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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う
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 (わたし)がレイチェルになってから、始めたことが幾つかある。

 ノートにこれまでの記憶を纏めたりしたことに加え、私は空き時間にこっそり市井に降りていた。


 侍女のメアリーや家族達を欺く為に、魔法で分身を用意するなど、レイチェルの頭脳ならこの程度のことは朝飯前だった。

 エレーナを罠に嵌めるため作り上げた、アリバイ工作魔法の一つである変身魔法を使えば、レイチェルとは違う姿になれる。

 レイチェルのトレードマークである黒髪を、平民でもよく見かける赤茶色にし、黒曜石だと例えられる瞳も、ありがちなヘーゼルカラーにした。

 肌の色は、日に焼けた平民らしい健康な色にして、仕上げに顔の中心にそばかすを散らせば、平民レイラの完成だ。

この魔法ではもとからあるパーツの位置や形も変えられるが、手を加え過ぎると、変身している間の魔力消費が大きく、長く姿を保つことは難しい。

 レイチェルの魔力のタンクは大きい方だが、それでも何かあったときのために力は少しでも残しつつ行動するべきだと考え、この姿に落ち着いた。


 これこそが、空き時間と睡眠時間を削って研究していた抜け穴魔法の正しい使い道だ!と自分に拍手をしたい。


 ゲームが無事エンディングを迎えた後も、レイチェルの人生は平民として続きがあるのだ。遠くはない未来の為に、今のうちから少しでも市井に慣れなければと思い始めた学習だった。

 そしてこの学習が今の私にとって何よりも楽しい趣味へと変わっていくまで、そう時間はかからなかった。


 レイチェルは休みの日のほぼ全ての時間、抜け穴魔法研究に注いでいたけど、私は嬉々として市井に繰り出すようになった。


 前世を思い出してから二ヶ月が経つ頃には、市井での基本的なことを全てを掌握できた。天才肌のレイチェルは何事もスポンジのように吸収できたので、難しいことでは無かった。



 そして、その日も毎度のように分身を置いてから、こっそり家を抜け出し市井に降りた。

 そろそろ、エンディング後の家探しと職探しでも始めようかと目論みながら、マーケットを散策していると骨董品屋で珍しいものを売ろうとしている少年が目に入った。


 その少年は、冒険者が何年もかけてやっと手に入る珍しい宝石を手にしていた。

 しかしこの宝石、ややこしいことに一見炭となんら変わりのない見た目なのだ。だが、宝石だと一定の決められた魔力を流し込めると、美しい紅の宝石へと姿を遂げ、その価値は何億倍だ。

 貴族の間ではよく出回っている宝石であり、私も見慣れているものだった。


 この宝石を見つけた冒険者は一世代でモノによっては貴族と並ぶほどの富を得られると言っても過言ではないぐらい、希少な宝石なのだ。


炭であれば平均10ヤール、宝石であった場合は1億ヤール。ヤールとはこの帝国の通貨の名前で、1ヤールはほぼ1円の価値と同じだ。

 そんな希少な宝石を、宝石店どころか、市井の骨董品屋で売ろうとしている少年が気にかかった。

 私はそっと、骨董品屋に近づき、こっそり店主と青年の会話を盗み聞いた。



「ぼっちゃん、この石炭はうちじゃあ取り扱いできないねえ。」

「そ、そんな! だってこれは、高く売れるって……」

「そりゃあ……こんなこと言っちゃあ可哀想だけど、騙されたんだよ。お前さん、その石炭いくらで手に入れたんだ?」

「いくら?ーーいや、これは貰い物で……」

「ーーそいつは残念だなあ。お前さん、きっとそいつにからかわれたんだよ。」

「そ、そんな……っ」

「ーーまあ、可哀想だが、ソイツは紛れもねえただの石炭だ。うちは見ての通り骨董品屋なんでね、石炭はとりあつかっちゃいねんだ。売りたけりゃ斜め向かいに石炭屋があるからそこへ行くといい。まあ、それ売ったところでパン一つ買えねえがな……」



 やはり、市井の骨董品屋ではその宝石の価値は分からなかったようだ。

 ではどうして、私には分かるのかと言うと、その宝石は我が家にもたくさんあって見慣れていたし、公爵家お抱えの宝石商に原石を見せてもらったことも要因の一つだが、その宝石商に見抜き方を教わったからだ。

 単純に瞳に魔力を集中させれば、その石炭みたいな石の本来の姿が見える。

 しかし、身体の一部に魔力を集中させるこの術は、それなりに大きな力とコントロール力を必要とし、しかも使った後はそれなりの疲労感もある。なので、誰でも出来るといった術ではない。鑑定や調査、追求などといった加護持ちが鑑定するのが本来だ。

 だがこれらの方法は、あくまで正式な鑑定の際に使う力で、単純にその宝石が石炭か否かを見極めるのはもっと簡単だ。

 一定の魔力によって宝石に変わる石は、魔宝石と呼ばれていて、微力ながら魔力を発している。紋章持ちは、その微細な魔力を気配として感知できる。もちろんただの石炭であれば、そんな現象は起こらないので、見分け方は簡単だということだ。

 私が少年に気づいたのも、市井では滅多に感じない魔力を感知したからだ。


 私は、しょんぼりとした少年に優しく声をかけた。


「ねぇ、そこの君。その石、売りたいの?」

「え……? お姉さん……誰?」

「ーー私は、レイラよ。君は?」

「僕は、トーマス……」

「そう、トーマス。よろしくね?」


 市井に降りる際に使っている偽名を少年に名乗ってから、少年に優しく語りかける。


「ねえ、トーマス。その石、誰から貰ったの?」

「ーーこれは、兄ちゃんの……」

「そう……お兄さんは、冒険者なの?」

「ーーえ!そうだよ!すごいねっお姉ちゃん!どうして分かったの?」


 トーマスは弾かれたように顔を上げて、目をキラキラとさせている。まるでマジックを見たように驚く姿がとても率直で、なんとも平民の子供らしく微笑ましい。


「ーーなんとなく、だよ。ねえ、何でトーマスは一人で石を売りにきたの?お兄さんは?」

「兄ちゃんは……この前の仕事で怪我して……いまは病院なんだ……」

「ーーそうなの……。じゃあ、お父さんとお母さんは?」

「父ちゃんは……仕事で怪我してからずっと寝たきりなんだ……母ちゃんは……いなくなった……」


 トーマスは下を向いて、両手で持っている魔宝石をぎゅっと握り込む。

 酷なことを聞いてしまったと反省の意を込めて、トーマスの頭を優しく撫でると、トーマスは石にポタポタと涙を落とし始めながら話し始めた。


「ーー母ちゃんは……出てったんだ……。父ちゃんと、兄ちゃんと、僕をおいて……。父ちゃんが寝たきりになってから、生活も苦しくて……でも、兄ちゃんが冒険者になってからはなんとか生きてたんだけどっ……」

「ーーお兄さんはどれぐらい痛いの?」

「ーー先生はしばらく休んだら大丈夫だって……でも、もう冒険者はできないって……」

「ーーそうだったの……」

「でもっ! 兄ちゃんが、最後の仕事で見つけたこの石は高く売れるってっ……もう危ない仕事をしなくても三人で笑って暮らせるって言ってたんだ!」

「ーーお兄さんから聞いたの?」


 トーマスは瞳に涙を浮かべながら頭を振った。


「ーー聞いたんだ……。兄ちゃんが、ゴーレンに話してた……」

「その人は、お兄さんのお友達?」

「ちがうよっ! あんなやつっ! ーーでも、兄ちゃんはそう思ってると思う……ゴーレンは、兄ちゃんと一緒に冒険者をやってた奴なんだ。でも、兄ちゃんとその話をしたあと、あいつ家に何人かで押し掛けてきて、家中を荒らしたんだっ!」


 石はぎゅっとトーマスによって握られたままだ。


「ーーあいつ、兄ちゃんが石を僕に渡したって知らなかったんだ。ゴーレンは、兄ちゃんが採った石を盗むつもりだったんだっ!……でもこのまま僕が持ってたら、あいつらに捕まって横取りされちゃうっ! 兄ちゃんが頑張って採ってきた石なんだっ!!」

「ーーそう……それで、トーマスは1人で宝石を売りにきたんだね……」


 私は、えぐえぐと肩を揺らしながら泣いているトーマスの頭を撫でてから、ゆっくりと抱きしめた。

 抱きしめたことで安心したのか、さらに激しく泣きはじめたトーマスを落ちつかせようと、優しく背中をポンポン叩いてあやしながら話しかけた。


「頑張ったね。トーマスは、頭が良いね。それに勇気もある!」

「ーーうぅっ……でもっ……これは売れないっ……パンもっ……かえないって……!」

「大丈夫。それは、とっても貴重なものだよ。トーマスのお兄さんが怪我をしてまで一生懸命採ってきた価値のある石だよ。」


 私がそう言いきると、トーマスはきょとんと驚いた顔をむけてきた。その瞳には、私の言葉に希望を見つけた光があった。


「ーーほ、ほんと?」

「うん、本当だよ。トーマスは頭も良いし、勇気もある。そして何より、運が良いよ。大丈夫。私が、その石を売ってあげる。一緒にお兄さんとお父さんを助けよう。」


 私がそう笑いかけると、トーマスは感極まった様にまた泣き出し、でも嬉しそうに抱きついてきた。

 ここまで事情を聞いてから放り出すなんてできないし、何よりトーマスの純粋な瞳を守ってあげたいと思ってしまったのだ。



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