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「あぁ、エレーナ……君の瞳はなんて美しいんだ……!世界中のどんな綺麗な宝石も君の瞳には敵わないよ……」
「セドリック様っ!私もセドリック様の、優しい森のような瞳の色が大好きですっ……」
「エレーナ!ーーなんて可愛らしいことを言うんだっ!」
「セドリック様っ!」
ーーなんだ、この茶番は。
学園での午前の授業を終え、学友と共にランチをとりにガーデンレストランへと向かうため、この学園の目玉である青薔薇庭園を通ったのが間違いだったのか……。
この二人がここで逢い引きしていたの、すっかり忘れていたわ……。
「まっ! またあの元平民風情がっ! 性懲りも無く殿下に近づいているなんてっ!」
「なんて図々しいのかしらっ!」
「さすがは元踊り子の娘ね。身も心も軽いったらありゃしないわっ!」
「レイチェル様っ……こんな場面を何度と見せられて、お可哀想にっ……」
「ーーうちのお嬢様を差しおいて……やはりあの男と女の口を、二度と開けないよう、このメアリーが縫い合わせてさしあげなくては……ふふふふ」
一緒に目撃してしまった令嬢達と、私つきの侍女メアリーがキィキィと怒っては、涙をうっすら浮かべて慰めてくるなか、シナリオ通りだからこれでいいのだとは口が裂けても言えない。
にしても、セドリック……キモチ悪っ!なにあの三文芝居みたいなセリフ……。
あんな言葉にプレイヤー達含め妹が萌えていたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。そういえば、前世の母が、歯の浮く口説き文句を言う男にろくな男は居ないって言ってたな。もう歯どころか、全身宙に浮いて昇天しそうだ。
「だいたい、こんな素敵なレイチェル様を放っておいて、学園で堂々と逢い引きなんて、殿下も殿下ですわっ! 嘆かわしいっ」
レイチェルが素敵かは置いといて、後半は同感だ。
いくらゲームの設定とはいえ、実際に人生として経験してみると、こんな王子が居ていいのか?と思ってしまう。
婚約者が居ながら、こんな目立つ場所で堂々と逢い引きなんて馬鹿でしょ……。
「ーーよいのです。もともとは、殿下のお心を引き止められなかった私に非があるのですから……」
「そんなことありませんわっ! レイチェル様ほど美しくて思慮深い、淑女の鑑のような女性はこの世にはおりませんもの!」
「ええっ!ビビアンの言う通りだわ! こんなに優秀で、それを鼻にかけることも無い、優しいレイチェルがいながら逢引だなんてっ……あんな二人、揃って痛い目見ると良いのよ!」
「まぁ……クレア様……少々お言葉遊びが過ぎましてよ?」
「ーーでもっ!……最近、あの元平民が日に日に大胆に殿下にくっついている姿を見ていると、もう私っ!」
「それに、最近あの女、前より何故か生き生きしていて見るに耐えませんわっ! 以前はよく、何も無いところで転んだり、池に落ちたり、身の回りの物をよく失くしては先生に怒られていましたのにっ!」
「そういえばそうよね……」
「私、あの女がドジを踏むたびに、胸がすっとして良い気味だわなんて思ってましたのよ?」
ーーそれらは全て、レイチェルによる抜け穴魔法のせいです……はい。
面倒でやめてしまったから、当然、今はそのような怪奇現象は起こらないのだ。
おかげさまで目の下に居座っていた真っ黒い隈も消え、肌に少し赤みが戻ってきました。
だいたい一歩間違えれば死に繋がる制約の抜け穴を研究し、実行するレイチェルは天才だが、同時に怖いもの知らずの馬鹿だと思う。まぁ、それほどまで、エレーナ・ハイムが憎かったのだろう。
実際憎いと思っていたときの記憶もしっかりと残っている。あのときは、この制約ごときで、自分がドジを踏んで死ぬわけないと思い込んでいた。
ソイルテーレ家は、代々頭脳がピカイチの天才型が多い。
そしてさらに、5大貴族のなかでも最大の魔力の量を持っている。この世界全ての大地に関わる力を持っているのだから、その力を溜め込むタンクも大きいという簡単な仕組みだ。
そして、冷静かつ回転が恐ろしく早い頭脳を持ち合わせている。だからこそ、アルベルト・ソイルテーレは大精霊ウランから選ばれたのだとも思う。
レイチェルもその天才型DNAを紋章と共にしっかりと受け継いでいた。そんな頭脳をただ嫌がらせの為に使っていたなんて……馬鹿の極みである。
「あぁっ、いつまでもこうして君と一緒にいたいよ……エレーナ……!」
「セドリック様っ……! 嬉しいっ! 私もセドリック様とずっと一緒にいたいっ」
おうおう、燃え上がってますねお二人様……。どうぞこのまま末永くお幸せにお願いします。そしてどうか私の悲願である平民落ちを叶えて下さい!
心の中でそう願いながら、婚約者とエレーナの逢い引きを眺めた。