギルドに報告しろ。カガリ行け!」


 刹那、ミアを乗せたカガリは凄まじい速度で村へと駆け、俺はそちらに気が向かないようにと茂みの中から立ち上がる。


「待ってくれ。俺に争う意思はない」


「てめぇ、ここで何してる……」


「ギルドの依頼で炭鉱調査の下見に来たんだ……」


「ふぅん……。冒険者か……」


 舐め回すように見つめる見張りの男。隣のウルフは黙ってその場を動かない。


「この場所を知られたからには生かしておけねぇ……。と、言いたいところだがそれを決めるのはお頭だ。暫くは大人しくしてろ」


 俺はそのまま抵抗することなく捕らえられ、炭鉱の奥へと連行された。

 盗賊退治をしに来たわけじゃない。炭鉱の調査である。話せばわかってくれるだろうと本気で思っていた。


 ――だが、ここは異世界。俺の考えが甘かったのだ……。


 どれだけ歩いただろうか。入口が1階だと仮定すると、今は地下3階辺りを潜っているはず……。

 壁に掛かるランタンの光は恐らく魔法の力によるもの。少々薄暗いが安定していて、炎のように揺らめいたりはしない。

 それに照らされる風景は天然の洞窟という感じではなく、ダンジョンの一角といった雰囲気だ。

 壁はブロックが敷き詰められていて岩肌は見えず、床も平らで歩きやすい。幌付きの馬車が1台ギリギリ通れる程度のそこそこ大きい通路である。


「とっとと歩け!」


 急かされながらも言われた通りにダンジョンを歩く。目隠しをされていないのが幸いだった。もしもの為に、しっかりと道を覚えながら進む。

 記憶力は良い方だと自負している。実家の手伝いとは言え、幾つもの宗派のクソ長い経典を丸暗記しているのだ。それに比べれば、道を覚えるくらい朝飯前である。


「開けろ!」


 目の前に現れたのは大きな木製の扉。中から騒がしい声が聞こえてくる。

 だが、どうやって開ければいいのか……。武器は取り上げられ、手は後ろで縛られている。


「手が……」


「ああ、そうだったわ」


 結局、扉は見張りの男が自分で開けた。

 そこは明るく大きなホールのような場所だった。広さ的には学校の体育館程度の大きさ。

 両サイドにはいくつかの篝火が並べられていて、其処彼処にゴロツキ達が見えた。

 一番奥に見えるのは、宝箱のような物にどっしりと腰掛ける中年の男。その周りには十数匹のウルフと、高級そうな調度品の数々が所狭しと並べられている。

 その顔に見覚えがあった。無精髭を生やしている肉付きのいい中年男性。賞金首の男だ。

 ギルドの掲示板で見た似顔絵にそっくりだった。

 名前は確か……ボルグだっただろうか。

 賞金首がいるなら、最初から抵抗しておけばよかったと今更ながらに後悔する。


「おい、なんだこいつは?」


「へいお頭。入り口のあたりをウロウロしてやがりまして……」


「プレートをしてるってことは冒険者か。……ん? もしかしてコット村の新しい冒険者ってのはお前か?」


 何故ボルグは俺が新人だと見抜けたのだろうか? 盗賊の情報網が優秀なのか、プレートが綺麗な新品だったからか……。もしくは、何かの魔法やスキルの可能性もなくはない。


「まぁいい。それでカッパーの冒険者が何の用だ? 入団希望か?」


 ニヤニヤと気味の悪い笑顔を向けるボルグ。

 周りのゴロツキ達がゲラゲラと下品に笑い、その反響で奏でられた不協和音は鬱陶しいと思えるほど。


「いや……。ギルドの依頼で下見に来たんだ……」


「ギルドの依頼だとぉ? 俺達の討伐依頼か?」


「炭鉱の崩落の調査なんだが……」


「まあ、そんなとこだろうな。盗賊のアジトに1人で乗り込んでくるアホなんか、そうそういねぇ。運が悪かったな、にーちゃん」


 ゴロツキ達はまたしてもゲラゲラと笑い声を上げ、ここまで連れてきた見張りの男も一緒になって笑っていた。

 ボルグの『1人で』、という言葉に何の反応も示さなかったということは、ミアとカガリには気が付かなかったということだ。

 ならば、明日には助けが来る確率が高い。


「おい」


 ボルグが顎で何かを合図すると、ゴロツキの1人が俺に近寄り首に掛けていたプレートをむしり取った。


「どうだ?」


「……なんの変哲もないカッパーですね」


「フン、雑魚か……。その歳でカッパーなら冒険者の才能はねぇな。土下座するなら仲間に入れてやってもいいぞ?」


 盗賊達からブーイングが巻き起こる。

 そんなこと言われずとも、こちらから願い下げだ。


「ガハハ、雑魚はいらないとさ。おい、コイツを牢にでもぶち込んでおけ!」


 そこから少し離れた通路の奥。見張りの男は小さなテーブルの上にあった錆だらけの鍵で鉄格子の牢を開け、そこに俺を閉じ込めると、元来た道を戻っていった。

 牢の外には見張り役なのか、ウルフが1匹テーブルの下で伏せている。

 手は未だに縛られているが、たとえ自由であってもテーブルの上の鍵に手は届かない。

 さて、どうしたものか……。

 このままでも1日待っていれば救助が来るだろうと思っていたので、それほど慌ててはいなかった。

 むしろ心配だったのは、ミアとの距離だ。ガブリエルは運が悪くなる程度と言っていたが、即死レベルの出来事が起きたらどうしようもない。

 何か役立つ物はないかと牢の中を物色するも、寝床だろう麻布が1枚と、厠用だろう木製の桶が1個置いてあるだけだ。

 救助を待たずに脱出できるならそれに越したことはないのだろうが、現状その望みは薄く、諦めて地面に腰を下ろす。

 薄暗いダンジョンの牢の中、何処か遠くから水の滴る音が響いているのが聞こえる。

 何もやることがなく、目の前で寝ているウルフを見ていて思い出した。それは俺に与えられた役割。キツネとウルフとの橋渡しだ。


「あーあー。そこにいるウルフ君。聞こえますか?」


 ウルフの耳がピクリと動いた。恐らく聞こえているのだろうが、それ以外の反応はない。

 そのウルフは、よく見ると片耳が少し欠けていた。


「なぁ、聞こえてるんだろう? 俺は動物の言葉がわかるんだ。暇だからちょっと話でもどうだ?」


 またしてもピクピクと動く耳。

 面倒だと思ったのか、それとも俺の存在が鼻についてしまったのか。ウルフは俺を強く睨みつけた。


「じゃぁ、バカみたく猫のマネでもしてろ……」


「ニャーニャー」


 恥ずかしさを我慢し猫の真似をすると、ウルフはガバっと起き上がり目を見開いた。


「お前、ホントに我の言うことがわかるのか?」


「だからそう言ってるじゃないか、まだ猫の真似が必要か?」


「いや、すまない。まさか我等の言葉がわかる人間がいようとは……」


 丁寧な謝罪。そのウルフの口調から敵意は感じられなかった。


「なあ。なんでお前らは盗賊と一緒に行動してるんだ? 飼われてるのか?」


 ウルフは俺をキッと睨みつけると、激昂した。


「違う! 我等誇り高きウルフ族が人に飼われることなどない!」


「あ、いや、すまなかった。言い方が悪かった」


 飼われていないのなら、無理やり従わされているということだろうか?

 先程の口ぶりだと、言葉で意思疎通を図っているわけではなさそうだ。


「長老を探しているんだ……」


「長老?」


「我等の長だ。人間共の戦争で森を追われた俺達はバラバラになった。なんとか再集結出来たものの、長老が行方不明なのだ」


 先程までの興奮はなく、悲しげに語るウルフは悩んでいるようにも見えた。


「ある日ボルグが現れ、協力すれば長老を探してやると言ってきた。手詰まりだった我等にはあいつを頼るしかなかったのだ」


「ボルグは動物の言葉がわかるのか?」


「いや、一方的に言われただけだ。こちらの言葉は理解していなかった。というよりあいつの命令には逆らえないんだ……。近くにいると……うまく言えないが……群れの長と勘違いしてしまう……」


 盗賊とウルフ達が一緒にいる理由はわかった。

 しかし、言葉がわからないのに、長老を探していることを知っていると言うことは、ボルグは最初から居場所を知っているか、既に……。

 命令に逆らえないというのは催眠術のような魔法かスキルだと考えれば納得がいく。


「そうだ。俺もその長老を探すのに協力するから、ここから出してくれないか? どうせなら話の通じる俺の方がいいだろ?」


「……その申し出は助かる……。助かるのだが、我の一存では決められない……」


 手詰まりである。脱出の手段もなく、万策尽きた。大人しく薄暗い地下牢で、一夜を明かすしかないようだ。

 とは言え、話相手がいるだけマシか……。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直に感じた気持ちで結構でございますので、何卒よろしくお願い致します。

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